No.197 野外スポーツ施設を併設した宿泊施設で発生した集団赤痢

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:京都府保健環境研究所
発生地域:京都府園部町スポーツ施設を併設した宿泊施設
事例発生日:1998年9月2日
事例終息日:1998年9月29日
発生規模:被害者数有症者数101名(うち12歳以下54名)菌検出者51名(うち12歳以下28名)―うち3名は無症状
患者被害報告数:101名
死亡者数:0名
原因物質:赤痢菌ーゾンネI相
キーワード:赤痢菌、集団発生、食中毒、感染症、コリシン型別、ゾンネI相

背景:
京都府における大規模な赤痢患者の発生は、昭和58年の宇治市、長岡京市、京田辺市(旧田辺町)の京都府南部地域で計206名の患者を数える集団発生以来のことであった。ここ数年の赤痢患者は毎年約30名程度で、ほとんどが海外旅行によるものである。

概要:
1998年9月2日、京都市内の医療機関から京都市に食中毒症状の患者届け出があった。さらに、京都市および大阪府から某施設に宿泊したサッカークラブ員がそれぞれ食中毒症状を呈している旨の通報が京都府保健福祉部生活衛生課にあった。そこで、同課は直ちに当該施設利用者の関係府県等に、健康状態調査および検便実施を依頼した。
施設所在地の管轄保健所が調査した結果、某施設に宿泊した京都市内の某サッカーチーム36名のうち、2名が発熱、下痢症状を呈していることが判明し、患者への発生状況や共通食等から、同施設内の食堂を原因施設とする食中毒事件と断定、当該施設への食品搬入業者を営業停止処分にした。
9月3日になると、大阪市から赤痢菌を検出した旨の連絡が京都府生活衛生課及び京都府保健環境研究所に届けられた。このことから、伝染病予防法に基づく対応に変更し、取り扱いも本庁健康対策課が行うことになった。また、近畿関係府県には施設利用者の名簿を送付し、防疫対応の依頼を行った。これを受けて京都府は勿論、京都市、大阪府、大阪市、兵庫県、神戸市、滋賀県で施設利用者の検便が開始された。
9月4日には京都府保健福祉部内に対策会議が設置され、赤痢集団発生についての記者発表を行うとともに、管轄保健所が当該施設の全館消毒を行い、当保健環境研究所職員も現地へ赴き赤痢菌検査に協力した。この日、京都市、大阪市、および京都府内の保健所からそれぞれ赤痢患者確認の連絡があった。
9月5日には、厚生省から8月26日以降に当該施設を利用した者のすべてを調査せよとの指示があり、京都府では宇治保健所が調査開始、他府県では東大阪市も調査を開始した。9月6日には、京都府木津保健所が調査開始、兵庫県では2名が隔離された。
9月7日の時点で有症者は94名になった。この日は、調理従事者等の再検便、食材の再検査がテトラサイクリン入り培地を使用して行われた。その結果、9月2日の検査では陰性であった調理従事者2名が陽性と判定された。
9月8日には、堺市、和歌山市が調査を開始した。当該施設所在地の町役場は「万一の場合を想定すべき」と町内4小学校及び3保育所で、給食を当面中止にする決定を行った。
9月10日には、菌検出者が50名に達した。9月11日には、奈良県、横浜市でも調査が開始された。
9月16日には、当該町内4小学校、3保育所で給食を再開した。神戸市から有症者全員回復した旨の通知あり。9月17日は、大阪市から有症者全員回復した通知があった。
9月21日には京都府、兵庫県、9月22日には滋賀県、9月26日には大阪府の有症者が全員回復した。この日、当該施設食材搬入業者は業務を再開した。
9月29日に京都市の有症者全員回復し、終息宣言がだされた。発生から28日目であった。

原因究明:
・ 病因物質:赤痢菌ーゾンネI相、コリシン型別:0型、薬剤感受性(11薬剤のうち3剤(ストレプトマイシン、テトラサイクリン、オキサシリン)に耐性)
・ ふきとり検査:食堂まな板、調理台、包丁、冷蔵庫等について実施したが、赤痢菌は検出されなかった。
・ 原材料食品:原因菌がテトラサイクリン耐性であったため、原材料をテトラサイクリン2.5μg/ml添加培地で分離を試みるがすべて陰性となった。
・ 検食:保存なし
・ 飲料水:遊離残留塩素は0.2~0.25mg/l
・ 患者の症状等:食事後3日以内に発病した者は全体の75%であり、主な症状は発熱、頭痛、下痢、まれに嘔吐や便が黒いという症状が見られた。しかし、重症例はなく、全員比較的軽症であった。これはゾンネ菌に感染したときに見られる特徴と一致する。有症者101名(12歳以下54名)、菌検出者51名(28名)、疑似症22名(18名)。
・ 疫学:疫学的には8月29日または30日の喫食品が原因食品として疑われた。
・ 当該従事者:調理従事者3名から陽性(9月2日1名、9月7日2名はともに8月4日、18日の定期検診では陰性だった。渡航歴なし)。また、すべての従事者は、従事中施設利用者と同じものを喫食していた。

診断:
・ 結論:以上のことから当該施設の調理室が原因であると推定できる。しかし、食品、ふきとりいずれも菌は検出されておらず、また、食品数も44品目と多いため、原因物質が特定できなかった。また、どのようにして菌が調理室に持ち込まれたかを特定することもできなかった。更に、最も可能性のある従事者から菌が検出されても、一般的に検便結果からだけではただちに従事者が感染源であると特定することはできない。

