[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:北海道立衛生研究所
発生地域:北海道千歳市、室蘭市、苫小牧市、倶知安町
事例発生日:1988年6月
事例終息日:1988年7月
発生規模:摂食者40,060名
患者被害報告数:10,476名
死亡者数:0名
原因物質:Salmonella Typhimurium
キーワード:細菌性食中毒、胃腸炎、集団発生、学校給食、集団給食、惣菜製造業、鶏卵加工食品、錦糸卵、Salmonella Typhimurium
背景:
欧米では、すでに1980年代に入り、サルモネラ菌による食中毒事件が多発していた。従来からのSalmonella Typhimuriumに、さらにS. Enteritidisが加わり、これらが第一位を占めるようになり、サルモネラ食中毒の防圧に様々な施策がなされ、さらに生産者の自主的防除対策の確立も急務とされていた。わが国でも、当時、食中毒で最も多く検出されるのは腸炎ビブリオであったが、サルモネラ食中毒は徐々にそれに追いつく気配をみせて、病原体検出情報によると、1988年までは、分離されるサルモネラ菌のうち、S. Typhimuriumが1位であり、翌89年からはS. Enteritidisへと変化し、上昇の一途にあった。そして、91年にはついにサルモネラ食中毒は、患者数で腸炎ビブリオを抜いて第1位となった。なお、それまでは、我が国ではサルモネラ食中毒の汚染源としては、食肉、特に鶏肉がかなりの部分を占めていたが、徐々に鶏卵とその加工品が注目され始めてきた時期であった。
この様な状況下、北海道では、1988年の前後5年の10年間には、500人を超える大型食中毒が6件、小規模な事件も多発し、88年には、サルモネラ菌による集団食中毒(50名以上)が3件発生した。S. Enteritidisに汚染した鯨肉による552名、S. Typhimuriumに汚染した仕出し寿司による70名、そして、S. Typhimurium汚染錦糸卵による、今でも、わが国の食中毒事件史上で最高の10,476名の事件(本健康被害事例詳細報告)の発生へと繋がっていった。これら一連のサルモネラ食中毒の事件では、大規模に食材を製造する食品製造業者、食材卸業者等の衛生管理の欠如、食中毒に対する知識の欠如、事件発生届け出の遅れ、地域間の連絡の不備が指摘された。北海道では、届け出、通報、監視指導、給食施設の衛生管理強化のためのマニュアルの配布を行うなど、食品衛生行政の大幅な見直しを行う契機となった。
概要:
昭和63年6月27日から7月下旬にかけて、北海道の千歳市、室蘭市、倶知安町、苫小牧市の3市1町の71小中学校および1事業所(自衛隊駐屯地)において、冷やしラーメン(中華そば)を摂食した40,060名のうち10,476名(26.3%)がS. Typhimuriumによる食中毒症状を呈した。本集団発生事件の疫学調査成績による結果は以下のとおりである。大きく分けて6事例からなっている(表1)。
1)昭和63年7月4日、千歳市の中学校から千歳保健所に「生徒に食中毒の疑いがあると診断された。」との届出があった(千歳市、患者数1,266名,20小中学校関係分,初発6月27日)。次いで、2)7月12日、室蘭市内医療機関から、室蘭保健所に「7月9日頃から、下痢・腹痛等を主症状とする小学生の検便を行った結果、15名中8名からサルモネラ菌が検出された。」との届出があった(室蘭市、患者数3,383名,21小学校関係分,初発7月7日)。
その後、3)室蘭市(患者数1,933名,11中学校関係分,初発7月13日)、4)倶知安町(患者数1,092名,7小中学校関係分,初発7月13日)、5)苫小牧市(患者数2,573名,12中学校関係分,初発7月14日)、6)千歳市(患者数229名,自衛隊駐屯地関係1事業所分,初発7月14日)と広域に多数の患者発生が続いた。これら一連の6事例では、原因食摂食日(食中毒患者初発に同じ)から届出までに、長期間を要した。1)~6)へと順に、8,9,7,5,4,4日間かかった(図1)。特に初発の事例1)では1週間以上かかっており、その症状が風邪の症状と類似していたこと、また発症までの潜伏期間も長かったこともあって、通知までに時間を要したと考えられた。このため、届出を受けた時点では、既に保存食はなく、また時間の経過とともに正確な疫学調査は困難となり、原因施設および原因食品の究明には至らなかった。2番目の事例でも、医師から細菌検査の結果が出た後の届出では9日目であった。その後、連続して4事例の発生となり、2か月におよぶ患者の発生をみた。なお、これら学校に対しては各地区の1または2給食センターが、自衛隊駐屯地では駐屯地内の4厨房が、給食を調理提供していた。
本事件での胃腸炎の発症率は、全体で26.2%(10,476患者/40,060給食摂食者)であり、発病者の90.2 %(8,186名,冷やしラーメン摂食者/9071名,発病者、1)の事例を除く聞き取り調査による)が原因食(錦糸卵を使用した冷やしラーメン)を摂食していた。本事件での患者症状は、平均して、腹痛が84.7%と高率に認められ、下痢59.4%、頭痛47.7%、発熱44.9%等であり、その症状が風邪の症状と類似しているとされた。潜伏期間は原因食品摂食当日(第1日)から5日以上と長く、そのピークも2日から5日と広範であった。死亡者は無かった。
[資料参照]
原因究明:
この一連の事件では、初発の千歳市内小中学校の事例1)において、患者便からS. Typhimuriumが検出され、本菌による食中毒とされたが、通報の遅れもあり原因食品および因施設の特定にまで至らなかった。しかし、その後、室蘭市の事例2)において、事例1)の患便から検出と同一の菌が検出され、さらに2給食センター(施設)の給食により同時に患者が発生したことから、共通のメニュー、食材が原因食品と疑われた。共通のものとして、冷やしラーメン、特にその具材として使用した錦糸卵を疑い調査を開始した。患者便からは高率に原因菌が検出されたが、給食施設関係の保存食材からは、全く検出されなかった。ただし、1給食施設で事件当時に別途冷凍保存されていた未開封の錦糸卵(8袋)の増菌培養を行ったところ、その1袋から、患者便と同一のS. Typhimuriumが検出された。また、錦糸卵製造業者の設備、器具からの菌の検出は無かったが、他製品の原材料である鶏肉から、本事件と同型の菌が検出された。この事業所においては、設備、器具の共用と、鶏肉を取り扱う従業員も鶏卵製品製造に従事しており、そして殺菌加熱工程の不備、従業員の教育不徹底、衛生設備の不備、さらに施設周辺から他のサルモネラ菌が検出されるなどの周辺環境の汚染が指摘された。
これら状況から判断し、この一連の食中毒事件(事例1)~6))は、広範な地域において、同一の施設で製造した錦糸卵を使用した冷やしラーメンを多数の児童、生徒等が摂食しておきた食中毒であり、原因食品は錦糸卵、病因物質はS. Typhimuriumと判定した。なお、汚染経路は、原料由来か設備、従業員などの環境によるものかは判断できなかったが、従業員の手指や設備、器具の不完全な消毒・滅菌および設備・器具の共用による二次汚染が主因と考えられた。
診断:
地研の対応:
保健所で患者便から検出され、搬送された菌株について同定、特に血清型別を実施した。原因物質究明のため、各種保存食品、食材、環境材料からの菌検索を担当、冷凍保存の錦糸卵および錦糸卵製造業者の他製品の原材料である鶏肉から、患者便と同一のS. Typhimuriumを検出し、同定した。また、保健所、衛生部局との連携を密にすると共に、検査機能および保健所検査担当者や民間製造業者に対する研修指導体制の強化を一層図った。
行政の対応:
1)事故発生直後:北海道衛生部(現保健福祉部)は、各保健所に学校給食施設に対する一斉監視を指示した。また、全道保健所緊急衛生課長会議を開催し、再発防止のための今後の対策について指示した。また、教育委員会等と連携を取りながら、対策を実施した。
2)届出、通報体制の整備:早期探知を図るため、医師会に対し、食品衛生法第27条第1項に基づく適正な届出を要請した。教育委員会に対し、学校医との連携のもと、速やかな通報体制の整備を要請した。
3)食材施設の把握および監視指導:給食施設においては、保健所との連携のもと、自ら、食材製造業者施設の衛生管理を含めた実態を把握すること、また業者には検査の成績書求めるなどして、購入食材について衛生管理を徹底するよう求めた。保健所においては、給食施設関連の食材業者の名簿により、製造施設の把握および重点的に監視を実施し、営業者の自主検査を含めた管理の徹底指導をおこなった。
4)給食施設の衛生管理体制の強化:教育委員会に対し、衛生管理の責任体制の整備および事故時の連絡、通報体制の整備を早急に図るよう要請した。また、給食施設の衛生管理強化のためのマニュアル「学校給食における食中毒防止対策」の作成とその配布を行い、講習会、研修会等で、検収、調理方法、調理従事者に対する衛生教育ならびに食材およびその製造施設の衛生管理状況の把握、指導について徹底を図った。
地研間の連携:
国及び国研等との連携:
事例の教訓・反省:
本事件にみる広域的かつ大規模な食中毒事件を招いた要因としては、以下のことが上げられた。
1) 学校からの事件通報の遅れ、医師からの届出の遅れ。
2) 地域の保健所と医療機関、保健所間、そして衛生部局の相互の連絡・連携の不備。
3) 製造業者の設備の不備、他の食品の製造ライン、器具の共用による汚染。特に加熱殺菌における温度管理の不備。
4) 調理従事者の衛生意識の不足。
5) 製造能力を上回る受注の恒常化。
6) 学校等の給食施設における食材、半完成品の取り扱いなどの衛生管理、特に加熱作業の不備。
7) 学校における児童、生徒の健康管理、欠席状況把握の不備。
現在の状況:
今後の課題:
再発防止のためには、食材製造施設や給食施設の衛生管理体制の整備を行うとともに、特に従業員の手指や設備、器具の不完全な消毒・滅菌および設備・器具の共用の厳禁を守ること。さらに保健所と連携し、食材の発注先の衛生管理状況の十分な把握が必要と考える。また、食材製造施設および給食施設においては、自主管理の徹底を図るよう指導し、監視指導強化を図る必要がある。通常の事件においても、そうであるが、特に、大型・広域事件については、通報、届出の速やかな実施と、ファクシミリ等による検査(調査)情報の迅速伝達が必要となる。これら伝達システムは逐次改善し、整備していかねばならないと考えられる。指揮系統の整備、調査票様式の改善を含めた疫学調査手法の改善も必要であり、これら作業の総合的な改善・実施により、適正かつ迅速な調査が可能考える。
さらに、食中毒事件のデータ、病原体検出情報の迅速提供も、食中毒をはじめとする様々な感染症の早期診断のための判断材料の一つとして重要な役割をになうと考える。情報提供を目指し、過去および直近事例の詳細情報のデータベース化とその検索システムの構築も必要と考える。
問題点:
関連資料: