No.1146 腸管出血性大腸菌O157:H7,VT2による広域発生事例(岡山県)

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性食中毒
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:岡山県環境保健センター
発生地域:岡山県、香川県、石川県、福井県、岐阜県
事例発生日:2004年4月4日
事例終息日:2004年4月
発生規模:
患者被害報告数:症例総数:46名
死亡者数:0名
原因物質:腸管出血性大腸菌O157:H7,VT2
キーワード:腸管出血性大腸菌、O157、食中毒、EHEC、ベロ毒素、出血性大腸炎、HUS、広域発生、diffuse outbreak

背景:
1996年に岡山県邑久町の集団事例を発端として、腸管出血性大腸菌(EHEC)O157による事例は全国的な発生となった。以来、岡山県ではEHECによる感染事例が毎年100件程度報告されており、それらの多くは散発事例であった。一方、他府県では最近になって和風キムチやイクラ、焼肉等のEHEC汚染による広域的な発生事例が数例報告されるようになった。これらの事例は感染源となるEHECに汚染された共通の食品が、広域的な物流システムにより製造された地域から遠く離れた地域に運ばれ喫食されることで、一見何の関連も無いように見えるが、実は感染源が同じ集団発生所謂duffuse outbreakである。岡山県では、2004年4月に多数のEHECO157:H7,VT2による感染事例が報告され、複数の地域から同時期に集中して多数の患者が発生したため調査を行った結果、同一の感染源によるdiffuse outbreakと考えられた。

概要:
2004年4月上旬頃より岡山県内でEHECO157:H7,VT2による散発事例が急増し、約2週間の間に岡山市、倉敷市、玉野市等県南地域で19名の感染者が確認された。岡山県では患者が多発している状況から4月16日に「腸管出血性大腸菌注意報」を発令し、県民への注意を喚起すると共に、広報誌・チラシ等による普及啓発を行った。また、岡山県、岡山市、倉敷市では4月20日に合同の腸管出血性大腸菌感染症対策会議を開き、発生状況の把握と感染源・感染経路の究明等今後の対策について検討を行った。この中で今回の発生は、患者の多くが小児と高齢者であり、特に高齢者ではHUS等重症化しているケースが多いことが報告された。一方、隣県の香川県(感染者13名)や北陸の石川県(感染者9名)、福井県(感染者4名)、岐阜県(感染者1名)などでも、時期を同じくしてEHECO157:H7,VT2による発生が多発していた。そのような状況下で4月26日には岡山県、岡山市、倉敷市、香川県による合同の腸管出血性大腸菌感染症対策会議が開催され、各地域に於ける発生状況や疫学情報等調査結果の分析、流行阻止対策の検討を行った。この会議で岡山県、香川県で分離された菌株のDNAパターン(PFGE型 ND,V,III)が一致していることが確認された。また、岡山県等患者発生が見られた6自治体より要請をうけた国立感染症研究所(感染研)の実地疫学専門養成コース(FETP)から3名がこの会議に出席し、感染源・感染経路究明のための調査が開始された。席上FETPの方から石川、福井両県で発生した患者由来株のDNAパターン(PFGE)も岡山県と香川県のパターンと一致したことが報告され、これらの地域で発生したEHECO157:H7,VT2による散発事例は、同一菌によるdiffuse outbreakの可能性が示唆された。その後のFETPによる感染源究明のための疫学調査の結果、流通の季節性・地域性のある一つの魚介類(食品A)が感染源として可能性が高いことが推定された。しかしながら、残存食品はほとんど無く、菌の分離ができなかったことから、感染源の特定には至らなかった。今回の事例では患者は高齢者や幼児が多く、高齢者では重症化したケースが多かったために聞き取り調査を充分行えず、また感染源究明のための残存食品の確保や早期に疫学情報を得ることが困難な状況であったことも、原因究明に至らなかった一因ではないかと考える。患者が複数の他府県にわたる広域発生事例では、早期に発見・対応することが難しく、他府県の発生状況の把握や発生確認後の連携、感染源究明のための調査方法等について、さらに検討していく必要があると思われた。本事例は最終的に5県に及び、症例総数46名、菌陽性有症者34名、菌陰性有症者6名、健康保菌者6名が報告された。

原因究明:
管轄保健所による喫食調査や他県からの情報、FETPによる疫学解析の結果から、季節的・地域的に流通上の関連が見られるある特定の魚介類(食品A)が感染源の可能性が高いと考えられたが、当該食品から菌を検出するには至らなかった。しかし、岡山県と他の4県でヒトから分離された菌株のPFGEによるDNAパターンは一致しており、同一の感染源からの感染によるdiffuse outbreakの可能性が示唆された。

診断:

