No.234 カタクチイワシ生食によるアニサキス感染者の多発

[ 詳細報告 ]
分野名:原虫・寄生虫・衛生動物
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:長崎県衛生公害研究所
発生地域:長崎県福江市及び周辺の各町
事例発生日:1991年3月
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:28名
死亡者数:0名
原因物質:アニサキス属線虫(幼虫)
キーワード:カタクチイワシ、アニサキス属線虫、検出

背景:
アニサキス属線虫は線形動物部門、線虫網、真正線虫目、アニサキス亜科の一属で、中間宿主であるアジ、サバ、イカ等に捕食され、体腔で第三期幼虫に発育する。この幼虫を魚類と共にヒトが摂取すると、幼虫は胃、腸壁に穿入し消化管壁は炎症を起こし、次いで、嘔気、嘔吐、腹痛等の主徴を生じ、一過性のアレルギー反応を併発することもあり、いわゆるアニサキス感染の症状を呈する。自覚症状が出るのは2~8時間後が多く、症状の軽重にも個人差があり、軽微な緩和型から激しい腹痛をともなう激症型に及ぶと言われている。
わが国におけるアニサキス症患者の発生は、近年増加傾向にあり、例年2,000~3,000件に及ぶと言われている。感染源の大部分は魚類、アジ、サバ、スケトウダラからのヒトへの感染率が特に高く、大型のサバは100%近く感染していると言われている。また、殆どの魚類は仔虫感染への可能性を持っていると言われている。
カタクチイワシへの仔虫感染については、全国の65ケ所の水域で水揚げされたものの仔虫感染率を調べた結果、34%の水域で寄生が認められ、特に瀬戸内海、九州周辺の海域の水域に多くの寄生が認められている。カタクチイワシ個々の個体別での寄生率は1%から19%にも及んでいたとの報告もある。

概要:
1991年3月14日、長崎県南松浦郡五島列島海域で捕獲されたカタクチイワシ[Eegraulis Japonica(HOUTTUYN),以下学名は省略]を喫食した本県福江市および周辺の各町に在住する住民が、喫食2~4時間後に腹痛、嘔気、嘔吐、ジンマシン等の症状を訴える者が相次いだ。同市内の病院で治療を受けた者は28名(男性21名、女性7)で、患者の年令は16才から67才に及び40~50才代が最も多かった。患者の大部分が生食またはこれに近い状態で喫食していたので、食べ残し分のカタクチイワシを回収し、臓器および筋肉中の寄生虫検索を行った。
その結果、回収した検体のカタクチイワシの大部分から、体長20㎜前後の線虫類が検出された。この線虫の形態観察の結果、アニサキス属線虫(幼虫)であることがわかった。

原因究明:
28名の患者のうち、7名から食べ残したカタクチイワシを4~5匹ずつ、また、販売にあたった1業者からも同様に提供してもらった延べ33匹のカタクチイワシの魚体を三枚におろし、内臓及び筋肉中に寄生する虫体をピンセット、メス等を用いて採取した。採取した虫体は、アルコール漬けにし、透明化した後、実体顕微鏡、微分干渉顕微鏡で形態観察を行った。
今回検出された線虫は、肉眼での生体観察及び顕微鏡での観察結果が、Anisakis. sppの一種とよく一致した。したがって、本線虫は、アニサキス亜科のアニサキス属線虫(幼虫)の一種と判断し、患者の症状はカタクチイワシの生食によりアニサキス属線虫(幼虫)に感染し発症したアニサキス症によるものであることが判った。

診断:

地研の対応:
1991年3月14日、患者発生地域の管轄保健所である長崎県福江保健所から県環境衛生課を通じて、当該疾患の多発の情報連絡と原因究明の依頼が当研究所にあった。そこで当所は管轄保健所に患者発生状況、症状及び喫食の方法等の疫学調査を依頼するとともに、患者が食べ残したカタクチイワシを検体として確保するため、それぞれの患者から4~5匹ずつ提供してもらい、保健所を通じて当所に回収し、寄生虫の検索と同定を行った。

行政の対応:
患者発生地の医療機関及び住民から連絡や相談を受けた管轄地域の福江保健所は、直ちに発生状況の把握に努めるととともに、共通している事項としてカタクチイワシの摂食によるものであることから、県環境衛生課を通じて当研究所に原因の究明が依頼された。管轄地域の福江保健所は、原因の究明に必要な疫学調査と検体の収集・搬送をお行った。

地研間の連携:
当該事例に関連して、地研間における連携はなし。

国及び国研等との連携:
当該事例に関連して、国及び国研等との連携はなし。

事例の教訓・反省:
わが国の食習慣としての海産魚介類の生食が、アニサキス症感染の契機になっていることは間違いない事実であるが、この食習慣は古来より定着したわが国の食文化であり、今や、サシミという言葉とともに全世界に広まりつつある食文化でもある。従って、アニサキス症感染予防のために、海産魚介類の生食という食習慣を止めさせることは、先ず不可能であるし、食文化から見るとあまりにも無粋な話である。新鮮な魚貝類の生食という食習慣を通じて、アニサキス症感染からの予防策を考えた方が好ましいと考える。
アニサキス症の予防策としては、感染した魚類等への殺菌灯の照射、-20℃以下での保存等種々の方法があるが、これらの方法は一般向きではない。また、酢、ソース、醤油、ワサビ等の調味液に浸漬しても、かなりの濃厚液中でも1~数日間は生存していると言われており、この方法も新鮮な内に生食するという食習慣から考えると一般的な良策とは言えない。
アニサキス症感染を完全に予防するための確実な方法は、アニサキス属線虫類は高温環境に弱いので(50℃以上では数秒で死滅する)、煮るか、または焼くことである。また、生食を好む場合には、喫食前に虫体を除去すればよいが、これも完全を期すことは困難であり、結局はよく噛んで虫体を殺してしまうのがよいといわれている。保健所における健康と疾病予防の啓発の中で、あらゆる機会を通じて、アニサキス感染予防のためには、魚体を煮る、焼く、及び生食する場合にはよく噛むことを住民に周知することが大切であると考える。

現在の状況:
特記すべき事項なし。

今後の課題:
アニサキス感染症は、全国的にも毎年2,000~3,000件に及ぶと言われており、地域の中では、散発症例として見られるが、今回のようによく注意して把握すると地域における集団的な感染として多発していることも考えられるので、医療機関と保健所の情報交換が極めて大切である。

問題点:

関連資料:
「カタクチイワシからのアニサキス属線虫検出事例」桑野紘一ほか、長崎県衛生公害研究所報 33, 87~90(1990)