[ 詳細報告 ]
分野名:自然毒等による食中毒
衛研名:新潟県保健環境科学研究所
報告者:調査研究室生活衛生科 饒村健一
事例終息:事例終息
事例発生日:2022/2/15
事例終息日:2022/2/15
発生地域:新潟県
発生規模:
患者被害報告数:3名
死亡者数:0名
原因物質:テトラミン
キーワード:バイ貝、エゾボラモドキ、テトラミン、脱力、歩行困難、しびれ、冷や汗、視覚異常
概要:
[グループ①届出]2022年2月16日 9:40、県内医療機関から「2月15日 18:49にバイ貝を喫食した後に神経症状(脱力、歩行困難、しびれ、冷や汗、視覚異常)を呈した患者が受診した。テトラミン中毒として届け出る」旨の届出が保健所になされた。患者は2月15日昼頃販売店Aでバイ貝を購入し、同日夕方煮付けにして家族4名で喫食した。うち2名(長男、母)に神経症状が現れ、1名(長男)が同日医療機関を受診した。
[グループ②届出]2022年2月16日 9:32、住民から「2月15日 14時ころに茹でたバイ貝を喫食し、その30分後に神経症状(ふらつき、物が二重に見える)が出た」旨の連絡が保健所にあった。相談者は2月15日10:30頃販売店Aでバイ貝を購入し、同日14時に茹でて家族2名で喫食した。うち相談者1名のみに神経症状が現れた。相談者は症状が一過性のものと知り医療機関は受診していない。相談時点でふらつきはやわらいでいるが、視覚異常はまだ残っている。
保健所がグループ①について2月16日 13時に患者宅を訪問し、患者(母)から聴き取りを行った。当該食品については殻から出して煮付けを行っている。唾液腺を除去したかは不明。
患者(母)は2月15日 17時すぎに1個喫食し、すぐに口がピリッとした。めまいもしたが30分程度で治まったため、持病のめまいを疑った。その他健康被害はない。
患者(長男)は2月15日 17時すぎに4個喫食し、およそ30分後に神経症状が現れた。ベッドに横たわるほどの症状であったため医療機関を受診した。
当該食品の調理済み残品14個の提供を受けた。
グループ②については物品提供等の調査協力を得られなかった。
当研究所でグループ①の調理済み残品9個を検査したところ、6.4 mg/個 ~ 21.9 mg/個(平均14.5 mg/個)のテトラミンが検出された。
背景:
エゾバイ科エゾボラ属に属するヒメエゾボラ、エゾボラモドキなどの巻貝の唾液腺には有毒なテトラミンが含有されており、唾液腺を除去せずに摂食することで、頭痛、めまい、眼のちらつき、嘔気などを発症する。毎年数件程度の中毒が発生しているが、死亡例はない。
テトラミンは水溶性であり、加熱に対して安定で、通常の調理では毒性は失われない。また、加熱調理により、唾液腺中のテトラミンの一部は筋肉や内臓、煮汁に移行する。
また、テトラミンのヒトでの中毒量は、「約10 mgという少量でも発症することを示唆する報告もある。 テトラミンの中毒量は50 mg以上というのが妥当だと思われる。」とされている。1)
地研の対応:
保健所から調理済み残品の貝9個のテトラミン検査の依頼があり、定性・定量検査を実施した。
行政の対応:
保健所は事案を探知した2月16日午後に、患者グループ①および②に当該バイ貝を販売した販売店Aに立入り調査を行った。販売店Aは当該バイ貝を販売する時は店頭に有毒部位について注意喚起の掲示をしていたが、患者側はその情報に気づいていなかった。そのため家庭で当該バイ貝の有毒部位を除去しないまま調理を行い、摂食して発症に至った可能性が高いと推察された。保健所は販売店A側が注意喚起を行っていることから、食中毒事件としての行政処分は行わなかった。販売店Aは商品包装に注意喚起のシールを貼付するなど利用者への情報提供の方法を工夫する方針を示した。
原因究明:
保健所が販売店Aについて2月16日午後に立入りし聴取。2月15日のバイ貝の販売数は13パック。聴取時点で他に苦情はなし。
保健所は同日、当該バイ貝の鑑別を新潟県水産海洋研究所および新潟県佐渡水産技術センターに依頼し、グループ①から提供された調理済み残品についてテトラミンの検査を当研究所に依頼した。
診断:
当該バイ貝の鑑別結果は、分類上別種・同種が混沌としている分野であり明確に断定はできないが、エゾバイ科エゾボラモドキと思われるとのことであった。
2月17日 14時ころ試験品が当研究所に搬入された。調理済み残品14個の重量を測定し、重量上位群、中位群、下位群に分け、各群から3検体ずつ抽出した。調理の過程で殻は除去されており、その際内臓部分が大部分欠損している検体が多かった。内臓が残っている検体は筋肉部(唾液腺含む)と内臓部に分けて細切し試料とした。内臓の残存が微量(0.5 g以下)の検体は筋肉と混合して細切し試料を調製した。参考として検体に付着していた煮汁も分析に供した。
調製した試料からテトラミンを抽出し、LC-MS/MSで分析したところ、6.4 mg/個 ~ 21.9 mg/個(平均14.5 mg/個)のテトラミンが検出された。また、煮汁からもテトラミンが検出された。
今回の試験品は、加熱調理により筋肉と唾液腺の判別が困難であったため、唾液腺を含む筋肉部と内臓部についてそれぞれ分析した。内臓部および参考として分析した煮汁からもテトラミンが検出され、調理によってテトラミンが唾液腺から移行したものと考えられた。
地研間の連携:
なし
国及び国研等との連携:
なし
事例の教訓・反省:
2019年にテトラミンによる食中毒疑い事案が発生した際は、当研究所はテトラミンの標準品を保有しておらず、試薬メーカーから標準品の入手に時間がかかり検査の初動が遅れた。このときに整備した検査体制により、今回の事案に迅速に対応することができた。
現在の状況:
2022年度の人事異動により、今回の事案に対応した担当者が当研究所から転出した。自然毒事案のような非定常業務はOJT等を実施することも難しく、技術継承が問題になると思われる。
今回の事案では分析機器としてLC-MS/MSを使用したが、通常業務の残留農薬分析や分析法の妥当性確認などで機器の使用スケジュールが詰まっており、事案対応の際に即応するための調整が困難になっている。
今後の課題:
多くの自然毒による事案に備えた試験検査体制の整備が必要である。
問題点:
なし
関連資料:
1) 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:巻貝:唾液腺毒, https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_14.html