地研の対応:
岡山県では1996年以来県下でヒトから分離されたEHEC株は、原則として集・散発事例を問わずすべて収集している。今回の事例でも患者が急増した状況の中で、行政からの依頼を受けて分離株のPFGEによるDNAパターンを検査し、疫学的な関連性を検討した。これらの情報は二度に渡って開催された「腸管出血性大腸菌感染症対策会議」において分離菌についての疫学的な情報として提供・説明を行った。また、同時に分離株を感染研に送付して、PFGE型別と同時期に分離された他県の分離株のDNAパターンとの比較を依頼した。

行政の対応:
患者の多発急増を受けて岡山県は患者の発生した管轄保健所や中核市の岡山市及び倉敷市と連携して、喫食状況や食材の購入ルート等から感染源となる共通食解明のための調査を行った。4月16日には「腸管出血性大腸菌注意報」を発令して県民への注意を喚起すると同時に、4月20日に岡山県、岡山市、倉敷市合同の腸管出血性大腸菌感染症対策会議を、4月26日には感染研のFETPのチームを加えた岡山県、岡山市、倉敷市、香川県による合同の腸管出血性大腸菌感染症対策会議を開き、現状の把握、原因究明や感染拡大防止のための検討を行った。

地研間の連携:
患者発生の急増した状況の中、香川県でも同一のEHECの分離件数が増加しているという情報を得て、4月26日の腸管出血性大腸菌感染症対策会議では香川県衛研の関係者も出席して、両県で分離された株の諸性状について比較検討し一致を確認した。石川、福井、岐阜の各県の地研とは直接的な連携は取っていないが、感染研とFETPを通じて菌株の情報を得ることができた。

国及び国研等との連携:
感染研からのPFGE型別結果や他県分離株のDNAパターンの比較結果等から、他の3県から同一の菌が分離されているという情報を得ることができた。また、FETPへ疫学調査を依頼したことで、自県以外の疫学情報の解析が可能になり、本事例が広域的な発生事例であるという推察が可能となった。

事例の教訓・反省:
EHEC発生時には各事例の疫学情報を収集して、発生原因を究明するために疫学解析を行っているが、diffuse outbreakのように発生が複数の他府県にわたる場合には、発生当初にその全体像を把握することは難しい。まず県内で同じ血清型・毒素型・PFGE型の株が同時多発的にある程度検出された時点で集団発生を疑って喫食調査等感染源究明のための疫学解析を行う。この時点で同時に、近隣県や全国における同一菌の検出状況について早期に確認を行う必要がある。このような対処は近隣県の衛研や感染研に直接問い合わせたり感染研からのPFGE解析結果に添付されているコメント等によって行っているが、現在のように情報網が発達している状況では、ほぼreal timeに他県のEHEC検出状況を把握することは可能であると思われる。したがって、例えば中四国ブロック内でdiffuse outbreakを疑うような事例が起こった場合、各県の情報センターや特に各地研間に分離菌等の情報
(PFGEによるDNAパターンの画像を含む)をいち早く配信するシステムを構築しておくことにより、より早くdiffuse outbreakの見極めがつくと考える。また、今回の事例では老人や小児の患者が多く、症状も比較的重かったため充分な聞き取り調査が行えなかった。このため喫食状況等の詳しい疫学情報を得ることが困難な状況にあったことも、感染源究明の大きな障害になったものと思われた。

現在の状況:
平成16年4月の広域発生事例は収束したが、8月には再び多数のEHEC発生事例があり、EHEC警報が発令された。本年度は8月の時点で既に昨年のEHEC検出株数を超えており、発生の勢いは10月頃まで続いている。本年は例年に無くEHECの発生事例が多い年であり、今後も予断を許さない状況にあると考えられる。

今後の課題:
EHECによるdiffuse outbreakは過去にイクラ、和風キムチや牛肉などによる発生があり、これらの事例では原因食品が究明されている。食中毒発生の際、喫食調査や残食および患者が喫食した同一ロットの食品の確保は原因究明のため重要であるが、今回の事例のように患者が重症で疫学情報の収集が難しい場合や残食等が確保できない場合には、感染源の究明に大きな支障となる。このような場合、菌側からの情報即ち分離菌のPFGEによる遺伝子解析情報等をより早く得ることは、diffuse outbreakを早期に見極めるために重要な手段であると思われる。そのためには感染研と各地研および各地研間のネットワークをさらに強化して、菌に関する情報を迅速にやり取りできる体制作りが重要と考える。
今日のように様々な食品食材が広域に流通する状況においては、いつこのような広域発生が起こっても不思議はなく、常日頃からこのことを念頭に置いて調査や検査を実施していく必要がある。

問題点:

関連資料: