No.457 あん入り餅を原因とする嘔吐型セレウス菌による食中毒事例-熊本市で初めて健康危機管理対策部が設置された事例-

[ 詳細報告 ]
分野名:
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/03/17
衛研名:熊本市環境総合研究所
発生地域:熊本市
事例発生日:2001年12月1日
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:346名
死亡者数:0名
原因物質:セレウリド
キーワード:セレウス菌、セレウリド、保育園、集団発生、嘔吐

背景:
嘔吐型セレウス菌の食中毒は米飯や焼き飯、スパゲティー等の食品で発生する事例が90%以上であり、あん等で発生する事例は非常に珍しい。熊本市では嘔吐型セレウス菌による食中毒は1985年に一度発生しており、原因は焼き飯であった。
また、当時は嘔吐毒の成分も不明であったため、嘔吐毒の検査等は実施していなかった。1988年にHughesらはセレウス菌(以下「セ菌」という)の嘔吐毒がHep2細胞で検出できることを報告している。その後の研究を経て、現在ではセ菌の嘔吐毒成分がセレウリドであり、検出法としてHep2細胞を用いた空胞化試験が行われている。
セ菌による食中毒は全国食中毒事例の1%弱ほどを占めるに過ぎず、当所では、これまでセ菌の検査は、嘔吐型の指標になるデンプン分解性を実施していた。
近年突発的に、かつ広範に生じる国民の生命、健康、安全を脅かす化学物質、毒物、劇物、食中毒による事例が増加しているため、熊本市においても危機管理機能の強化を図るため、健康危機管理要綱(以下「要綱」という)の新たな策定(2001年4月1日)や、毒劇物、食中毒、感染症それぞれのマニュアルの見直しを行った。また、保健所長を議長とした医療機関、県、消防、警察等の関係機関による平常時の健康危機管理連絡会議及び、庁内の担当者レベルの定期的な情報交換を行う健康危機幹事会を設置し、情報の共有化、連絡網の整備を図っている。
このような中で発生した今回の食中毒は、保育園の餅つき大会で起こった急性の嘔吐症状であり、また患者数も346名と多かったことから、初めて要綱に基づき健康危機管理対策部(部長:健康福祉局長)(以下「対策部」という)が設置された。

概要:
2001年12月1日土曜日昼頃、市内の保育園から熊本市保健所に園が主催する餅つき大会に参加していた園児らが嘔吐を主とした体調異常を起こしているとの通報があった。ほぼ前後して消防、警察にも同様の通報があった。参加者は441名で、患者のほとんどが園児であり、症状が急性の嘔吐であったため会場(保育園)はパニック状態となった。現場では、消防局がトリアージを行い、救急車による搬送は延べ37回に及んだ。熊本市は同日午後2時に対策部を設置、以後情報収集、各団体との連絡調整に当たった。

原因究明:
検査の結果、セ菌があんこ玉及びあん入り餅から105cfu/gオーダーで検出した。また吐物、ふき取りからも高率に検出した。これらについてセレウリドの検査を行った。その結果、食品、吐物及び分離菌株からセレウリドを検出した。ブ菌は、検出率が低く、食品等からもエンテロトキシンは検出せず、またその他の食中毒起因菌も不検出であった。これらのことから、原因食品はあん入り餅でそのあんに含まれていたセレウリドにより食中毒を起こしたものと判断した。なお、セ菌の増殖については、あんの製造工程で、小豆を煮た後砂糖を加えずに1日以上室温に放置されていたことが原因と考えられた。

診断:

地研の対応:
12月1日土曜日昼頃、保健所食品保健課から本事例発生の連絡があり、午後2時までに所長以下全職員が参集し検査態勢を整えた。患者症状が急性嘔吐であるため、搬入された検体(食品、吐物、ふき取り)について嘔吐型食中毒菌検査(セ菌、黄色ブドウ球菌検査)及び化学検査(毒物検査)を開始した。また、検体の一部は食中毒起因菌の検査も行った。十分な検査試薬の確保等の観点から対策部を通じ熊本県保健環境科学研究所へ協力を要請した。2日、搬入検体からセ菌を高率に検出し、食品からの菌量が105cfu/gオーダーであったため、嘔吐毒(セレウリド)の確認等について対策部を通じ厚生労働省に照会を行い、名古屋市衛生研究所に依頼した。なお、午前中までに毒物等化学物質による可能性を否定した。4日、黄色ブドウ球菌(以下「ブ菌と呼ぶ」)による食中毒の可能性も否定できないため、食品、吐物等についてVIDAS法によるブ菌のエンテロトキシン検査を福岡市保健環境研究所に依頼した。

行政の対応:
12月1日午前11時45分に、保健所に保育園から園児らが嘔吐を主とした体調異常を起こしているとの通報があった。本事例規模、状況から午後2時に対策部を設置した。
対策部は患者搬送先となる小児科を標榜している受け入れ可能な医療機関の確保を行った。
保健所は患者、保育園に対し聞き取り調査を行った。
報道発表は、1日に3回、2日に2回行った。
6日に嘔吐型セ菌の食中毒の最終記者発表を行い、その後、7日に対策部は解散した。

地研間の連携:
培地、試薬等の不足分を確保するため、熊本県保健環境科学研究所に協力要請した。セレウリドの検査を名古屋市衛生研究所に、黄色ブドウ球菌エンテロトキシンのVIDAS法による検査を福岡市保健環境研究所に依頼した。東京都立衛生研究所に検査に関する指導助言をいただいた。

国及び国研等との連携:
対策部を通じ厚生労働省、岩手大学からご助言をいただいた。

事例の教訓・反省:
1) 発生日が土曜日であったため、試薬メーカーとの連絡が取れず、試薬の確保が出来なかった。このため、メーカーの緊急連絡先等確保の必要性を痛感した。
2) 今回は、検体数が多く検査が進まない中、セレウリドやブ菌のエンテロトキシンの検査を他地研にご快諾いただき、結果を迅速に得ることが出来た。このような大規模事例では、すべての検査を抱え込んでしまうよりも、他地研の協力を得ることも検査の迅速化を図る一助であると考えられた。そのためにも、日ごろから他研究所等との連携をもつことの大切さを痛感した。勿論当所でも、他からの依頼に答えられるような準備も必要であると考えた。
3) 発生直後から対策部で報道発表を頻繁に行った。このことが関係者や市民の不安を和らげるのに役立った。

現在の状況:
・検査技術
セレウリドの検査法の研修を名古屋市衛生研究所で、黄色ブドウ球菌エンテロトキシン抽出法の研修を福岡市保健環境研究所で受け、実施可能となった。
・検査体制
事例発生前
食中毒菌の分離同定は行っていたが、セレウリドの検査は行っていなかった。また、黄色ブドウ球菌エンテロトキシンの微量検査キット未購入であった。検査機器のVIDASも未整備であった。
事例発生後
セレウリドの検査、ブ菌エンテロトキシン微量検査キットによる検査を加えた。IDASは、整備要求中である。

今後の課題:
・検査技術と検査人員について
今回セレウリドの検査法や、ブ菌エンテロトキシンの微量検査法等の研修を受け、技術的には実施可能となった。当所微生物班は、係長1名、ウイルス担当1名、細菌担当2名であるが、今回のように大規模事例が発生した時には、当所のような小規模体制では緊急時には他課や他地研の協力を得ることが不可欠である。緊急時の対応のため日頃からのネットワーク作りが大切と考えられた。

問題点:

関連資料: