『保健医療科学』 2025 第74巻 第2号 p.97(2025年5月)
特集:熱中症対策の最新動向―異常気象の “New Normal” への適応―
<巻頭言>
熱中症対策の最新動向―異常気象の “New Normal” への適応―
下ノ薗慧
国立保健医療科学院建築・施設管理研究部
State-of-the-art health policy and measures for heatstroke:
Adapting to the ‘New Normal’ of Extreme Weather
SHIMONOSONO Kei
Department of Built Environment for Health, National Institute of Public Health
<巻頭言>
世界気象機関(WMO)の報告書によると,2024年の平均地表面付近の気温は1850~1900年の平均比で 1.55ºC高くなったとされ,175 年間の観測記録で最も暖かい年であったと報告されている.世界各国において暑熱による健康影響は拡大しており,国内においても 2024 年の熱中症救急搬送者数は97,578 人であり,統計開始以降,過去最高の救急搬送者数であった.また,WMOは猛暑や大洪水などの異常気象は,もはや“New Normal(新たな日常)”になっているとも指摘しており,高温気候を意識した保健医療対策は一層重要になると考えられる.
本特集では,「熱中症」をテーマに国・自治体における対策の最新動向や研究事例を紹介する.国・自治体における対策としては,2024 年 4 月に全面施行された気候変動適応法及び独立行政法人環境再生保全機構法の一部を改正する法律(改正気候変動適応法)の概要について施行後の状況と併せて紹介する.また,2018 年に全国で最高気温を記録した埼玉県においてはIoT暑さ指数計を活用したリアルタイム計測・公開による情報提供,学校においては熱中症事故防止のための 4 つの好事例を紹介しており,自治体等において熱中症対策を検討する際の一助となる.最新の研究事例としては,2024年版熱中症診療ガイドラインに示されるアクティブ・クーリングの概念・重症度分類の細分化のほか,現時点における熱中症治療についてClinical Question形式で解説する.また,熱中症発生確率という新たな指標により,熱中症が発生するときの湿球黒球温度(WBGT)の日最高値の地域差に関する分析は,地域の気候に応じた警報発出基準の策定に寄与する.気温と相対湿度から室内のWBGTを簡易に推定できる図は,一般には測定が困難であるWBGTを簡易に推定可能であり,住居での熱中症発生が多い我が国において暑熱環境を評価する上で非常に有用である.ファン付き作業上着の有効性に関する現在の知見の整理は,既往研究から平均皮膚温や着衣残留汗量が有意に低値を示すとされており,主に建設作業員への熱中症対策として有効である.その他,G20 参加国における熱中症対策の調査は,特徴的な政策や日本への適用可能性も含めて考察しており,新たな熱中症対策を検討する際の一助となる.
改正気候変動適応法が施行され一層の対策が講じられているが,我が国の熱中症救急搬送者数は増加していることから,暑熱への対策については引続き強化が求められる.本特集が,自治体等において熱中症対策を検討する際の一助となり,熱中症発生の低減に寄与することを期待する.