[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:岡山県環境保健センター
発生地域:岡山県邑久郡邑久町、新見市、岡山市
事例発生日:1996年
事例終息日:1997年
発生規模:患者数: 邑久町468名 (母集団2,156名)、新見市365名 (母集団1935名)、岡山市171名(未確定) (母集団不明)
患者被害報告数:1,004名(未確定)
死亡者数:2名
原因物質:EHEC O157:H7(VT1,2)
キーワード:細菌、食中毒、集団発生、EHEC、O157、ベロ毒素、出血性大腸炎、HUS
背景:
腸管出血性大腸菌(EHEC)による食中毒の集団発生は1982~1983年にアメリカ及びカナダで報告され、患者は出血を伴う水様性下痢(出血性大腸炎)やその後に溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こす等特異的な症状を示す。これらの原因菌はベロ毒素を産生する血清型O157:H7であり、その後の研究でEHECの血清型は多種に及び世界各国に分布していることが判明した。日本においては1990年に埼玉県、1992年に佐賀県、1993年に東京都、1994年に奈良県で集団発生が報告され、埼玉県の事例後の1991年に全国の地研を対象として国立予防衛生研究所(現国立感染研)及び東京都立衛生研究所による「PCR法及びRPLA法によるベロ毒素の検出」に関する研修が行われたがEHECの特異的選択増菌培地や公定法としての検査法は未だ確立されておらず、他の食中毒原因菌に比べ発生頻度は非常に少なかったため、一般的な検査や臨床の場においては食中毒原因菌としての本菌の認識は未だ低い状況であった。
概要:
平成8年5月に邑久町内の4幼稚園、4小学校、1中学校でEHEC O157:H7(VT1,2)による食中毒が発生した。本事例はこの年日本全国で爆発的な集団発生を起こしたEHECによる食中毒の発端になった事例である。
5月28日に医療機関から食中毒の疑いのある児童を診察したとの第一報が保健所へ入り、有症者.欠席者.入院患者の健康調査、施設での喫食調査等の疫学調査を行うと同時に、児童の検便、学校給食共同調理場が調理した給食の保存食の収去、食材の検査、調理器具の拭き取り検査、使用水の検査、施設検査、調理員の検便を行った。この間患者が入院していた医療機関からEHEC O157が検出され、食中毒事件として対応する一方、教育委員会に対して便所、教室の消毒、児童の手洗いの励行や二次感染の予防を指示し、保護者や町民へ「O157に関するお知らせ」等の広報活動や二次感染予防の啓発を行った。さらに行政と細菌学や疫学の専門家で構成する「病原性大腸菌食中毒対策本部」を設置して原因究明や疫学的解析を行い、また専用相談電話を設置して住民の相談に対応した。本事例は喫食者数2,156名中有症者468名(20.9%)、菌陽性者112名(5.2%)で、入院中の児童2名が死亡した。平均潜伏時間は有症者全体で5.87日、有症者のうち菌陽性者では4.61日であり、暴露日は各々5月22.7日、23.4日と推定されたが、これらの日の保存食はすでに廃棄されており、入手した保存食や食材、使用水等からは原因菌は検出されず、原因食の究明はできなかった。
平成8年6月には新見市内の7小学校と2中学校でEHEC O157:H7(VT1,2)による食中毒が発生した。本事例は邑久町の事例について調査・検査を行っている最中に発生しており、岡山県でのEHEC集団発生の2事例目であった。
6月14日に新見市内の医療機関から新見市内の小学校の児童が食中毒症状で受診しているとの報告があった。本事例ではこの直前に邑久町や隣接した広島県東城町でO157による集団発生があり、本菌に対する関心や警戒感が高かったため、患者からO157が検出された後の対応は早期に実施された。この事例でも市内の学校給食センターで調理した給食が原因と推定されたため、調理された保存食や食材、使用水、拭き取りもの等の検査を行うとともに、施設の調査や児童、職員、調理従事者等の検便を行い、各学校の教室、便所、手洗い場等の消毒を指示した。また、邑久町の発生に引き続いた発生であったため感染の拡大防止等について迅速に対応する事ができ、3日後の17日には第1回新見市学校集団下痢症対策本部会議を開き、今後の対応や住民への広報、疫学的解析等を早期に実施した。本事例の喫食者は1,935名でこのうち有症者は365名(18.6%)、菌陽性者は270名(14.0%)であり、死亡者は0名であった。疫学調査の結果、平均潜伏時間は有症者全体で5.52日、菌陽性者で5.34日であり、暴露日は各々6月10.2日、10.6日と推定され、暴露日を含め5日間の保存食を検査したが原因菌は検出されず、原因食は不明であった。
これら2事例では給食の調理は共同調理施設が一括して行い、各学校へ配送するシステムになっている。両調理施設は4~6行程で調理を行っており、各工程で調理された給食は行程ごとに配送先の学校が指定されていた。このうち邑久町の事例では6行程の内第3、第4行程で、新見市の事例は4行程の内第3,第4行程で調理された給食の配送先の施設において発症者が多く、なぜ同じ調理場で調理した給食が調理行程により発症率に差が生じたのかは感染源が明らかにならなかったため不明であった。このような状況から児童は学校給食に対して恐怖心をいだき学校関係者や保護者等の間では学校給食や共同調理の是非が問題となり、長期間にわたり給食の再開が見送られる結果となった。
両事件の終息は、以下の条件を満たした時点において発表された。
1) 新規患者が4週間続けて発生しない。
2) 入院患者を含め食中毒の有症者がいない。
3) 検便陽性者の検便がすべて陰性である。
平成9年には岡山市の病院でEHEC O157:H7(VT1,2)による食中毒の3事例目の集団発生があった。
岡山県では平成8年の本菌による集団発生を教訓に各地域の管轄保健所や中核市に移行した岡山市とともに本菌による食中毒の発生を警戒し、各学校や調理施設等に対し注意を呼びかけていたが、平成9年6月25日に岡山市内の病院から市保健所へ、数名の入院患者が血液の混じった下痢や腹痛を訴えている旨の連絡が入った。調査の結果、入院患者と病院附属看護学校の学生ら多数が同様の症状を呈し、検便によりこのうち2名からEHEC O157:H7(VT1,2)を検出した。市保健所では病院の給食施設に業務中止を命令し、岡山県と協力して保存食等の検査、患者、職員、学生等の検便を実施した。また、岡山市腸管出血性大腸菌感染症対策本部やO157専門家検討会を設置し、原因究明や事件への対応を行った。現在のところ最終的な報告が行われていないため、喫食者数、有症者数、推定潜伏時間、暴露日等の確定はできていないが、菌陽性者は89名であった。保存食101検体については岡山市の保健所で検査した結果、6月19日の夕食に出された冷やし日本そばから本菌が検出された。この菌株は患者から分離された菌と各種疫学マーカーが一致したことからこの食品が原因菌に汚染されていたことは間違いない。その他の食材や使用水等からは菌は検出されなかった。
原因究明:
各事例では、検便により複数の患者から同一性状のEHEC O157:H7(VT1,2)が検出されたため、原因菌として確定された。しかしながら、邑久町と新見市の事例では保存食から原因菌は検出されなかったため原因食は究明できなかった。また岡山市の事例では冷やし日本そばから原因菌が検出されたが、他にも原因食品が有るか否かについて疫学調査結果を解析中である。
診断:
地研の対応:
岡山県では患者数が30名以上の食中毒集団発生時には管轄保健所検査課と当センターが検査に当たることになっており、中核市の岡山市との間では応援要請による検査協力を行うようになっている。しかしEHECによる食中毒事例の患者は重篤な症状に移行する危険があるため検査の緊急性が求められ、また発生施設が複数の学校に及び、原因食の究明のため複数の検査法で繰り返し検査を行う等検査検体数が膨大であったため、県下すべての保健所検査課と当センターで検査を行った。邑久町と新見市の事例では原因菌確定のためのH型別、毒素の産生性及び型別や原因食究明のための保存食と食材の検査を当センターが中心で行った。岡山市の事例では検査の応援要請により患者等の検便と食材の検査を行った。
行政の対応:
岡山県保健福祉部環境衛生課および管轄保健所、さらに他の保健所からの応援人員を加えて大規模な調査体制で事件の解明に望み、便、保存食、食材、使用水等の検体採取、健康調査や喫食調査等の疫学的な調査、調理施設の立ち入り調査、調理再現検査、マスコミへの対応等を行った。また、岡山市は中核市移行に伴い岡山県と保健所行政上は分離しているが、相互の援助・協力により対応した。
地研間の連携:
新見市の事例では、その直前に新見市と県境を隔てた隣町の広島県東城町で同じEHEC O157:H7(VT1,2)による集団発生があったため、両事例の関連を調査する目的で「岡山県広島県病原性大腸菌食中毒対策本部合同会議」を開催し、当センターと広島県保健環境センターで原因菌の各種疫学マーカー特に遺伝子マーカーの解析を行い、その結果を検討したが、パターンが異なっていたため関連は否定された。また、O157の検査法や遺伝子マーカーの解析法等について、大阪府立公衆衛生研究所、東京都立衛生研究所、広島県保健環境センターの先生方からの貴重な示唆を頂いた。
国及び国研等との連携:
邑久町及び新見市の事例では、EHECの検査法として公定法が定まっていない状況で、EHECの特異的な増菌培地や感度の高い検査法等についての情報も少なく、発症に至る感染菌量や食品中の汚染菌量等は不明な点が多かったが、前記岡山県病原性大腸菌食中毒対策本部のメンバーである国研や国立機関の専門家の先生方から検査法についての最新の情報やアドバイスを頂いた。また、国立感染症研究所が実施した遺伝子マーカーの解析により、他県で発生したEHEC集団発生事例の原因菌との比較が可能となった。
事例の教訓・反省:
平成8年に邑久町で発生したEHEC集団発生事例は、患者の症状が重篤で死者が出たことや患者の治療法が確立されていない等従来の食中毒事例とは異なっていたことに加え、新見市の事例を含めマスコミの連日の報道により、学校関係者、保護者、住民等の不安は拡大してパニック状態に陥った。このことから行政機関の各部所では、マスコミへの対応にさらに多くの労力を費やす結果となった。また、原因食が特定できなかったことから、学校給食に対する不信感はその後の給食の再開の是非や調理方式について長く問題を残した。一方、平成9年の岡山市の事例は発生場所が病院であったため社会に大きな衝撃を与え、入院患者等の感染患者の健康状態が危惧されたが事なきを得たことは不幸中の幸いであり、このような食品衛生上の監視対象として見過ごされやすい施設での発生は、監視業務に警鐘を鳴らすものとなった。
現在の状況:
平成8年の全国的なEHECによる集団発生により本菌感染症は指定伝染病となり、検査法や迅速同定法の検討がなされた結果、公定法が示された。一方、研究所、大学、病院、企業等においては血清抗体価測定法の検討、各種食品や環境材料の汚染調査、動物の保菌調査、治療薬や治療法の検討インターネットを利用した情報の入手と交換等、様々な調査・研究・情報の提供が行われており、行政的にも国を挙げてEHEC感染症の対策に乗り出している。
今後の課題:
平成8年より爆発的に発生したEHECによる集団発生事例では、その多くが原因食を究明できていない。本菌は少量で感染発症するといわれており、食品汚染菌量の少ないことが原因食品を特定できない一因であると思われる。したがってより感度が高く非特異反応の少ない迅速検査法の開発が必要である。また、原因食が明らかになった事例では、生野菜を含む食品が原因である場合が多く、野菜や畑の土壌、肥料等の汚染調査が必要であると思われる。一方、感染患者に対する治療は抗生剤の早期投与が重要であり、投与が遅れた場合やHUSを発症した場合では重症化するといわれているため、早期に診断できる検査法や有効な治療法の開発が望まれる。
問題点:
関連資料:
1)「岡山県邑久郡邑久町及び新見市における腸管出血性大腸菌(O157:H7)集団食中毒事件報告書」岡山県(1997)