No.256 セアカゴケグモ発生

[ 詳細報告 ]
分野名:原虫・寄生虫・衛生動物
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:大阪府南部地域
事例発生日:1995年
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:1名
死亡者数:
原因物質:セアカゴケグモ
キーワード:セアカゴケグモ、抗毒素血清、α-ラトロトキシン

背景:
1995年11月19日、大阪府高石市で日本には生息しない神経毒を有する「セアカゴケグモ」の相当数が捕獲された。海外では、このクモに咬まれて重症化したり、時には死亡例も報告されている。このため、大阪府では、11月24日に関係部局と学識経験者などで構成する「大阪府セアカゴケグモ対策検討委員会」を設置し、応急の対応策をとりまとめた。その中で当研究所は、サントリー生物有機化学研究所、大阪大学微生物病研究所の協力を得て、毒性試験を主担することとなった。

概要:
セアカゴケグモが発見されてから直ちに生息調査が行われた。生息数が多く、人家に近い所では駆除が実施されたが、一部のクモは生きたまま捕獲され、毒性試験のために用いられた。毒性試験の結果、このクモにヒトが咬まれても死亡することはほとんどないことが明らかにされた。その後の生息調査で、セアカゴケグモは大阪府南部の沿岸地域を中心に広く分布していることがわかり、土着化の進んでいることをうかがわせた。

原因究明:
毒性試験は主としてマウスを用いた動物実験と、毒腺成分の生化学的方法で行った。
1)動物実験
大阪府下で捕獲したセアカゴケグモの毒腺を取り出し、リン酸緩衝液中に溶出させ、以下の実験に用いた。クモ1匹分の毒腺液を腹腔内に接種されたマウスの死亡率は100%であったが、0.1匹分では0%であった。夏季と冬季に捕獲したセアカゴケグモの毒性を調べたが、季節的差異は認められなかった。

3) 毒腺成分の分析
アクリルアミドゲル電気泳動法を用い、大阪産、オーストラリア産およびオーストラリア製凍結乾燥市販品の毒腺蛋白質を解析した。その結果、いずれのサンプルにもα-ラトロトキシンが存在するとされる高分子量(分子量約10-13万)の蛋白質の存在が確認された。

3)抗毒素血清の有効性の検討
クモ1/2匹分の毒腺液を腹腔内に接種し、典型的な症状が出現した後(約1時間後)にオーストラリア製の抗毒素血清を腹腔内投与した。抗毒素血清50単位を投与されたマウスは劇的な回復を見せ、5単位投与群においても12時間後には正常な状態に回復した。

日本初のセアカゴケグモ咬症例
平成9年7月11日、関西国際空港の清掃員が空港貨物区域で側溝の蓋を持ち上げて溝の清掃中に左大腿部をセアカゴケグモに咬まれた。局所に発赤と腫脹を認め、痛みが激しいため当日、大阪府立病院を受診した。来院時には、痛みと腫脹はかなり軽減していたが左下肢の脱力感を訴え、経過観察のため入院した。翌日には痛みも消失し、午前中に退院した。この例では、セアカゴケグモ咬症の全身症状が認められず、抗毒素血清は使用しなかった。

診断:

地研の対応:
当研究所ではセアカゴケグモの毒性試験を担当し、種々の方法で実験を行い、このクモの毒性について明らかにした。この結果はマスコミを通して公表し、住民を安心させた。また、大阪府下におけるセアカゴケグモの分布調査を実施し、生息域を調べて今後の対策のための資料とした。

行政の対応:
1995年11月24日、12月18日、1996年12月5日の3回にわたり「大阪府セアカゴケグモ対策検討委員会」を開催し、対応策を協議した。セアカゴケグモの生息調査、駆除を積極的に行うとともに、府民へ注意を喚起した。オーストラリアから抗毒素血清を購入し、府立病院に配置した。府下市町村職員や保健所職員に対して講演会や担当者会議を開催し、セアカゴケグモの知識の普及と対策の徹底を図った。

地研間の連携:
他の地研からの問い合わせが多数あった。セアカゴケグモのサンプルの送付、情報の発信を行った。

国及び国研等との連携:
セアカゴケグモの毒性成分の解析に関し、国立感染症研究所と共同研究を行った。国からは地域保健推進特別事業の一項目として認められ、「セアカゴケグモ対策事業費」として平成7、8、9年度の3年間にわたり国庫補助を受けた。

事例の教訓・反省:
行政は迅速に対応し、住民の不安を早期に取り除いたのは評価される。クモの毒性試験に関して我々は素人であったが、他機関の協力を得て短期日にある程度の結果を出すことができた。危機管理が十分に機能するためには、行政と専門家の協力体制をいかに迅速に作るかということと、新しい問題に柔軟に対応できる能力を備えることが重要であると思われた。

現在の状況:
平成9年度をもって毒性試験は完了した。現在、報告書の作成を進めている。

今後の課題:
セアカゴケグモの生息域は拡大傾向にあり、定期的な監視が必要である。セアカゴケグモ咬症の発生が十分に予想されるため、咬まれた場合の診断、治療法について医師は十分な知識の収得が望まれる。

問題点:

関連資料:
1) 「日本初のセアカゴケグモ咬症例について-大阪府」「セアカゴケグモに咬まれた場合の症状と対応」奧野良信、病原体検出情報Vol.18、No.9、p.3-5(1997)