地研の対応:
以下の点について対応した。
1:菌検査:保健所で対応不可能な場合、当該施設利用患者からの赤痢菌の分離と同定。
2:赤痢菌の確認:各保健所で分離した全ての赤痢菌の確認と血清型別。
3:コリシン型別:本件に関係あると推定された全ての分離菌株のコリシン型別。
4:薬剤耐性試験:11種類の薬剤耐性試験。
5:他の地方衛生研究所との情報交換:分離菌株の分与、菌の性状・型別結果等。

行政の対応:
1:食中毒対応から伝染病予防法に基づく対応への変更、対策会議の設置。
2:厚生省への報告。
3:事件発生当該施設の消毒。
4:当該施設従業員の検便。
5:当該施設の関係者名簿作成。
6:関係者について各府県、市町村への調査・検便・協力依頼。
7:患者隔離についての指導。
8:原因調査。

地研間の連携:
本件は京都府、京都市以外にも大阪府、大阪市、兵庫県、神戸市、滋賀県に有症の患者発生を見た。従って、京都府は近畿関係府県市との連携を図りながらの検査情報、患者情報の交換、菌株の分与等を受けた。
国および国研等との連携
本庁がたえず情報交換を行った。
事例の教訓(問題点)

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:
1) 一般的にゾンネ赤痢菌に感染しても、症状が軽い場合が多く、患者は保菌者となって感染を拡める恐れがあることはよく知られている。今回も調理従事者のうち一人が、下痢症状を呈していたにも関わらず、症状が激しくないため9月2日の健康調査の時点では健康状態良好と回答しており、当日の検便から菌陽性と判明、後日、下痢症があったと申し出ていた。調理従事者の健康状態の正確な把握を行うこと、これに基づいた適切な管理を行うことが求められる。
2) 赤痢菌検査が原則として保健所対応なので、初期において該当する保健所で検査をおこなった。しかし、事態は昭和58年におこった赤痢事件以来の広域にわたる事件に発展したため、当該施設での喫食者を有する管轄保健所の中には検体を保健環境研究所に持ち込む等様々であった。検査方法も該当した4保健所間で若干異なっていた。例えば、DHL 1枚で2検体分を塗抹したケース、SS,DHL 2枚ずつに塗抹したケース、さらにテトラサイクリンを含有した寒天培地までも用いたケース等々であった。特に、SSは赤痢菌分離のためには欠かせない寒天培地であるにもかかわらず、DHLのみで塗抹作業を終了していたケースもあった。このため、得られた情報も多様化し、京都府行政機関内で混乱が見られた。
3) また当該施設と保健環境研究所とが比較的遠距離なこともあり、当該保健所関係の検査については、当該保健所で大半の処理を行うに至った。しかし、対象者が多数となり、疫学調査等に人手を割かねばならず、さらに本来赤痢菌には優れた増菌培地がなく、検査方法についても臨機応変の対応が必要であることを考えると、検査体制の再考が必須である。
4) 疫学調査を担当する保健所は、検査や他機関との応対を行う中での調査であったため、十分な情報がとれないままの結果になった。

現在の状況:
1) 過去の事例を参考にして、研究所、保健所のそれぞれでどのように検査を分担すればよいのかについて、検査体制の集約化を含めた検討が保健福祉部を中心として検討されている。
2) 疫学については、保健環境研究所職員を疫学の遠隔講座に派遣し、保健所の検査担当職員研修において伝達研修を行った。
3) 大容量情報の高速伝送可能なギガビットネットワークを利用した検査への可能性についての調査・研究を「ギカネットワークによる健康危機管理システムの構築に関する研究」として、平成13年度に、保健環境研究所で開始した。これにより検査情報のネットワークが、本庁、保健所、研究所間で構築されることを目指している。また、情報の一元化、さらに住民への食中毒、感染症関連情報をはじめ必要な情報提供も同時に目的としている。
4) 京都府健康危機管理マニュアルの作成が一応の完成を見ているが、さらに改訂に向けて検討中である。
5) 保健所における検査担当者用の細菌検査マニュアルの作成についても当保健環境研究所では議論を行っている。

今後の課題:
京都府は、昭和58年に京都府南部地域で発生した集団赤痢事件を参考に、京都府防疫事務処理の手引きを作成した。しかし、今回、この手引きが十分に機能したとは言い難い。本庁、4保健所、研究所等で互いの支援や担当分担も混乱していた。58年以来、広域的な発生が起こらなかったこともあり、防疫体制のシミュレーションも行われていなかったため連携が円滑に進まなかったと考えられる。また、年1度の保健所検査担当者研修、同じく保健所新任検査担当者研修のみでは、保健所の検査担当者の訓練も十分ではない。そのため検査結果にも保健所間で差が認められた点も課題である。
また、今回の事件では、京都府保健福祉部の報告でも結論的に調理室内に何らかの感染源があったとしているが、感染源の特定、感染経路の特定は疫学調査、菌検査いずれからもできなかった。しかし、サルモネラや腸管出血性大腸菌と異なり、赤痢菌の場合は菌を持ち込んだヒトが必ず存在する。本来であれば、徹底的な調査が必要である。しかし、前述のように、当該保健所は様々な行政処理等を第一線で行わねばならず、十分にこれらの業務に時間を費やせなかった。
京都府は縦に長い距離を持つ県である。このため、検体搬入、情報伝達等に支障をきたしていることが大きな問題となってきた。これをふまえての京都府としての特徴ある検査体制、危機管理体制をとってきたが、我々をとりまく環境が大きくかわり、従来の方法では対応できない様々な問題が浮き彫りにされる中、新しい時代にむけた新しい体制の確立に踏み出している。

問題点:

関連資料:
京都府保健福祉部「園部町における赤痢の集団発生報告書」
京都府保健福祉部「京都府防疫事務処理の手引き」
京都府衛生部「京都府南部地域で発生した集団赤痢の終息報告書」