保健医療科学 HACCP 導入による今後の食品衛生

『保健医療科学』 2021 第70巻 第2号 p.89(2021年5月)
特集::HACCP導入による今後の食品衛生 <巻頭言>

HACCP 導入による今後の食品衛生

温泉川肇彦
国立保健医療科学院生活環境研究部

Future food hygiene by introducing HACCP

YUNOKAWA Toshihiko
Department of Environmental Health, National Institute of Public Health

 平成30年 6 月に食品衛生法が改正されHACCPが衛生規制として制度化されることになった.HACCPは“Hazard Analysis and Critical Control Point”の頭文字で,「危害要因分析・重要管理点方式」とも言われ,食品には,それぞれ人の健康に被害をもたらすハザードが含まれている可能性があるため,事前にそれらの人への危害の程度を評価・決定し,そのハザードを確実に管理できるように製造・加工する方法である.これは1960年代の米国のアポロ計画で,宇宙飛行士が宇宙空間で食中毒にならないように,ほぼ100%の安全を確保するために考案された方法である.食品に含まれる健康危害を起こす微生物を事前に特定して,その微生物ハザードを確実に殺菌できる温度・時間を科学的に確認した上で,全ての製品がその温度・時間に達していることを保証することで,全ての製品の安全を確保しようとするものであった.
米国で1960年代に開発されたHACCPだが,国際的に見ると,世界保健機関(WHO)と国際連合食糧農業機関(FAO)が合同で設置した,消費者の健康保護や食品の公正な貿易の確保等を目的として食品の規格を策定するコーデックス委員会が,HACCPのガイドラインを採択したのが1993年であり,HACCPが国際的な評価を得るまで四半世紀を要している.更に,わが国で制度化が図られたのは,それから25年以上が経過している.
しかし,国際的にみて日本の導入が大きく遅れたわけではなく,現在も多くの国では輸出に限定して実施する等,すべての施設で実施するには至っていないところが多いように思われる.その理由には,HACCPの特徴があると思われる.HACCPはハザード分析により,予め食品に関する食品安全上のハザードを特定し,その管理方法を定めるが,ハザードに関する自社の施設に適した正確な情報や,その情報に基づく管理を行うための施設・設備や装置が重要となるため,それらに対応できる資源が揃っている必要がある.しかし,食品関係事業者は中小規模が圧倒的に多いため,それだけの資源を準備することが難しいことが考えられる.そのため,HACCPの考え方が示されてからも,急速に普及するには至らなかったものと思われる.
今回の法改正では,そのような食品関係事業者を支援するため,国や地方自治体ではガイドラインの作成等,様々な支援策が取られていると思われる.また,実際に導入を図っている事業者の方々も職員の訓練等様々な取り組みが行われている.更に,学術的な分野からはHACCPの基礎となるハザードに係る様々な情報が提供され,製造現場で応用可能な管理方法の裏付けとなる根拠が示される等,HACCP導入の障害への対処が図られている.
従って,この特集では法改正によるHACCP導入の狙いや概要,地方自治体での導入支援,支援する食品衛生監視員等のトレーニング,また,実際の施設におけるHACCPへの取組み,さらに,食品安全に関するハザード,特に食肉,家禽肉,乳,魚介類といった食中毒の原因なることの多い食品に関するハザードの情報を提供いただき,地域での事業者のHACCP導入支援の参考になることを期待したい.

PDF HACCP 導入による今後の食品衛生

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