総論

バイオテロ

バイオテロとは

バイオテロは、細菌やウイルス、毒素などの生物剤を意図的又は脅迫的に投射・散布することによって、政治的・経済的・宗教って気なパニックを引き起こすことである。テロの矛先は、 要人や特定の人物の場合から不特定多数の人間に向けられる場合など多様であるばかりか、時には人でなく農作物・畜産物などがターゲットになる場合もある。

どういうとき、バイオテロを疑うか?

  • 季節の合わない夏場にインフルエンザ様症状急増(多くのバイオテロ病原体はインフルエンザ様症状で発症する。炭疽、天然痘など)
  • 郵便局員、政府の要人など、限定された職種で患者が急増
  • 結核流行地でもない、曝露歴もない、治療歴もない、HIV感染もない、そうした人が、いきなり多剤耐性結核
  • ウイルス性出血熱(あるいは疑い)は全例バイオテロがないかどうか、検討すべき
  • その他、旅行歴がない輸入感染症をみた場合は1例でもバイオテロの可能性を検討(例、類鼻疽)
  • 出血性髄膜炎でグラム陽性桿菌が髄液や血液培養から検出(炭疽)
  • インフルエンザ様症状がありレントゲンで縦隔拡大(吸入炭疽)
  • 水疱(らしき人)が成人で多発(天然痘?)
  • レントゲン正常、平熱な呼吸困難患者の多発(ボツリヌス毒素による呼吸筋麻痺)
  • たまにしかみない患者が一地域から一時期に大量発生(サルモネラなどの腸管感染症など)
  • 大量の鳥、動物の死亡に患者が遭遇

その他、一般の診療現場とはずれている、「何かおかしな」状況が見られたら「バイオテロはないか」と想起する。逆に言うと、いかに一般診療でそういう感受性を高めておくことが大事である。例えば、熱、咳の患者では必ず動物曝露歴や旅行歴を訊く習慣をつける。旅行歴を問わなければ、「旅行歴がないのに、輸入感染症」という普通でない状況も確認できないからである。質の高い一般診療こそ、バイオテロ発見の最短の路である。

バイオテロに用いられる生物剤の投射・散布手段

 航空機から(爆弾投下・噴霧)
 砲弾、ミサイル攻撃
 地上でのエアロゾル噴霧
 水源・食品の汚染
 白い粉入り封筒など郵便物
 感染昆虫、動物の放出又は遺棄

バイオテロに用いられる生物剤の特徴

 感染力、発病率、致死率が強い
 長期間環境中で物理化学的に安定
 保存・運搬が容易
 大量生産が安価で容易
 診断が困難
 対処法が実行困難または未確立
 散布を企図している側は、防御可能
 過去に開発・使用の経験がある

バイオテロが考えられる病原体

WHO および CDC により、バイオテロが考えられる病原体には以下のような細菌やウイルス、毒素などの生物剤がリストされている。

総論 – 厚生労働省研究班 バイオテロ対応ホームページ

生物剤 感染症 WHO(1970) CDC(2000) WHO(2004)
細菌 Bacillus anthracis 炭疽 A
Francisella tularensis 野兎病 A
Yersinia pestis ペスト A
Brucella species ブルセラ症 B
Burkholderia mallei 鼻疽 B
Brukholderia pseudomallei 類鼻疽 B
Coxiella burnetii Q熱 B
Rickettsia prowazekii 発疹チフス B
Salmonella Typhi 腸チフス B
Salmonella species サルモネラ症 B
Shigella dysenteriae 赤痢 B
Enterohemorrhagic Escherichia coli O157:H7 腸管出血性大腸菌感染症 B
Vibrio cholerae コレラ B
Chiamydia psittaci オウム病 B
Rickettsia prowazekii ロッキー山紅斑熱
真菌 Coccidioides simmitis コクシジオイデス症
ウィルス Variola major virus 天然痘 A
Ebola virus エボラ出血熱 A
Marburg virus マールブルグ病 A
Lassa virus ラッサ熱 A
Machupo ボリビア出血熱 A
Junin アルゼンチン出血熱 A
Venezuelan equine encephalitis virus ベネズエラ馬脳炎 B
Western equine encephalitis virus 西部馬脳炎 B
Eastern equine encephalitis virus 東部馬脳炎 B
Hantaan virus 腎症候性出血熱 C
Nipah virus ニパウイルス感染症 C
Crimia-Congo haemorrhagic fever virus クリミア-コンゴ出血熱
Rift Valley fever virus リフトバレー熱
Tick-bome encephalitis virus ダニ媒介脳炎
Dangue fever virus デング熱
Yellow fever virus 黄熱
Japanease encephalitis virus 日本脳炎
Chikungunya virus チッケングンヤ
O’nyong-nyong virus オニョン-ニョン
Influenza virus インフルエンザ
寄生虫 Cryptosporidium クリプトスポリジウム症 B
Toxolasma gondi トキソプラズマ症
Schistosoma species 住血吸虫症
毒素 Clostridium botulinum toxin ボツリヌス症 A
Ricin Toxin リシン中毒 B
Staphylococcal enterotoxin B 黄色ブドウ球菌エンテロトキシンB中毒 B
Clostridium perfringens epsilon toxin ウエルシュ菌エンテロトキシン中毒 B
Aflatoxin アフラトキシン中毒
Trichotecene mycotoxin T-2マイコトキシン
Saxitoxin ササシトキシン中毒

WHO (1970): Health aspects of chemical and biological weapons
CDC (2000): 伝染性/感染性、公衆衛生に与える影響、認知度、特別な準備の要否などを勘案し、カテゴリーA、B、Cに分類
WHO (2004): Public health response to chemical and biological weapons 2nd ed

バイオテロを想定すべき状況(例)

“限られた地域”において“同時発生的”に“同じ徴候”を呈する患者の集団発生が起こっている

生物剤の種類による被害発生の違い

•一定の地域内に感染がとどまるもの: 野兎病など
•獣などを介して汚染地域が拡大するもの: ペストなど
•生物剤が風により拡散するもの: 炭疽菌など
•ヒトを介して感染が拡大するもの: 天然痘など

図1

米国CDCによるバイオテロを疑う状況の提言

•健康な人々の間に急速(時間や日の単位)に特定の疾患ないし共通の症状を持った患者が拡がる
•患者数が短期間の内に増加し減少する。
•発熱,呼吸器症状,消化器症状で受診する人が急速に増加する。
•感染症は始まる時期やパターンには特徴的なものがない。
•通常の流行期でない時期の感染症が多発している。
•室内,特に濾過された空気や閉鎖系換気を行っている部屋に居る人に頻度が低く、戸外にいる人に頻度が高い。
•患者が一カ所から多く発生。
•急速に重篤化し、命の危険がある患者に多い。
•余り見られない病気の発生。(例,肺炭疽,野兎病,ペスト)

サーベイランス・モニタリングシステムの確立

レベル別サーベイランス

•レベル1 (通常期): Clusterサーベイランス。発熱に限らず、同様の症候群をもつ疾病のClusterを発見する。
•レベル2 (海外でバイオテロ発生): Clusterサーベイランスに加えて症候群サーベイランス。
•レベル3 (地域内でバイオテロ発生): Case-basedの症候群サーベイランス(Active case finding)。

各段階での感染症サーベイランス

•生物剤の散布による軽症患者の増加は、市販薬、外来患者数、出欠・欠勤数などの増加により、関連事象としてとらえられる。
•生物剤の散布による重症患者の増加は、救急外来患者数の増加、救急車要請コール数の増加、入院患者数の増加により、関連事象としてとらえられる。

バイオハザード対策

バイオテロ発生時における救援医療チーム、指定施設の整備を行う

•発生時における連絡・指揮体制について策定する。
•保健所・行政・各医療機関などとの連携を含むマニュアルの策定を行う。
•発生時における罹患者数、必要な病床数を想定する。
•発生時に必要な人的(医師・看護師・薬剤師など)・物的(ワクチン・抗微生物薬・人工呼吸器・消毒薬・個人防護具など)リソースを想定する。
•大規模収容施設などを用いたシミュレーションを行う。

図2

標準予防策

•血液・体液・粘膜・正常でない皮膚は微生物を多く含む感染源と考える。
•患者と接する前後には、手指衛生を行う。(芽胞を持つ細菌やある種のウイルスに対しては手指消毒用アルコールでは十分でない為、できるだけ流水による手洗いを行う)
•血液・体液・粘膜・正常でない皮膚に触れる際には手袋を着用する。
•血液・体液などの飛沫が考えられる場合には、手袋・ゴーグル・マスク・ガウンなどの適切な防護具を着用する。
•鋭利物を取り扱う際にはリキャップせず、適切に廃棄する。
•呼吸器衛生/咳エチケットを行う。(呼吸器症状のある患者には速やかにサージカルマスクを着用させた上で医療従事者もサージカルマスクやN95マスクなどを着用する)

呼吸器衛生/咳エチケット

標準予防策に含まれ、基本的かつ重要な感染対策である。
•啓発ポスターを掲示する。 (図3)
•呼吸器感染症患者は、咳やくしゃみの際に口や鼻を覆い、気道分泌物に触れた際には流水による手指衛生を行う。
•咳を有する呼吸器感染症患者は、サージカルマスクを着用する。
•医療施設における感染性疾患患者と他の患者との動線の分離や、外来個室の整備など外来トリアージを行う(図4)。
•医療従事者は呼吸器感染症患者に対応する際にはサージカルマスクやN95マスクなどのマスクを着用する。図3

図4

患者搬送

•保健所との連携により、感染症指定医療機関等への搬送を行なう。
•医療従事者は標準予防策を遵守し、適切な個人防護具を着用する。
•搬送先に患者の状態、疑われる感染性、必要な防護具について連絡する。
•患者から周囲に二次感染のおそれのある際には、マスクや適切な覆いをする。
•病原体によるヒト-ヒト感染の可能性により搬送の是非及びその手順を決定する。

退院・死亡時の処置

•原則的に退院の時期は感染性がないと判断されたときとする。
•多くの患者が発生した際には、感染性の少ないと判断された患者から退院させる。
•死亡時や解剖にあたっては標準予防策を遵守し、適切な個人防護具を着用する。
•処置に際して用いた器具や個人防護具は適切に管理し、消毒・滅菌の処置を施したのちに廃棄する。

バイオハザード対策

a 患者の隔離
•確定診断がつくまでは、ヒト-ヒト感染のリスクを考慮し、原則として患者を隔離収容する。
•確定診断がついた後は、保健所の指導のもとに必要に応じて患者の隔離を行なう。
•空気感染予防策は、患者を独立空調の陰圧個室に収容し、医療従事者は標準予防策に加えN95マスクを着用するなどして対応する。
•飛沫感染予防策は、必要に応じて患者を個室に収容し、医療従事者はサージカルマスクを着用するなどして対応する。
•接触感染予防策は、患者を個室に収容し、医療従事者は患者と接触する際には、常に個人防護具を着用するなどして対応する。

b 検体、菌、汚染器材の取り扱い
•検体の採取にあたっては標準予防策を遵守し、適切な個人防護具を着用する。
•検体の搬送は密閉することの可能な搬送容器を使用する。また、病原体によっては搬送の際に適切な方法で厳重に管理して対応する必要がある。
•生物剤が疑われる検体の検査は、疑われる病原体のバイオセーフティレベルに応じた検査機関で検査を行う。すべての施設において適切な個人防護具の着用、立ち入り者の制限、廃棄物の除染、バイオハザード標示、適切な保管を行う必要がある。
•病原体は個体及び地域社会に対する危険度によりバイオセーフティレベル1 – 4までに分類されており、レベルに応じた前室・インターロック・安全キャビネット・排気などの施設および管理体制の整備が必要である。
•環境整備にあたっては標準予防策を遵守し、適切な個人防護具を着用する。
•ヒトや生物製剤と清掃する部位の接触する頻度を考慮し、清掃・消毒を行う
•患者に使った器材・器具は滅菌または消毒が確認されるまで他の患者に用いない。
•炭疽菌など環境で相当期間生存できる病原体の場合は、徹底した消毒が必要。

 

リスクコミュニケーション

•情報提供は患者、医療従事者、社会、報道機関に対して行う必要がある。
•あらかじめ一元化された情報発信部署を定めておく。
•あらかじめ予想される情報提供についてシミュレーションを行う。
•正確かつ的確なタイミングで情報を伝達する。