No.313 老人施設でのNorwalk Virusによる集団発生

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:島根県保健環境科学研究所
発生地域:島根県
事例発生日:2000年4月
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:45名
死亡者数:0名
原因物質:Norwalk Virus
キーワード:高齢者施設、Norwalk Virus、感染性胃腸炎、非食品感染、集団発生、高齢者介護

背景:
下痢症起因ウイルス、ことにNorwalk Virus (NV)は飲食を介しての集団発生が多くみられるところから、平成9年には食中毒起因物質に追加され、以後、食品衛生を中心とした予防対策が講じられている。一方、NVの感染経路には疫学的状況からみても共通の飲食を介さない飛沫・経口感染によりヒトからヒトへ伝播される、いわゆる感染性胃腸炎としての要素が大きく存在し、毎年冬期を中心にみられる地域での散発あるいは流行性の感染性胃腸炎がこれに相当する。これが集団での生活形態をとる幼稚園や高齢者等の福祉施設に侵入した場合では大規模な集団発生に発展する危険性が大である。これまでに大小の規模の非食品媒介性集団胃腸炎の発生を経験しているが、今回は2000年3月に老人福祉施設において、ヒトからヒトへの感染が原因と疑われるNVによる集団発生があったので、その概要について記載する。

概要:
施設の概要
95名の高齢者が入所し、1階は入所者(36名)のほとんどが寝たきり者(自立歩行可能者は2名)であり、2階の入所者(59名)は自立歩行のできる者が多く、そのうち徘徊癖を有する者が7名(結果的に集団発生の端緒を担う)であった。
職員は介護職員、看護婦、栄養士、給食調理師、事務職員、嘱託医師等37名である。
日常業務は健康観察、食事の介助、入浴(週2回1階、2階は異なる曜日)、オムツ交換を平均9回/日(オムツ使用者52%、ポータブルトイレ使用者32%、併用者6%)とオムツ使用者の多い施設でもある。

発生の概要
探知は2000年3月28日に施設の担当医師から下痢58%、嘔吐80.6%、発熱41.9%、腹痛9.7%を呈する入所者、職員が続発しているとの届出、及び県内での同様な疾病流行状況と拡大防止についての問い合わせがあった。NVの当該施設への進入経路は特定されなかったが、同時期当該施設の周辺地域は感染性胃腸炎が流行していた背景があった。当該施設での発生を経時的にみると、図1に示すとおり、3月5日に2階入所者で始まり、以降2階入所者を中心に3月19日まで散発的発生がみられた。そして、3月20日から25日にかけてピーク(4~6名の発症)となり、発症者も2階入所者から介護職員、さらに1階入所者へ拡大し、4月6日の終息までの長期間に45名の発生がみられた。NVの検便検査結果は表1のとおりであった。
今回の発症者のなかで介護職員は各自持参した弁当や外注した仕出し弁当等を喫食しており、施設内で調理された食事は一切摂っていなかった。また、調理職員には発症者がなく、且つ検便の結果全員がNV陰性であった。さらに、当該施設が提供する食事を摂っている1階の入所者は、2階入所者の流行期に発症者が一人も認められなかったこと等からも、当該施設の調理した食品が原因ではなく、ヒトからヒトへの感染により拡大したものと判断された。
一方、今回のアウトブレイクの中で、2度発症した者がおり、他のゲノタイプの感染があった可能性も示唆された。
なお、今回のNVによる当該施設でのアウトブレイクの症例の定義は、「2000年3月~4月/当該施設の入所者および施設職員/以下の症状を1つ以上呈する者:水様性下痢・嘔吐:但し、インフルエンザ様症状(咽頭痛、筋肉痛、腰痛、発熱38.5℃以上)を呈する者は除く」とした。
[資料参照]
感染拡大の要因
一般的に施設内での感染拡大には幾つかの要因が複合することがみられるが、今回の場合は以下の2,3の点があげられる。まず、流行の発端となった2階における感染拡大は初発と2番目の発症者には徘徊癖があり、他の部屋に自分の汚物を持ち込む行動がみられたこと。また、入所者は用便後、食事前の手洗いの習慣が徹底していなかったこと等から、散発発生の初期(3月5日~19日頃)は入所者間で伝播(感染)が繰り拡げられていたと考えられる。また、施設環境の消毒あるいは職員が介護作業の中で「一行為、一手洗い」の徹底が十分でなかったこともあり、オムツ使用者の多い当施設においては、入所者からの汚染、感染を受けただけではなく、さらに介護職員は1階、2階を兼務していたことから、他の入所者、ことに1階入所の発症者の全てが寝たきり者だったことからも介護職員から1階入所者へ伝播したと考えられる。

原因究明:
感染症危機管理として施設側が策定している「感染症対策マニュアル」が機能していな
かったことが最大の要因であり、その一例として施設からの事件の届け出が遅かったことが発生の拡大、遷延化を招いたことである。少なくとも保健所が事件発生を探知して直ちに防疫対策の指導を実施したことにより、1階入所者には寝たきり者が多く入所者同士での伝播が少ないこともあるが、介護職員の発症率(57.1%)が高かったにも拘わらず対策により1階への感染拡大が最小限に留まった。
また、施設側が策定している「感染症対策マニュアル」の不備として、感染症サーベイランス情報を日常的に入手し、感染症の地域流行状況を日頃から把握する体制が盛り込まれていなかった。
[資料参照]

診断:

地研の対応:
研究所は原因特定のためのRT-PCRによるNV(発症者7名中6名検出)及び他の下痢症起因ウイルス検索と分離培養を担当すると共に、感染症情報センターとして県内情報の提供を担当した。

行政の対応:
施設内発生が顕著になった9日後の3月28日に施設からの報告を受け、食中毒、感染症の両面から調査と防疫対策の指導を行った。しかし、その後も少数ながら発生がみられたことから、関係保健所は施設が開催した対策会議へ加わり防疫対策の徹底を確認した結果、それ以後発生が鎮静化した。
その指導内容は介護職員に対して「一行為、一手洗い」、排泄物、吐物は感染源としての処理、職員・入所者の健康状態の把握、「感染症対策マニュアル」の遵守、施設環境等に対しては清掃、消毒と面会者の入室前の手洗い、消毒の徹底が行われた。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:

現在の状況:

今後の課題:
今回のNV感染症の集団発生では閉鎖的な同一空間で集団生活をする施設において、ヒトからヒトへの感染拡大が起こり、その原因が感染発症した入所者、介護職員にあったことが判明した。今後も同様な事例は老人福祉施設に限らず、さまざまな集団生活形態をとる施設においてもおこる危険性がある。また、飲食を介して発生した場合でも、その後ヒトからヒトへ感染が拡大していく可能性も大きいと考える。そこで、各施設が策定する「感染症対策マニュアル(食中毒対策を包含した)」の定期的な見直しと、その遵守徹底が必要と考える。
一方、2000年4月より介護保険制度が開始され、介護サービスを行う民間、団体が急増する中で、これら多くの介護職員が感染症予防に関する知識を習得し、実践していくことも重要と考える。

問題点:

関連資料: