『保健医療科学』第60巻 第4号, p.300-305 (2011年8月)
特集:東日本大震災特集 放射性物質の健康影響 <総説>
放射性物質による食品汚染の概要と課題
寺田宙,山口一郎
国立保健医療科学院生活環境研究部
抄録
東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて厚生労働省は 2011 年 3 月 17 日に食品中の放射性物質に関する暫定規制値を設けた.その後に行われた食品中の放射性物質の検査では 2011 年 8 月 17 日現在で全12,850 検体中,551 検体で暫定規制値を超過した.事故後初期には葉菜類,原乳で規制値を上回る放射性物質が検出されていたが,2011 年 8 月 17 日時点ではこれらの放射性物質濃度は規制値を十分に下回っている.これに代わって,多くの牛肉から規制値を超える放射性物質が検出されたこと,これらが市場に流通してしまったことが大きな問題となっている.この他,魚介類では規制値を超えたのはイカナゴ稚魚等の小型魚と淡水魚および貝類に限られていたが,6 月以降はアナメ,シロメバル,ヒラメといった魚種でも高い放射性セシウム濃度が検出されるようになった.魚介類はその性質上,放射性物質の低減策を取りづらいので,長期にわたりモニタリングを継続する必要がある.穀類については米の検査が一部の地域で始まったばかりで,これまでの検査結果は麦,ソバが中心である.農林水産省は,米の検査体制について,土壌中の放射性セシウム濃度が比較的高い地域において予備調査,本調査の2段階で実施し,本調査の結果,玄米中の放射性セシウム濃度が暫定規制値を超える米が確認された場合,その地域の米を全て確実に出荷制限の上,廃棄することにより安全性を確保するとしている.食品中の放射性物質に関する暫定規制値の基になった飲食物摂取制限に関する指標は飲食物中の放射性物質が健康に悪影響を及ぼすか否かを示す濃度基準ではなく,防護対策の一つとしての飲食物制限措置を導入する際の目安として設けられた.指標値には飲食物の分類と摂取量,年齢による違い,対象とする放射性物質の他,ストロンチウム 90 と放射性セシウムの比を仮定してストロンチウム 90 の影響も考慮されている.食品安全委員会の厚生労働省に対しての食品衛生法上の指標値に関する答申である「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価(案)」では健康影響が現れる線量をおおよそ 100mSv とし,この値が(自然放射線や医療被ばくなど通常の一般生活において受ける放射線量を除いた)生涯における累積の実効線量の基準とされた.また,小児に関しては甲状腺がんや白血病等,より放射線の影響を受けやすい可能性を指摘し,一定の配慮を求めた.
キーワード: 放射性セシウム,放射性ヨウ素,食品,暫定規制値
Abstract
About 0.6 EBq of radioactive cesium and iodine were released into the air environment after the accident at the Tokyo Electric Power Company (TEPCO) Fukushima Dai-ichi nuclear power plant of associated with the Great Tohoku Earthquake and Tsunami on 11 March 2011. Therefore, the Ministry of Health, Labour, and Welfare has decided to apply the standards indicated by the Nuclear Safety Commission of Japan to restrict the distribution and/or consumption of contaminated food. Until August 17, a total of 12850 samples were examined and 551 samples exceeded the provisional regulation values. At the early stage after the accident, many leafy vegetables and raw milk samples showed values above the limits set in the regulations, but the concentrations of radioactive material in these samples were below these levels in August. Instead, the major problem is that beef exceeding these values was circulated into the market. This paper presents the results of monitoring of radioactive materials in foodstuff after the accident, the basic concepts underlying the provisional regulations on radioactive materials in foodstuff, and the results of assessment of the effects of radioactive nuclides in food on health as indicated by the Food Security Committee of Japan.
keywords: radioactive cesium, radioactive iodine, foodstuff, provisional regulation values on radioactive materials in foodstuff