『保健医療科学』 保健医療科学 2025 Vol.74 No.5 p.425(2025年12月)
特集:公衆衛生看護の未来 ―持続可能な地域保健への挑戦――
<巻頭言>
公衆衛生看護の未来―持続可能な地域保健への挑戦―
奥田博子
国立保健医療科学院統括研究官
Empowering the future of public health nursing: Driving change for sustainable community health and well-being
OKUDA Hiroko
Research Managing Director, National Institute of Public Health
<巻頭言>
日本社会は人口減少と超高齢化の進展により,地域保健を取り巻く環境が急速に変化している.これに加え,気候変動に伴う災害の頻発や激甚化,感染症の流行など,健康危機への対応が求められる場面は増加しており,地域住民の健康と安全を守るための体制整備は喫緊の課題である.こうした状況において,公衆衛生看護は,地域に根ざした専門職として,地域住民の生活に寄り添いながら健康課題を把握し,予防的支援を展開する役割を担っており,保健師には,地域全体の健康課題を俯瞰し,施策の企画・評価を行う能力や,多職種との協働を推進する力が不可欠となっている.背景には,生活習慣病や複合的な健康課題を抱える住民の増加,社会的孤立や貧困などの生活課題の複雑化がある.これらは高齢化のみならず,都市化や核家族化,地域コミュニティの希薄化,経済的不安定など多様な要因によって生じており,健康格差の拡大を招いている.さらに,慢性疾患の増加,複数の疾患や生活課題を同時に抱えるケースが増加している.こうした複合的な課題は,予防的な視点で地域の人々をはじめとする地域資源を活性化し,ネットワークとしてつなげていくことで,住民の健康で安全な暮らしを自ら作っていく力を与えるような地域づくりを基盤とするケアシステムの構築が不可欠である.
加えて,気候変動による災害の激甚化や感染症の世界的流行は,地域保健活動に新たな課題を突き付けている.東日本大震災や能登半島地震などの大規模災害では,保健師が広域的に派遣され,多職種連携による包括的な支援が行われたが,こうした経験を踏まえた迅速な対応体制の整備はまだ十分とは言えない.今後も予測困難な健康危機が発生する可能性が高く,災害時や感染症流行時における保健師の役割はますます重要になる.
このような複雑で変化の激しい社会環境に対応するためには,保健師が地域課題を科学的に分析し,エビデンスに基づく施策を立案・評価する能力を備えることが重要である.また,災害や感染症など緊急時対応の実践的スキルを強化し,地域保健活動を総合的にマネジメントできる人材を育成することは不可欠である.
世界的にもユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成が目標とされる中,日本の公衆衛生看護は,災害対応や感染症対策,地域包括ケアの経験を活かし,国際的な知見共有や人材育成に貢献する役割を担っている.国内外の課題を相互に学び合い,グローバルな視野で地域保健の持続可能性を追求することが,今後の公衆衛生看護にとって重要である.
本特集号では,人口減少や健康危機の頻発など急速に変化する社会環境を踏まえ,地域保健活動の持続可能性を確保するために,公衆衛生看護の役割と人材育成の方向性について多角的に考察する.本特集が,地域住民が主体的に健康と向き合う社会の醸成を目指し保健師が役割を発揮できるよう,公衆衛生看護の専門職領域のみならず,保健医療福祉をはじめとする地域保健行政に関わる全ての方々において,地域住民の健康と安全を守る公衆衛生活動の推進に資することを期待する.
