No.1018 マレーシアへの旅行者に発生した集団症例

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:千葉県衛生研究所
発生地域:千葉県柏市
事例発生日:2002年7月1日
事例終息日:2002年7月4日
発生規模:
患者被害報告数:患者数 126名
死亡者数:0名
原因物質:サルモネラ、その他
キーワード:マレーシア旅行、集団下痢症、S. Albany、S. Enteritidis、S. Hadar、S. Newport、S. Weltevreden、未知原因

背景:
本事例は集団行動をとった単一グループに発生した下痢症であり、検体の便採取時に有症者が多数いたことから、当初、原因(物質)の解明は容易と考えられた。通常の食中毒菌、原虫、ウィルスを対象に検査した結果サルモネラが分離されたが、検出率が非常に低いことから、他にも原因があることを考慮して検査法の検討、対象菌の拡大等を行い検索した。しかし、最終的に被検者172名のうち8名から8株のサルモネラが分離されたのみであった。さらに、この8株のサルモネラは5種類の血清型に分類されることから、サルモネラの単一暴露による集団食中毒とは断定できなかった。後の検討から、当初の疫学情報の収集と解析、検査の対象と方法等が充分であったか疑問がもたれる事例であった。

概要:
2002年7月10日夕刻、当該保健所管内のA中学校より、マレーシアへ修学旅行した3年生と引率教諭の多数が腹痛、下痢等を呈しているとの通報があった。調査は速やかに開始され、10日夜には一部の患者便搬入があり、検査が開始された。
A中学校の昼食は併設の食堂で複数のメニューから選択する、購買部で購入する、あるいは弁当を持参するなど自由に喫食する。同時期1,2年生の欠席状況に際だった変化はなかった。3年生に共通の行動はマレーシアへの修学旅行(6月29日~7月4日)のみであり、旅行に参加した3年生161名中122名、引率教諭11名中4名が腹痛、下痢、頭痛を主訴とする症状を呈した。発症は7月1日から始まり4日をピークに10日まで続いた。以上のことから旅行中の行動調査、喫食調査、旅行参加者全員の検便が実施されたが原因施設、原因食品は不明であった。原因物質としてはサルモネラ8株が分離されたが、検出率の低さから、他にも原因物質があることが推定された。

原因究明:
検体は採取時(主に7月12日)下痢便、軟便等有症便が35.5%(67/172検体)を占めたが、病原細菌はサルモネラ8株が分離されたのみであった。うち7株は増菌培養によって分離された。通常、サルモネラ下痢症では排菌が1ヶ月位続くこと、検査技術として便からのサルモネラ検出は困難な菌ではないこと等を考慮するとサルモネラが本事例の唯一の原因とは考えにくい。また、主な症状は腹痛、下痢、頭痛であり、サルモネラ検出者以外の発熱はほとんどなかった。これらのことから、本事例の主な原因は細菌性ではない可能性もある。後に、A中学校の健康調査書から7月7日から14日にかけて1,2年生にも腹痛、下痢、頭痛を呈した者が多数いたことが判明した。本事例はマレーシア旅行者と学校内の2つの集団発生の可能性があるが、当初の判断から検便の対象者をマレーシア旅行参加者に絞ったため、全て推測の域を出ない。
本事例で分離されたサルモネラ8株の血清型はS. Albany3株、S. Enteritidis2株、S. Hadar 1株、S. Newport 1株およびS. Weltevreden 1株である。うち、S. Albanyの国内における検出は非常に稀で、1998年に中国への修学旅行者から分離されている1)。
本事例で、稀な血清型を含む複数の血清型サルモネラが増菌によって分離されたことは、旅行先の食品衛生環境の悪さを反映しているかも知れない。また、サルモネラの感染は、後に起きた可能性のある食中毒の発症率を増加させているかも知れない。

診断:

地研の対応:
ウィルスの検査および分離菌の確認同定、血清型別等を担当した。

行政の対応:
当該保健所を中心に発生状況調査および関連機関、施設、航空会社への情報照会を行った。また、18種類の病原細菌および原虫を対象とした検便、学校の環境調査を実施し原因物質究明に努めた。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:

事例の教訓・反省:
集団食中毒発生時に原因究明作業は疫学調査と検査業務が分担して実施されるが、担当者間の情報提供、コミュニケーションが充分でないと状況の判断、検査の作業仮説に誤りを生じ原因物質の検出が困難になる。本事例も例外ではなく、特に衛研への情報提供は断片的で、全体を把握できたのは事例終息後であった。そのため検査過程での保健所への助言は適切かつ充分ではなかった。

現在の状況:

今後の課題:
各専門分野の担当者が集まって調査・検査の進め方・解析を行い軌道修正しながら原因究明にあたれる体制づくりが必要。

問題点:

関連資料:
斎藤志保子他、中国へ修学旅行した高校生のEHEC O26:H11とSalmonella Albany等集団混合感染事例、病原微生物検出情報Vol.19,227-228,1998