[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:千葉市環境保健研究所
発生地域:千葉市内の精神薄弱者更正施設(入所者60名、通所者16名、職員39名)
事例発生日:1995年7月
事例終息日:1995年8月
発生規模:
患者被害報告数:8名
死亡者数:0名
原因物質:不明
キーワード:A型肝炎ウイルス(HAV),A型肝炎,PCR,ELISA,ガンマ・グロブリン
背景:
A型肝炎は、肝炎の中では唯一、経口で感染する伝染性の急性疾患であり、日本では主に散発的に発生する。A型肝炎の抗体保有率は、発展途上国では非常に高く、衛生状態の良好な先進国では低い。日本における抗体保有率は年々下がり続け、現在では35歳以下では1%未満である。このような状況下において、食品の輸出入が盛んな現代では、汚染地域からの輸入食品を介してのA型肝炎発生が懸念されている。
概要:
1995年7月6日に初発患者Aが発症し、A型肝炎と診断され、以後1ヶ月半にわたり、職員1名を含む7名の患者が発生した。連絡を受けた千葉市保健医療課(現健康管理課)及び保健所が感染拡大防止指導と疫学調査するとともに、8月25日に患者を除くほぼ全員にガンマ・グロブリンを投与した。8月26日に最終発症者Gが発症した後、感染は終息した。
このような施設でのA型肝炎の集団発生は3ヶ月以上に渡ることが多いが、行政の対応が速やかだったため、1ヶ月半にわたる比較的小規模の集団発生で終息した。
原因究明:
流行時の患者血清全てからA型肝炎のIgM抗体が検出された。糞便からはELISAにより5件中3件、RT-PCRにより5件全てから抗原検出された。PCR産物をシ-クエンスしたところ、世界に広く分布しているIA型であることが確認できた。また、施設全員の血清検査により感染経路が推定できた。
診断:
地研の対応:
保健所が採取した患者便5件、血清4件の検査を行った。また、不顕性感染者を含めた感染経路の推定と抗体価の推移の調査を目的とし、定期健康診断時に採血された7ヶ月後の施設全員の血清110件、1年後の施設全員の血清119件を用いて下記の検査を行った。
1) 発症中の患者血清:A型肝炎の全抗体とIgM抗体検査
2) 患者便:ウイルス分離、ELISAによるウイルス粒子の確認検査、RT-PCRによるHAV 遺伝子の確認検査と遺伝子型別
3) 7ヶ月後の血清:IgA抗体(国立感染症研究所)、全抗体、IgM抗体検査
4) 1年後の血清:全抗体、IgM抗体検査
行政の対応:
保健医療課及び保健所が、感染拡大防止のため積極的に消毒法、患者の集中管理等の指導と疫学調査を行い、血清及び糞便の採取を行った。施設の主治医と相談の上、速やかにガンマ・グロブリンの投与を行い、比較的小規模の集団発生に抑えることができた。
地研間の連携:
A型肝炎に積極的に取り組んでいる静岡県衛生環境センターに検査法の資料を提供してもらった。
国及び国研等との連携:
不顕性感染者を含めた感染経路の推定を目的とし、施設全員の血清について検査を行ったが、市販のキットではA型肝炎の全抗体とIgM抗体しか測定できなかった。そこで、国立感染症研究所にIgA抗体検査を依頼した。
事例の教訓・反省:
行政の対応の速さが集団発生の規模を左右するので、現場は情報を早く行政に連絡し、行政も対策を早く行わなければならない。また、適切な時期に、適切な臨床材料をなるべく多数収集すると、そこからより多くの情報が得られる。
現在の状況:
技術、体制、設備等、特に問題はない。しかし、ELISA、PCR法等の検査試薬が高額なため、検査がIgM抗体検出等の最小限にとどまってしまう可能性がある。
今後の課題:
今回の発生において、初発患者は入所者(施設内に寝泊まりしている)で、海外渡航歴もなく、感染したと思われる時期に外出もしておらず、原因が全く不明である。海外からの汚染輸入食品による可能性も否定できないので、食品からの検出技術の開発が望まれる。また、これと平行して食品媒介性のウイルス疾患の検査に対し、国から地研へ検査費用の補助を行ってもらいたい。補助によって高度の検査の実現が可能となり、また、それにより得られた結果を情報として発信することにより他地研及び市民に対して還元することができると思われる。
問題点:
関連資料:
1) 「千葉市内の福祉更正施設で集団発生したA型肝炎―患者便からのPCRによるHAV遺伝子検出―」北橋智子ほか.病原微生物検出情報17:51-52(1996)
2) 「福祉更正施設におけるA型肝炎集団発生とその対応」石川洋ほか.第34回千葉県公衆衛生学会演題抄録集:74(1996)
3) 福祉更正施設におけるA型肝炎集団発生とその対応(第2報)」田中俊光ほか.第35回千葉県公衆衛生学会演題抄録集:73(1997)
4) 「千葉市内で集団発生したA型肝炎について―患者糞便からのPCRによるHAV遺伝子の検出―」田中俊光ほか.第37回臨床ウイルス学会 プログラム抄録集:S76(1996)