[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:広島市衛生研究所
発生地域:広島市(1府9県)
事例発生日:1990年9月
事例終息日:
発生規模:母集団697名
患者被害報告数:患者数458名
死亡者数:0名
原因物質:サルモネラ.エンテリティデス
キーワード:ティラミス、ケーキ、洋生菓子、卵加工品、液卵、サルモネラ、エンテリティデス、S. Enteritidis
背景:
サルモネラ・エンテリティデス(以下「SE」という。)は、欧米では1987年から卵に関連する原因食品でSEによる急性胃腸炎が増加して以来、注目されていた菌である。日本には採卵用のヒナの輸入により、卵のSE汚染が始まったと考えられているが、大規模なSE食中毒事例としては、本件が最初の事例となった。
ティラミスケーキは、当時若い女性を中心に急速に人気を得ていた洋生菓子である。原材料は、卵黄、メレンゲ(卵白)、マスカルポーネチーズ、生クリーム、ゼラチン、リキュール、グラニュー糖、チェリー、スポンジケーキである。各種の材料を混和後、冷蔵庫でなじませ、更にカップに入れて冷蔵保存し、出荷するものである。製造時間は長時間にわたり、加熱工程の全くない洋生菓子である。
概要:
1990年9月10日、市内の病院より保健所に食中毒患者の届出があり、調査を開始し、喫食調査からティラミスケーキが共通食品と判明した。患者の発生は9月6日から16日までの11日間で総数697名となり、ピークは8~10日の3日間で554名に上った。発生地域は中国、四国地方を中心に1府9県にわたり、年齢性別にみると20代の女性が230名を占め、流行を反映した特徴的な発生を示した。
原因となったティラミスケーキは、5日~10日にかけて7664個が製造され、系列26店舗で販売されていた。製造は販売前日の10時から始まり、卵黄等の原材料を混合し室温放置、15時から生クリーム、メレンゲ等を混合・整形し冷蔵保管する。翌朝5時からカップに詰め、飾りづけをして、6~9時にかけて冷蔵車で各店舗に配送し、販売されていた。
衛生研究所における検査の結果、9月13日に患者便及びティラミス残品からサルモネラを検出し、19日にはSEであることを確認した。
製造所は、保健所が事件を探知した9月10日に当該品の製造・販売を自粛し、11日からは当該品の製造・販売の営業停止、15日から22日までは全面的な営業停止処分を受けた。この間、製造所では、原材料の衛生チェック、従事者の健康確認・衛生教育、施設設備の清掃消毒、衛生管理体制の整備および製品122品目の自主検査を行った。行政においても9月23日から122品目の検査を行い、26日にサルモネラの陰性を確認し、製造所の営業を再開させた。
原因究明:
患者の摂食状況からティラミスケーキを原因食品と決定した。患者及び原因食品からSEを分離し、原因菌と決定した。
原材料、施設内のふきとり、従事者便等を検査したが汚染経路を特定することはできなかった。卵白から原因菌とファージ型の異なるSEを検出したが、卵からの汚染が強く疑われた。
発生要因としては、製造工程中に材料の液卵が5時間、室温放置されており、この間にSEが増殖したものと推定された。
患者宅で保管されていたティラミス残品から百~一億個/gのSEを分離した。本菌は数百~数千の菌量でも発症するとされており、そのため多数の患者が発生したと考えられる。
診断:
地研の対応:
地研の対応
9月10~27日にかけて、保健所において採取した678検体についてサルモネラ等の食中毒病原検索を行った。内訳は、患者便48検体、従事者便413検体、生菓子・原材料211検体、その他6検体である。
行政の対応:
1990年9月10日、市内の病院より保健所に食中毒患者の届出があり、製造所に対して該品の製造・販売の自粛を求めた。翌11日には厚生省食品保健課に通報し、該品の製造・販売の停止命令(7日間)を行った。その後、従事者からSEを検出したため、15日に再度、停止命令(8日間)を行った。この間、保健所が施設の消毒と衛生教育を行うとともに、営業者より顛末書及び報告書を徴収した。更に、今後の管理方針の確立と製品の自主検査を行わせ、安全が確認された菓子から製造・販売を認めることとし、26日からの営業再開とした。
地研間の連携:
特になし
国及び国研等との連携:
9月11日に他府県にまたがる食中毒事件として、本市衛生局から厚生省食品保健課に速報している。
衛生研究所からは、事件後SEのファージ型別を国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)に依頼した。その結果、患者6株、食品6株、従事者便4株合計16株のファージ型はすべて4型に一致した。
事例の教訓・反省:
ティラミスケーキは加熱工程が無いにも係らず製造販売時間が長く極めて危険な食品であるが、短期間で急速に売上げを伸ばした食品であったため、行政(保健所)も監視が行き届いていなかった。そこでその後、特に新製品については品目届の提出を求め、製造工程等の監視を行うこととした。直接的な発生要因は、液卵の5時間の室温(25℃)放置と考えられたが、SEは極めて少量の菌で発症することから、製造所、販売所における温度時間管理は、卵加工食品の場合に特に留意する必要がある。
現在の状況:
当該製造所は、事件直後から営業再開後もティラミスの製造を中止しており、全国的にも人気・製造量とも減少しているようである。
その後、卵類加工品を原因食品とするSE食中毒が多発したことから、厚生省は「卵及びその加工品の衛生対策について」(平成4年7月8日衛乳第128号)、「液卵の製造等に係る衛生確保について」(平成5年8月27日衛食乳第116号、衛乳第190号)を各自治体に通知し、SE食中毒の防止対策を徹底することとしている。
最近では、「大規模食中毒等について」(平成9年3月24日衛食第85号)により食中毒処理要領が一部改正され、速報、詳報の対象となる病因物質の一つとしてSEが指定されたところである。
今後の課題:
事件発生は8年前であるが、現在でもつぎのような対応が望まれる。
1)国として
輸入ヒナに対するSE保菌の検疫強化
殻付き卵の期限表示の制度化
2)自治体として
殻付き卵、液卵を使用する食品業者に対するSE食中毒防止の普及啓発
3)業者として
殻付き卵、液卵の衛生的な保管管理体制の強化
問題点:
関連資料:
1) 「S. Enteritidisにより集団食中毒事例」、微生物部、広島市衛研年報、10、79~80、1991
2) 「情報コーナーティラミスによるS. Enteritidis食中毒事例-広島市」、食品衛生研究、41、4、94、1991