No.1109 Providencia alcalifaciensによる大規模食中毒事例

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:福井県衛生環境研究センター
発生地域:福井県福井市
事例発生日:1996年11月22日
事例終息日:1996年11月24日
発生規模:摂取者数 610名(幼稚園2箇所、高校1箇所)
患者被害報告数:270名
死亡者数:0名
原因物質:Providencia alcalifaciens
キーワード:Providencia alcalifaciens、16SrDNA、PFGE、プラスミド・プロファイル血清抗体価、細胞侵入性、ウサギ腸管ループ試験

背景:
Providencia alcalifaciensは日和見感染、尿路感染等を起こすことが知られているが、その病原性については、弱いかほとんどないと考えられていた。

概要:
平成8年11月22日に福井市で、2箇所の幼稚園の園児および保育士(215/411名-発病率52.3%)と某高校生(55/199名-27.6%)の間で、計270名が食中毒症状を訴えた。主要症状は、下痢・腹痛・発熱であった。共通する食材は、11月18日の昼食の調理パン(照り焼きチキンバーガー)のみで、潜伏期間は約3日(69.2時間)であった。
収去した食材4検体(冷凍照り焼きチキン、テリヤキソース、ドレッシング、マヨネーズ)、11月22日調整の弁当2検体(唐揚げ弁当、チャーハン弁当)、当該施設の拭き取り材料4検体、有症者糞便177検体(園児174検体、保育士3検体)および調理従事者糞便7検体について、既知の食中毒起因菌等を対象に検査したが、いずれも不検出で病因物質の特定はできなかった。なお、11月18日の検食は残っていなかった。検査対象は病原大腸菌、サルモネラ、カンピロバクター、エルシニア、エロモナス、プレシオモナス、赤痢菌などであった。ただし、当センターおよび患者が受診した医療機関では、有症者糞便からProvidencia alcalifaciensが高率に検出されていた(検出率は不明)。
胃腸炎起因関連ウイルス検査は、糞便27検体(園児21検体、保育士3検体、調理従事者3検体)について直接電子顕微鏡法で実施した。対象ウイルスはロタ、アデノ、ノロ、エンテロウイルスの4種類であった。当初、9名の園児便において、2名からロタウイルスが、また1名から少量のロタウイルス粒子断片が検出され、ロタウイルスが原因と推定された。しかしながら、最終的には2/27で検出率が7.4%であったこと、また、ウイルスを検出した園児のペアー血清が採取できず、確定診断ができなかったことから、原因ウイルスとは断定できなかった。一方、発症保育士数名からは便とペアー血清が採取できたが、ウイルスは検出できなかった。そこで、ウイルス陽性園児便から精製したウイルス抗原と成人から得られたペアー血清を用いて、免疫電顕法による有意抗体上昇の有無を調べたが、陽性例は見られなかった。
P. alcalifaciensの病原性について明らかにするために、平成11年に大阪大学微生物病研究所と共同研究を行った。便検体を保存していた18人について再検査し、7例からP. alcalifaciensが検出され、うち数名は純培養状に検出された。そこで分離株を遺伝子学的に比較するとともに、病原性についても検討した。api20Eおよび16S rDNAのシークエンシングにより分離株はP.alcalifaciensと同定された。プラスミド・プロファイルで4つのパターンに分類されたが、Sma Iを用いたPFGEでは、分離株はすべて同じパターンを示した。このことにより分離株が単一クローン由来であることが示唆された。血清抗体価測定では、患者のみ分離株に対する抗体価が上昇しており、本菌による感染が示唆された。Caco-2細胞を用いた試験では、菌株により多少の差はあるものの細胞への侵入性が認められた。また、ウサギ腸管ループ試験でも液体貯留が認められた。このことにより本菌が腸管病原性を有することが示唆された。
以上の結果より、本食中毒事例の原因菌がP. alcalifaciensであることが強く示唆された。P. alcalifaciensの病原性についてはこれまで確立されていなかったが、本菌が下痢原性を有し、食中毒の原因菌となりうる可能性が考えられた。

原因究明:
概要のとおり、P. alcalifaciensの病原性について明らかにするために、凍結保存していた糞便を当センターにおいて再検査し、分離されたP. alcalifaciens株および凍結保存のペアー血清を材料にして、大阪大学微生物病研究所と共同研究を行った。その結果、分離株が単一クローン由来であること、下痢原性を有することなどが明らかになった。

診断:

地研の対応:
1) 概要のとおり、有症者および調理従事者糞便、食材および拭き取り材料などについて、既知の食中毒起因微生物(細菌、ウイルス)を対象に検査した。
2) ウイルスが原因の可能性もあったことから、有症者のペア-血清の採取を依頼した。
3) 大阪大学微生物病研究所と共同でP. alcalifaciensの病原性などについて調べた。

行政の対応:
1)当初は病因物質、汚染経路の特定はできなかったが、施設に対し11月23日の営業を自粛させるとともに、その後3日間の営業停止とした。
2)再発防止のため、施設の清掃消毒、衛生講習の受講、調理従事者の健康診断受診等指示した。

地研間の連携:
特になし

国及び国研等との連携:
特になし

事例の教訓・反省:
P. alcalifaciensが原因菌の可能性もあると思われたが、当時、病原性が明らかになっていなかったことから原因菌とすることはできなかった。今後、このような事例が発生した場合、国立感染症研究所などに応援を求められるシステムが構築されるとよいと思われる。

現在の状況:
その後、石川県および東京都でもP. alcalifaciensが原因菌と思われた食中毒事例が発生しているが、未だ食中毒起因菌とは広く認知されていないと思われる。

今後の課題:
1)Providencia alcalifaciensによる食中毒の実態の把握。
2)感染源・原因食品の特定。
3)発病機構の解明と治療指針。

問題点:

関連資料:
1) Takeshi Murata1, 3, Tetsuya Iida1, Yoshitaka Shiomi1, Kenichi Tagomori1, Yukihiro Akeda1, Itaru Yanagihara1, Sotaro Mushiake2, Fubito Ishiguro3, and Takeshi Honda1: A large outbreak of foodborne infection attributed to Providencia alcalifaciens. The Journal of Infectious Diseases, 184:1050-1055, 2001
1 :Department of Bacterial Infections, Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University
2 :Department of Developmental Medicine (Pediatrics), Osaka University Graduate School of Medicine
3 :Pathogenic Bacteria Research Group, Department of Public Health Information, Fukui Prefectural Institute of Public Health

2)村田健1,石畝史1,飯田和質1,飯田哲也2:Providencia alcalifaciensによる大規模食中毒事例.感染症学雑誌,Vol.74, No. 10 p.855-856,第74回日本感染症学会総会学術講演会抄録1:福井県衛生研究所,2:大阪大学微生物研究所