[ 詳細報告 ]
分野名:自然毒等による食中毒
衛研名:愛知県衛生研究所
報告者:衛生化学部医薬食品研究室 海野明広 生物学部医動物研究室 長谷川晶子
事例終息:事例終息
事例発生日:2023/08/11
事例終息日:2023/09/07
発生地域:愛知県西尾保健所管内
発生規模:1名
患者被害報告数:1名
死亡者数:0名
原因物質:植物性自然毒(ニセクロハツ由来)
キーワード:ニセクロハツ、植物性自然毒、横紋筋融解症、2-シクロプロペンカルボン酸(ニセクロハツの毒性成分)、シクロプロピルアセチル-(R)-カルニチン(ニセクロハツの指標成分)、LC-MS/MS、遺伝子検査、キノコ種同定、ITS領域
概要:
2023年8月21日、県内医療機関から「毒キノコであるニセクロハツ喫食による食中毒疑いで30歳代男性1名が入院している。原因食品がニセクロハツかどうか同定してほしい」と連絡があった。当所で検査を実施したところ、未調理のキノコ残品からニセクロハツの遺伝子及び指標成分が検出された。また、患者が喫食したカレーからもニセクロハツの指標成分が検出された。その他、症状がニセクロハツ中毒と類似していること、担当医師から食中毒患者等の届出がなされたことから、保健所はニセクロハツを原因食品とする食中毒と断定した。
背景:
2023年8月11日、愛知県内で野生キノコの喫食を原因とする食中毒が発生した。患者は30歳代男性1名、キノコは自宅の近隣で採取された。8月10日夕にキノコを喫食し、翌11日朝、下痢等の消化器症状を呈し医療機関に入院した。その後、下痢、嘔吐が継続し、8月14日から意識障害、横紋筋融解症、心筋症、腎不全、心不全を来し、心停止を繰り返した。ニセクロハツの食中毒が疑われ、8月21日に当該医療機関が保健所に調査を依頼した。保健所にて詳細な調査を行い、8月29日に患者自宅の残品(未調理のキノコ残品2検体(冷蔵品1点、常温乾燥品1点)及び、調理済み残品3検体(炒めもの(常温)、和え物(常温)、カレー(冷蔵))が愛知県衛生研究所に搬入された。
地研の対応:
LC-MS/MS法による成分分析においては、未調理のキノコ残品2検体及び調理済み残品1検体(カレーの具のキノコ)からニセクロハツの指標成分であるシクロプロピルアセチル-(R)-カルニチンが検出され、当該キノコをニセクロハツと同定した1)。なお、試料中の指標成分濃度は、冷蔵品キノコ、常温乾燥品キノコ、カレー中に含まれるキノコで、それぞれ128.6μg/g試料、823.1μg/g試料、9.1μg/g試料であった。
また、遺伝子検査によってキノコ種同定を行うため、ITS領域で設計された種同定用プライマーを用いたPCR増幅産物の塩基配列をINSDデータベース上の配列と比較したところ、未調理のキノコ残品2検体からニセクロハツの遺伝子が検出された2, 3)。
参考文献
1) 令和4年度厚生労働科学研究補助金 食品の安全確保推進研究事業「自然毒等のリスク評価のための研究」
研究分担報告書「汎用性の高い植物性自然毒の分析法の確立」
2) 食中毒原因究明のための遺伝子解析によるキノコ鑑別
日本食品衛生学雑誌Vol.53 No.5 237-242 2012年
3) 健康危機管理体制の強化―キノコによる食中毒における遺伝子を用いた鑑別方法の確立―
奈良県保健研究センター年報第51号2016年
行政の対応:
未調理のキノコの残品からニセクロハツの指標成分及びニセクロハツの遺伝子が検出されたこと、患者が喫食したカレーからニセクロハツの指標成分が検出されたこと、症状がニセクロハツ中毒と類似していること、担当医師から食中毒患者等の届出がなされたことから、保健所はニセクロハツを原因食品とする食中毒と断定し、9月7日に県庁にて記者発表がなされた。また、キノコの誤食による食中毒を防止するため、報道機関や患者住所地を管轄する自治体に情報提供し、住民への注意喚起を行った。
原因究明:
患者は、有毒植物等に特段知識があるわけではなかったが、日常的に山野草等を採取し喫食していた。今回の事例では、野生していた毒キノコを食用キノコと誤認したことが原因と考えられた。なお、患者本人への聞き取り調査によると摂取量はキノコ1本分程度であった。
診断:
LC-MS/MS法、PCR、シークエンス解析
地研間の連携:
理化学検査に必要な標準品および分析用カラムは岐阜県保健環境研究所から入手した。
国及び国研等との連携:
特になし
事例の教訓・反省:
今回、有毒キノコを原因とする食中毒に対応する体制を整えていなかったため、理化学検査においては標準品および分析用カラム入手後に、遺伝子検査においては、事件発生後に検査方法を検索し、プライマーを発注し検査を実施することとなった。また、遺伝子検査においては、調理品から既報のプライマーで遺伝子増幅を実施したところ、目的のサイズのPCR産物は得られたものの、その塩基配列は小麦等の遺伝子と一致し、調理品からニセクロハツ遺伝子を検出することができなかった。
有毒キノコを原因とする食中毒を防止するには、確実に食用だと判断できないキノコは「採らない、食べない、売らない、人にあげない」ことが重要である。キノコ狩りの時期には、有毒キノコによる食中毒防止の周知など情報提供を行う必要があると再認識された。
現在の状況:
厚生労働科学研究補助金「汎用性の高い植物性自然毒の分析法の確立」(R3-R5)において、国内の植物性自然毒による食中毒事例の7割以上に対応可能な一斉分析法(高等植物分析法、キノコ分析法Ⅰ、キノコ分析法Ⅱ)が開発されている。これらの分析法が実施できるよう、必要な試薬および分析用カラム等を整備した。
遺伝子検査においては、調理品からの遺伝子検出が可能なニセクロハツ特異的プライマーを作成し、その有用性を確認中である。また、食中毒事件の原因となることが多い有毒キノコについては文献等を検索し、キノコ種特異的プライマーを整備した。
今後の課題:
植物性自然毒の理化学検査では、有毒成分の同定に必要な標準品の確保が課題である。当所で保有していない植物性自然毒の標準品については、「自然毒食中毒の情報ネットワーク」等を利用して確保する。
遺伝子検査においては、調理品からの遺伝子検出に備え、特に、食中毒事件の原因となる有毒キノコについてはキノコ種特異的プライマーおよび陽性コントロールの準備が有用であると考える。陽性コントロールについては、国の研究機関等からの協力を得られると大変ありがたい。
問題点:
特になし
関連資料:
愛知県ホームページ発表資料
厚生労働省 食中毒調査支援システム 食中毒事件詳報
食品衛生学雑誌第65巻第5号J-115~J-116
第61回全国衛生化学技術協議会年会 講演集P84-85
令和6年度地方衛生研究所全国協議会近畿支部自然毒部会研究発表会 講演要旨集P5-6