『保健医療科学』 2022 第71巻 第4号 p.279(2022年10月)
特集 : 新型コロナウイルス感染症の教訓―パンデミックにいかに対峙し何を学んだか―<巻頭言>
新型コロナウイルス感染症の教訓―パンデミックにいかに対峙し何を学んだか―
冨尾淳
国立保健医療科学院健康危機管理研究部長
Lessons learned from the COVID-19 pandemic: How we confronted the public health emergency and what we learned
TOMIO Jun
Director, Department of Health Crisis Management, National Institute of Public Health
<巻頭言>
中国・武漢市での原因不明肺炎の集団発生のニュースから,2022年9月で2年9か月, 1000日余りが過ぎた.後に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と呼ばれることになるこの感染症は,数か 月のうちに世界中に拡がり,現代社会に生きる私たちにとって経験したことのない規模のパンデミックとなった.感染者数は6億,死者数は600万を超え,世界各国は技術と資源を総動員して対策を講 じてきた.
わが国は,重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の直接の影響は免れてきたが,COVID-19については世界に先駆けてその脅威に対峙することになった. 2020年1月半ばに国内最初の感染者が確認されると,その後2か月ほどの間に,武漢市からの邦人退避,クルーズ船や医療機関の大規模クラスターなど,困難な危機対応を余儀なくされた.その後も,繰り返す変異株の出現と流行の波の中で,新たな課題に向き合い続けている.治療薬やワクチンのない流行当初は,密閉,密集,密接(いわゆる三密状況)の回避やマスクの着用,手指衛生などの非医薬品介入(non-pharma-ceutical interventions)が広く呼びかけられるとともに,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発出され,外出自粛要請等の措置が講じられた.感染者や濃厚接触者の急増は,既存の感染症対策のキャパシティを凌駕し,検査体制や保健所機能,医療システムの脆弱性を露呈した.その一方で,画期的なスピードでワクチン開発が進み,大規模なワクチン接種プロジェクトが展開された.
国や地方自治体の担当者や保健医療従事者は,ウイルスの特性や科学的知見,社会の変化を捉えながら,試行錯誤の中で対応を続けてきた.この危機対応を当事者のみの経験で終わらせてはならない. 記録と振り返りを通じて知見を共有するとともに教訓を導き出し,将来の危機管理体制の強化につなげることが重要である.本特集は,歴史的な健康危機ともいえるCOVID-19に対する保健医療対応の,いわば中間総括として,2022年夏までのわが国の対応を,国と地方自治体のそれぞれの立場から振り返るとともに,公衆衛生対策,検査体制,医療提供体制,ワクチン接種について概観し,教訓を提示するものである.執筆者はいずれも,当該領域で中心的な役割を担ってきた行政担当者や専門家であり,意思決定の最前線での出来事や直面した困難・課題について論じている.読者の多くも,様々な立場でCOVID-19と向き合い,時に葛藤を感じながら過ごされたことと思うが,本特集が,課題と教訓を共有する機会となれば幸いである.
最後に,この1000日余,献身的に走り続けた(そして今も走り続けている)すべての保健医療従事者に心から謝意と敬意を表したい.