保健医療科学 身の回りに潜む健康リスクと我が国の安全管理への取組(2023年8月)

『保健医療科学』 2023 第72巻 第3号 (2023年8月)

<巻頭言>

身の回りに潜む健康リスクと我が国の安全管理への取組

戸次加奈江
国立保健医療科学院生活環境研究部

Hidden health risks around us and efforts for safety management in Japan

BEKKI Kanae
Department of Environmental Health, National Institute of Public Health

 

 科学技術の発展に伴い,我々のライフスタイルが大きく変化し続ける中,日常生活と密接に関与する飲食物や室内環境には,細菌・ウイルス,化学物質,電磁波,放射線等を要因とする化学的・物理的・生物学的因子による潜在的リスクが存在する.また,地震や豪雨などがもたらす自然災害は,原発事故や水害のような物理的な被害のみならず,放射線や化学物質による健康被害をもたらすハザードであり,危機管理のための環境整備が必要である.我が国では,幼少期から成人に至るまで,生涯に渡りこうした環境リスク因子と隣り合わせの状況にありながらも,安全で安心な暮らしを維持・継続していけるよう様々な調査研究が行われている.特に,レギュラトリーサイエンスにおける,リスク因子に対する試験法の開発や環境調査に基づくリスク評価は,健康影響の未然防止のための対応策
として重要であると共に,研究成果に基づく国民へのリスクコミュニケーションを促進していく上でも包括的なリスク管理が必要とされている.
 化学的因子としては,飲料水や空気環境,生活用品などの使用を介した化学物質の曝露が懸念される中,特に飲料水中のPFOSやPFOA等の有機フッ素化合物などへの社会的関心が近年高まっている.また,厚生労働省指針値の制定と改正建築基準法が施行され 20 年が経ったことで室内空気質に関しては改善されてきたが,近年,規制を避けた代替物質へのシフトや可塑剤・難燃剤成分への懸念,柔軟剤,香料といった個人の嗜好による化学物質の曝露も問題とされている.
 2020 年から本格開始した 5Gシステムや,無線を使った電子機器の充電システムなどは,新たな技術開発によりその利便性がますます高まっているものの,国民が安心して使用するための健康影響についての適切なリスク分析とリスク評価が必要とされている.
 さらに食品分野において,毎年食中毒による健康被害が報告され,対応が求められている.地方自治体の調査により原因の究明と対策が行われる中,これまでとは異なる原因による事故や事件も多数発生しており,新たな管理方法が必要とされる中,食品衛生法の改正と,HACCPシステムの導入などによって,よりハザードに特化した制御が進められてきている.
 このように,我が国の環境リスクに関する新たな安全管理の取り組みが進む現在,本院が取り組む上記のリスク因子に焦点をあて,広く公衆衛生従事者へ安全管理の取り組みを伝達すると共に,本特集を国民への情報共有と理解を促進し,健康リスクを包括的に低減していくための対策について考える場としたい.

身の回りに潜む健康リスクと我が国の安全管理への取組

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