No.471 自家製「ハスずし」によるE型ボツリヌス中毒(2回目)

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:滋賀県立衛生環境センター
発生地域:滋賀県高島郡マキノ町
事例発生日:1989年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:3名
死亡者数:0名
原因物質:E型ボツリヌス菌
キーワード:食中毒、ボツリヌス中毒、ボツリヌス毒素、ボツリヌス菌、馴れずし、ハスずし

背景:
1973年7月、滋賀県高島郡マキノ町で、自家製の「ハスずし」によるE型ボツリヌス中毒が発生した。滋賀県内での1例目の事例である。
1989年7月、同じ時期に同じ地域で第2例目が発生したので、この事例について紹介する。

概要:
「ハスずし」は馴れずしの一種であって、滋賀県では高島郡マキノ町の一部地域で、例年7月27日に行われている郷土祭りのご馳走として、各家庭でつくられている。一般市場には製品として販売されていない。
今回の事例の原因食品となった「ハスずし」は、マキノ町の漁業Aさん宅でつくられた。この「ハスずし」は、まず1989年6月1から20日の間に、4-5回に分けて100匹のハス(琵琶湖産の淡水魚)が塩漬けされ、7月15日に塩抜き、眼球の除去後、米飯と交互に樽に詰められ、山椒の葉をのせて樽漬けされたものである。
7月25日、昼食時に家族4名(A、B、CおよびD)中3名(A、B、C)が、夕食時には4名が喫食した。また、翌日の朝にも2名(A、B)が喫食した。午前8時頃、Bさん(Aの妻:49才)が、さらに午後2時頃にはAさん(主人:51才)が嘔吐を主症状とた異常を呈した。
7月27日早朝、A、Bの両名は近くのM医院で受診したところ、「ボツリヌス中毒の疑いがある」としてT病院で受診するよう指示された。しかし、T病院で受診したが、両名とも快方に向かったのでそのまま帰宅した。
7月28日、Aさんが複視、両手の脱力感、Bさんが腹部膨満を訴えた。7月29日、Aさんは両足の脱力感、歩行困難、呼吸しにくい、ふらつき、口渇を、Bさんは胸が苦しい、呼吸しにくいなど、両名とも症状の悪化を訴え、午前9時30分、T病院を再度受診し、そのまま入院した。
7月30日から31日にかけて、A、B両名に治療用ボツリヌス抗毒素血清が投与された。その後、両名とも快方に向かい、Bさんは8月12日、Aさんは8月26日に退院した。なお、Cさん(祖母:77才)もT病院を受診したが、発現した症状が口渇のみであったので、ボツリヌス抗毒素血清による治療は行われなかった。

原因究明:
当該保健所から「ハスずし」4件(漬け込み樽の上層部、中層部、下層部および喫食残品)、喫食者4名由来の血清6件および糞便4件が検査材料として搬入され、ボツリヌス毒素、ボツリヌス菌を含む食中毒起因菌の検査を行った。
その結果、A、B両名由来の糞便(各1件)および血清(各2件)からE型ボツリヌス毒素が検出された。また、喫食残品である「ハスずし」4件すべてからもE型毒素が検出された。これらの検査結果および疫学的所見等の判断から、本事例はE型ボツリヌス中毒と断定された。
一方、E型ボツリヌス菌は、Aさん由来の糞便および「ハスずし」(樽中層部)、から分離された。なお、ウェルシュ菌、黄色ブドウ球菌などほかの食中毒起因菌は検出されなかった。

診断:

地研の対応:
地研には、7月27日午後5時頃、当該保健所から「ハスずし」4件(漬け込み樽の上層部、中層部、下層部および喫食残品)、喫食者4名由来の血清6件および糞便4件が検査材料として搬入され、ボツリヌス毒素、ボツリヌス菌を含む食中毒起因菌の検査を担当した。

行政の対応:
行政対応の一つ目は、治療用ボツリヌス抗毒素血清の入手である。7月29日、患者の様態が悪化したため、当該保健所から県庁公衆衛生課・薬務課に対し、治療用ボツリヌス抗毒素血清の入手の依頼があった。県保管分に加え、厚生省生物製剤課、京都府立病院(京都府庁経由)、大阪府庁および大阪大学微生物病研究所にそれぞれ追加の抗毒素血清が手配され、当日中にT病院に搬入された。
二つ目は、ボツリヌス中毒予防対策である。ボツリヌス中毒の疑いが強いと判断した当該保健所は、7月29日、地元のマキノ町住民課と地域対策や予防衛生について協議し、地元の区長の了解のもとに地域住民に対して有線放送、ビラの配布等を通して、ボツリヌス中毒予防に関する資料を提供した。また、8月1日付けで、発生地域のマキノ町長あてに、8月2日付けで当該保健所管内の各町村長、関係団体あてにボツリヌス中毒の予防に関する広報を行った。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:
1973年7月、北海道、東北以南の地域である滋賀県で、初めてE型ボツリヌス中毒が発生した。地研としては、ボツリヌス中毒発生直後から1)地域および琵琶湖に流入する主要河川を中心としたボツリヌス菌の分布調査、2)「ハスずし」製造工程中のE型ボツリヌス菌の毒素産生に関する実験(再現実験)等を行ってきた。その結果、ボツリヌス中毒発生付近の琵琶湖岸を始め、琵琶湖に流入する河川の河口付近には高率にE型ボツリヌス菌が分布していること、2)再現実験の結果、米飯と魚を漬け込むときにボツリヌス菌の汚染があると、漬け込んだすべての部分ではないが毒素を産生する可能性のあることを実験的に証明した。県公衆衛生課は、「ハスずし」などの馴れずしが県内広い地域でつくられている実状から、県民にボツリヌス中毒予防を促すため、地研が行ったこれらの調査成績とともに、昭和50年7月29日、「ボツリヌス食中毒予防について」と題してプレス発表していた。つまり、行政としては、地域住民にはもちろんのこと、広く県民を対象としてボツリヌス中毒に対する知識や関係する衛生知識の普及を行ってきている。
2例目の事例は、1回目の事例から16年が経過していた。1回目のE型ボツリヌス中毒が発生した時期かつ地域も同一であった。患者となったAさんは、16年前の1回目のボツリヌス中毒のことを知っていたが、地域の祭りで「ハスずし」を食べる習慣があることから、来客に出す前に自らが毒味として食べ、異常を感じなかったので家族にも食べさせたという。
ボツリヌス中毒が発生するためには、次の1)から5)までの条件が必要である。1)食品がボツリヌス菌によって汚染されること、2)ボツリヌス菌の増殖と競合する細菌が減少すること、3)食品中でボツリヌス菌の増殖に必要な条件(嫌気条件、pH、水分活性など)が整っていること、4)食品が10℃(A、B型菌など、E型菌は3.3℃以上)以上の温度で長期間保存されること、5)喫食前に加熱工程がないことである。「ハスずし」のような馴れずしには加熱工程がない。したがって、1)から4)までをどのように抑制するのかが課題として残されている。
「ハスずし」は、地域の祭礼に係わる習慣として古くからつくられてきている馴れずしであるし、製造過程から喫食までに加熱工程のない食品である。故に、ボツリヌス中毒などの食中毒予防の観点から、地研としても重大な関心をもっており、今後とも行政対策と連携しながら有効な対応策を検討していきたいと考えている。

現在の状況:
1) 治療用ボツリヌス抗毒素血清(A、B、EおよびF型混合)を県医務薬務課に常備している。
2) 診断用ボツリヌス抗毒素血清など、ボツリヌス毒素の検査資材を地研が保有している。

今後の課題:
地域的なE型ボツリヌス中毒に限らず、A型ボツリヌス中毒も全国で発生してきている。しかも、A型ボツリヌス中毒の場合には多くが原因不明となっている。食品の多様化とともに、今後とも様々な食品を原因食としてボツリヌス中毒が発生する可能性がある。ボツリヌス中毒が疑われる場合には、患者治療用のボツリヌス抗毒素血清の手配、かつ患者材料や食品からのボツリヌス毒素やボツリヌス菌の検索が緊急的に必要となってくる。したがって、地研としては診断用ボツリヌス抗毒素血清などのボツリヌス毒素やボツリヌス菌の検査に必要な資材の常備が重要である。また、一方では関係機関や団体に対するボツリヌス中毒に関する知識のなお一層の普及についても重要といえる。

問題点:

関連資料:
1) 徳地幹夫ほか:滋賀県におけるボツリヌス菌分布調査(第1報)知内地区(ボツリヌス中毒発生地区)周辺におけるボツリヌス菌の分布.滋賀衛公研所報、10、5-8(1974)
2) 林賢一ほか:滋賀県におけるボツリヌス菌分布調査(第2報)琵琶湖に流入する主要河川(中流・河口)における分布.滋賀衛公研所報、10、9-17(1974)
3) 林賢一ほか:「ハスズシ」におけるボツリヌスE型菌の毒素産生に関する実験的研究.滋賀衛公研所報、10、18-21(1974)
4) 徳地幹夫ほか:滋賀県におけるボツリヌス食中毒の発生.公衆衛生情報、5(604)、32-37(1975)
5) 林賢一ほか:マキノ町知内における熟れずしの製造に関する実態調査とその一部製品のボツリヌス菌の検索について.滋賀衛研所報、12、38-43(1976)
6) 滋賀県食中毒調査資料(1989)
7) 筧福子ほか:滋賀県に発生したボツリヌス中毒事例.滋賀衛環セ所報、25、82-83(1990)
8) 山村久兵衛:ハス寿司によるボツリヌス中毒事件.PIGS別冊(第10回滋賀県食品衛生関係業績発表会要旨)、p57-58、滋賀県公衆衛生課(1990)