No.659 チョウセンアサガオによる食中毒事例

[ 詳細報告 ]
分野名:自然毒等による食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/27
衛研名:岡山県環境保健センター
発生地域:岡山県倉敷市
事例発生日:1996年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:4名
死亡者数:0名
原因物質:チョウセンアサガオ
キーワード:チョウセンアサガオ、アトロピン、スコポラミン、成育状況、まびき、鑑賞用

背景:
チョウセンアサガオの誤食による食中毒は、発生件数は少ないものの近年のアウトドアブームの影響等により、山野草を食べる人々の増加で注意すべき食中毒の一つである。彼等の多くは植物の知識も十分とは言えず、有毒植物を誤って食べてしまう事故が後をたたないからである。平成8年4月に倉敷市内で発生した事例で、食品中のアトロピン・スコポラミンの分析を岡山県環境保健センターで担当した。また、行政的なチョウセンアサガオ食中毒の基礎研究を行う機会を得たので、あわせて報告する。

概要:
平成8年4月21日夕刻,岡山県倉敷保健所管内で、神経毒が原因と見られる食中毒が発生した。主治医は、自然毒による食中毒の可能性が強いとの意見であった。倉敷保健所で共通食を確認したところ、金平牛蒡とほうれん草のおしたしが疑われた。さらに聞き取り調査を実施したところ、チョウセンアサガオの根を、牛蒡と誤って収穫し調理していたことが推測されたため、当センターあてに成分確認の依頼があった。成分分析の結果、残存食品よりチョウセンアサガオに多く含有されるアトロピン・スコポラミンが検出され、原因が確認された。
4月21日夕方、倉敷市在住のA夫婦は、親(B夫婦:津山市在住)から送られた「削りごぼう」を金平牛蒡に調理・喫食し、2時間後に発症・入院した。また、B夫婦及びC氏(A夫婦の友人)は、A夫婦が入院したことから、A夫婦の子供の世話の目的でA夫婦宅を訪問し、金平牛蒡を喫食した。喫食者は、特に喫食量が少ない1名を除く全員が、口渇・めまい・などの神経障害の
症状呈し、重症者1名は意識不明となった。発症者全員が市内の病院に入院した。
診察した主治医の意見は、「神経系の中毒症状であるが、ボツリヌス菌等によるものではない。また農薬によるものでもない。自然毒による可能性が強い。」とのことであった。
保健所の喫食調査では疑わしい食品として、1)ごぼう、2)しいたけ、3)ホウレン草が上げられた。典型的な神経毒を呈する食中毒として、当初は「2)しいたけ」が「毒きのこ」である可能性が疑われたが、これはA夫婦以外に8人の喫食者があり彼らは健康であったので、「2)しいたけ」は原因食品から除外された。
B夫婦は自宅に菜園があり、A夫婦宅の金平牛蒡はここで生産されたものであった。B夫婦が「菜園の側にヒルガオの白い花があった」ことを記憶しており、植物図鑑でチョウセンアサガオと確認した。
以上の調査から、原因食品としてチョウセンアサガオが強く疑われたので、当センターに毒物検査の依頼があった。
検体は1)「牛蒡:B夫婦の菜園で収穫された物」2)「金平牛蒡:残存食品」3)「ほうれん草おしたし:残存食品」であった。1)「牛蒡」3)「ほうれん草おしたし」からはなにも検出されなかったが、2)「金平牛蒡」からは、チョウセンアサガオの有毒成分であるアトロピン(35ppm)・スコポラミン(51ppm)が検出された。また、岡山県食肉衛生検査所で組織を確認したところ、2)「金平牛蒡」の中に牛蒡とチョウセンアサガオ両方の繊維組織を確認できた。
牛蒡(キク科)とチョウセンアサガオ(ナス科)は、全く別の植物であり、夏期はだれでも容易に区別することが可能である。しかし牛蒡は成育期には葉が付いているが、冬期以降は農家が保存のために葉をカットする。また、チョウセンアサガオも冬期には上部は枯れてなくなってしまう。このようにして根茎だけが残った場合、両種を外見で識別することはほとんど不可能となる。

原因究明:
上記の状況から、本食中毒の発生構造は、以下のとおりと推定された。
「B氏の菜園で夏期に鑑賞を目的に栽培されていたチョウセンアサガオが、冬になって地上部が枯失したため牛蒡と区別不能となって収穫された。このチョウセンアサガオを含む金平牛蒡を食べたA夫婦以下の4名がアトロピン・スコポラミンによる重篤な神経性食中毒症状を呈することとなった。」

診断:

地研の対応:
倉敷保健所の要請を受けて、残食の金平牛蒡等を検体としてキャピラリーGC(FID)及びGC/MSにより成分を分析し、金平牛蒡の中に35~51ppmのアトロピン・スコポラミンの存在を確認し、食中毒の原因を明らかにした。また、平成8年10月には、再発防止を目的とした保健所との栽培実験に参画し、種類を異にするチョウセンアサガオについて、部位別に毒性成分含量の調査を行った。

行政の対応:
食中毒の発生時には、医師からの的確な情報(発生状況・症状から、細菌・薬物を原因とするものではなく、自然毒によるものと推測した。)と牛蒡等の喫食状況に基づき、患者から主として自然毒に係る情報を収集した。調査の結果、患者の農園(牛蒡耕作地点付近)にチョウセンアサガオの存在を確認し、残存食品からチョウセンアサガオ成分が検出されたことなどから、原因食材が究明された。
また、チョウセンアサガオの誤食による食中毒は、発生件数は少ないものの全国的に見れば毎年の様に患者が発生しており、食中毒の再発が危惧された。そこで、今後の食中毒発生時の対応及び住民に対する衛生教育並びに普及啓発の基礎資料を得るために下記の研究を実施した。
1)栽培実験:
入手が容易であった4種類のチョウセンアサガオの成育過程を記録することで、全ての成育段階でチョウセンアサガオの同定ができることを目的とした。
3) アトロピン・スコポラミンの含量調査
食中毒の再発防止・栽培者指導・発生時の参考資料作成などを目的に以下の調査を実施した。
・成育状態におけるアトロピン・スコポラミン含有量の変化
・種類によるアトロピン・スコポラミン含有量の変化
・植物の部分(葉・花・果実・・・)によるアトロピン・スコポラミン含有量の違い3)倉敷保健所管内の分布状況調査
倉敷保健所管内にどのくらい分布しているか、なぜそのように分布しているかを調査した。
4)栽培者の意識調査今後の指導方針の確立を目的に、栽培者が栽培目的・入手方法などについてどうなっているか調査した。
5)組織標本作製
発生時の参考資料作成などを目的にチョウセンアサガオ・牛蒡等の組織標本を作成し、フィルムに残した。
さらに2)・3)・4)の結果から、発育の状況によらず全草が有毒である上、地域によっては休耕田の中で大量に栽培されており、冬期は根菜類との誤食・春期は「まびき菜」として事故再発の可能性は高いと判断し、再発防止のための資料を作成し、栽培者等を啓発・指導した。
一般の人々に対して、自然毒食中毒について啓発するため、報道機関に情報を提供した。今回の研究結果を今後の業務の参考とするため、資料を作成して関係各位に送付贈呈した。

地研間の連携:
今回の事例については、特に地研間の連携はとらなかった。ただし、本県科学捜査研究所より標準品の提供と分析法上のアドバイスを受け、非常に有難かった。

国及び国研等との連携:
特になし

事例の教訓・反省:
地研側:この種の事故の場合、分析の依頼を受け2~3日で結果を提供する必要がある。このため、各種自然毒の標準品及びデータベースの整備の必要性を痛感した。
行政側:本事例が発生し、大過なく処理できたことにより、得がたい情報が蓄積されることとなった。また、栽培者への指導も効果を上げており、栽培面積の縮小が確認された。しかし、チョウセンアサガオは根も深く、繁殖力も旺盛な植物であり、チョウセンアサガオの栽培を中止した場所での農作物の栽培(特に「まびき菜」)には十分な注意が必要と思われる。

現在の状況:
上記のとおり、今回指導した栽培者達の内かなりの者が栽培を中止または規模を縮小しているが、当分の間は油断ができない状況である。また、今回確認できなかった栽培者達への指導も必要と思われる。
また、チョウセンアサガオの他にもバイケイ草・毒せり・トリカブトなど、自然毒食中毒の常連と思われる植物については、日頃から成分分析法を工夫しておく必要性があり、その研究を準備中である。

今後の課題:
今後自然毒食中毒の調査を実施するに当たり、次のことが望まれる。
1):国として
(1):地研における検査費(機器整備)への予算補助
(2):自然毒の標準品とデータべ-スを扱うレファレンスシステムの構築
(3):医師等を講師とした、臨床症状に関する情報公開

問題点:

関連資料: