[ 詳細報告 ]
分野名:自然毒等による食中毒
衛研名:岩手県環境保健研究センター
報告者:衛生科学部 宮手 公輔
事例終息:事例終息
事例発生日:2019/10/16
事例終息日:2019/10/16
発生地域:岩手県宮古保健所管内
発生規模:同居家族
患者被害報告数:5名
死亡者数:0名
原因物質:アトロピン、スコポラミン
キーワード:チョウセンアサガオ、アトロピン、スコポラミン、LC-MS/MS、自然毒、食中毒
分野名 自然毒等による食中毒
衛研名 岩手県環境保健研究センター
報告者 衛生科学部 宮手 公輔
事例終息 事例終息
事例発生日 2019/10/16
事例終息日 2019/10/16
発生地域 岩手県宮古保健所管内
発生規模 同居家族
患者被害報告数 5名
死亡者数 0名
原因物質 アトロピン、スコポラミン
キーワード チョウセンアサガオ、アトロピン、スコポラミン、LC-MS/MS、自然毒、食中毒
概要:
2019年10月16日午後8時頃、一般家庭において、自宅で調理した鍋(肉、イモ、ニンジン、ゴボウ(自宅畑から採取したものでゴボウと認識したもの)を含む。)を喫食したところ、午後10時頃から、喫食した家族5人全員に嘔吐、瞳孔散大、幻視、頻脈等の症状が現れ、午後11時頃に救急搬送された。
翌10月17日午前8時45分頃、搬送先の病院から保健所に、チョウセンアサガオの誤食による食中毒の疑いのある患者が搬送された旨の連絡があり、保健所において現地調査を開始した。
患者宅の畑の中央部分には収穫した作物(シソ、サツマイモ、ニンジン等)が積み重ねてあり、その中にチョウセンアサガオの地上部も確認した。また、畑内にはグラジオラスと思われる植物の栽培もあり、食用作物と観賞用作物を混植の可能性があった。
患者宅の台所には鍋の残品及び未調理の植物根(ゴボウ様)が残されていたことから、患者家族の同意を得て保健所が検体を採取し、当センターにおいて検査を実施することとした。
背景:
チョウセンアサガオはナス科チョウセンアサガオ属の一年草で日本全国に分布するとともに、園芸用として栽培されているが、根はごぼうと、蕾はオクラやシシトウと誤認され食中毒の原因となる場合がある1)。当該植物を原因とする食中毒は、2000年から2018年までの19年間に全国で32件(患者93名)、本県でも2件(患者4名)発生している2)。
地研の対応
チョウセンアサガオに含有するアトロピン及びスコポラミンの定性・定量試験を実施した。
行政の対応:
保健所において患者宅残品の調査結果及び当センターにおけるアトロピン・スコポラミンの定性・定量試験の結果から、当該植物根はチョウセンアサガオであると断定した。
なお、保健所において、喫食状況及び譲渡の有無等についても併せて調査を実施した。
また、県庁において当該事案について県民への注意喚起を目的として、報道発表を行った。
原因究明:
本事案に係る検査検体として、鍋の内容物(喫食残品)及びゴボウ様植物根5本が当センターに搬入された。鍋の内容物は、具(多少の汁を含む)と汁に分け、具はミキサーを用いて粉砕したものを、汁はそのまま試料とした(鍋の内容物として2試料)。植物根として搬入された検体5本はそのうち1本が根ではなく木の枝であったため、枝を除いた根4本についてそれぞれ粉砕し試料とした(根として4試料)。
粉砕した試料(5 g~10 g)を50 mL PP製遠沈管に採りメタノール20 mLを加え、1分間ホモジナイズ(11,000 rpm)した後、遠心分離(3,500 rpm, 4 ℃, 5 min)し、上澄を50 mLメスフラスコに分取した。残渣にメタノール20 mLを加えて抽出操作を繰り返し、上澄を50 mLメスフラスコに合わせ入れてメタノールで50 mLに定容し抽出溶液とした。抽出溶液3 mLを15 mL PP製試験管に装填したCaptiva ND Lipidsに採り、遠心ろ過(3,000 rpm, 4 ℃, 3 min)したものを試料溶液とした。試料溶液は適宜希釈し機器分析を行った。
<機器分析条件>
○ LC条件
・機器:Agilent社製 HP1100
・移動相:A液…10 mMギ酸アンモニウム、B液…MeOH
・グラジエント(B%):0 min (5 %) → 2 min (5 %) → 3 min (30 %) → 20 min (95 %)
→ 30 min (100 %) → 40 min (100 %) → 40.1 min (5 %) → 50 min (5 %)
・流速:0.2 mL/min
・カラム:Imtakt Scherzo SM-C18(150×2 mm, 3 µm)
・カラム温度:40 ℃
・試料注入量:5 µL
○ MS条件
・機器:AB Sciex社製 API4000
・イオン化方式:ESI (+)
・Ionspray voltage:5500 V
・Ion source temp:300 ℃
・MRM条件(m/z): アトロピン Precursor ion 290.1 Product ion 124.0
スコポラミン Precursor ion 304.0 Product ion 138.0
診断:
鍋の内容物の具及び汁からアトロピン35~38 µg/g、スコポラミン25~26 µg/gを、根からアトロピン350~490 µg/g、スコポラミン590~690 µg/gをそれぞれ検出した。
アトロピン及びスコポラミンの最低中毒量は、それぞれ70 µg/kg及び14 µg/kgと言われており、体重50 kgの人であればアトロピン3,500 µg、スコポラミン700 µgの摂取で中毒症状を発症する。有症者の正確な喫食量は不明であるが、今回の事案の鍋では30 g程度の摂取でスコポラミンの最低中毒量を超える結果であった。
地研間の連携:
なし
国及び国研等との連携:
本食中毒事案について、岩手県庁から厚生労働省へ報告した。
事例の教訓・反省:
当センターでは、これまでLC-TOF/MS×1台及びLC-MS/MS×2台を用いて自然毒の分析条件検討を行ってきた。自然毒による食中毒事案発生時の原因究明に主に使用していたLC-MS/MSが今回の事案発生時は別の試験検査の分析中であったため使用できなかったところであるが、事前の条件検討を複数機で行っていたこともあり、別機により支障なく早急な試験を実施することができた。健康危機管理事案に関連する試験については、複数の手段(機器)での分析条件の検討を要すると考えている。
現在の状況:
自然毒による食中毒事案に関する原因究明は、保健所等の調査結果を参考としたうえで、LC-TOF/MSを用いた含有する有毒成分の推定試験、LC-MS/MSを用いた自然毒標準溶液との比較による定性試験などを実施し、検体から検出した成分について改めて標準品を購入して定量試験を実施している。
今後の課題:
有毒植物又は有毒キノコに起因する食中毒の原因究明手法として、現在はLC-MS/MS法による毒成分の特定を主として行っている。有毒成分が検出されない検体や有毒成分が不明な植物・キノコによる食中毒の発生に対しては、遺伝子解析法による原因食材の特定が重要であると考えているところであり、今後LC-MS/MS法と並行して遺伝子解析法による原因特定を行えるよう試験法の検討を進める予定である。
また、食中毒等健康危機事案発生時の分析等に関する手順が確立されていないことから、今後試験法の検討と併せて健康危機分野での体制確立が必要である。
問題点:
自然毒に起因する食中毒の原因究明にあたり当センターにおいて保有している自然毒成分の標準品や標準溶液が購入や調製から時間が経過しており、濃度が不正確となっていることも考えられるため、これらを定性用標準として検出した成分について改めて標準品等を購入してから定量試験を実施している現状にある。そのため、定量試験の結果が出るまでに時間を要している。
関連資料:
1) 厚生労働省HP 自然毒のリスクプロファイル
2) 厚生労働省ホームページ食中毒事件一覧