No.263 愛知ウイルスの発見

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:愛知県衛生研究所
発生地域:愛知県内
事例発生日:1987年
事例終息日:1994年
発生規模:推定患者数:42名(母集団1,938名)
患者被害報告数:42名
死亡者数:0名
原因物質:愛知ウイルス
キーワード:ウイルス、ウイルス性食中毒、急性胃腸炎、集団発生、SRSV、ELISA、単クローン抗体、愛知ウイルス

背景:
わが国で冬季に集団発生する給食やカキなどを介した急性胃腸炎の原因として、小型球形ウイルス(SRSV)が注目され、電子顕微鏡による検査が行われてきた。しかし、この方法によるウイルス学的診断は、その正確さ、感度、相同性など数々の問題点が存在していた。近年、Norwalk virusを代表とするSRSVや、5つの血清型が存在するというastrovirusについてはELISAなどの免疫生化学的検出方法が確立され、わが国における急性胃腸炎の集団発生とこれらウイルスとの関連が明らかにされようとしている。当研究所でも、これらSRSVに注目し調査を行ってきたが、カキを介した胃腸炎でNorwalk virusやastrovirusの関与しない集団発生例から、既知のSRSVとは異なるウイルスSRSV;愛知株、を分離している。この事は、Norwalk virusやastrovirus以外にも急性胃腸炎の集団発生に関与する別のウイルスが存在する可能性を示唆している。
Norwalk virusやastrovirusは細胞培養が難しかったため、人体実験でその病原性が証明された後に、その検出方法について数々の検討がなされた。わが国では人体実験は行えないが、幸いにも愛知株は細胞培養が比較的容易であるので、前記ウイルスよりも低コストで検出方法の検討が可能である。そこで、当研究所では同ウイルス株のELISAを用いた迅速・簡便な検出方法を確立し、広範囲な疫学的調査を実施し、愛知株と集団発生胃腸炎との関連を明らかにしようと考えた。

概要:
1987年から1994年の間に県内で発生したカキを介すると考えられた急性胃腸炎の集団発生14事例141名、感染症サーベイランス事業で胃腸炎と診断された小児266名、東南アジア諸国から帰国時に名古屋空港検疫所で胃腸炎症状により検便検査を実施し、細菌検査が陰性であった752名、それに、パキスタンのカラチ市民病院を訪れた現地小児779名(胃腸炎421名、その他358名)から得た糞便、及び上記集団発生10事例の患者72名からえた患者ペア血清を用い、ウイルス分離、単クローン抗体の作成及び抗原検出用のサンドイッチELISAと抗体検出用競合抑制ELISAの確立を図り、成功した。
その結果、愛知ウイルス抗原検出用ELISA(0.5ng以上の抗原が検出可能)に対して、Norwalk virus、astrovirus、enterovirusのいずれのウイルスも反応しなかったため、愛知ウイルスが新しい型のウイルスである可能性が考えられた。抗体測定用のELISAによる検査結果は、培養細胞を用いた中和抗体測定法による抗体価とよく一致していた。
1987年から1994年の間に県内で発生したカキを介すると考えられた急性胃腸炎の集団発生14事例中6事例で、本ウイルスの関与が明らかとなった。この6事例において、ELISAによる抗原検出率は0%~80%:平均24%(13/54)で、ウイルス分離率(0%~60%:平均11%)より良い成績であった。ペア血清で有意な抗体上昇を示した患者は56名中24名(43%)であった。抗体上昇者も17%~80%と各事例で差がみられた。抗体上昇者24名のうち、IgM抗体の上昇が認められた人が7名(29%)、IgAIgG抗体の上昇が認められた人が11名(46%)、残りの6名がIgG抗体のみの上昇であった。初感染と思われるIgM抗体保有者(7名)の各症状の程度が比較的重く、かつ、症状の出現頻度としては、全員が発熱を訴え、6名が嘔吐を伴っていた。これに対しIgAとIgG抗体が共に上昇していた人では、嘔気(8/11名)と嘔吐(7/11名)の訴えが多かった。また、IgG抗体のみが上昇していた人の主症状は腹痛(6/6名)と下痢(5/6名)であった。
以上のことから本ウイルスはカキが原因の集団発生の胃腸炎に深く関与し、出現抗体の差違により、主症状に差が現われることが示唆された。一方、愛知ウイルスは1990年1月を最後に集団発生事例からは検出されていなかったが、1997年1月に2名/1事例、及び1998年1月から3月にかけて6名/10事例から検出された。このことから本ウイルスの流行には波があるものと思われる。
感染症サーベイランス事業で胃腸炎と診断された小児の便(266例)からは、培養法では本ウイルスは一例も分離されなかった。一方、ELISA法により1例から本ウイルスが検出されたがこの検体からはロタウイルスも同時に検出された。注目すべきことに、東南アジア諸国からの帰国者6名から本ウイルスの抗原がELISAにより検出された。
このうち5名からは本ウイルスが分離培養された。渡航先は、インドネシア(1例)、タイ(1例)、シンガポール(4例)であった。一方、パキスタンの現地小児779例(胃腸炎421例、その他358例)からは11例(胃腸炎8例、その他3例)でELISA法により本抗原が検出され、そのうち5名の胃腸炎患者からは本ウイルスが分離培養された。以上の結果から、わが国では、小児より大人、特に急性胃腸炎の集団発生と本ウイルスとの関連の深さが示唆された。また、本ウイルスがアジア各地に分布していることが明らかとなったが、パキスタンでは小児の胃腸炎に関与していることが示唆された。

原因究明:
このような経緯で急性胃腸炎集団発生から病因と推定されるウイルスの検索を進めた結果、愛知ウイルスが発見された。
検査法は先にも述べたように当ELISA法が主な手段であったが、最近では遺伝子解析を含めた種々の検査法が実施できるまでに進展した。

診断:

地研の対応:
1993年、当研究所では「組織培養された小型球形ウイルス(愛知株)の分類と検査方法の確立」を調査研究課題として取り上げ、2年間にわたり実施した研究の結果が前述の概要である。さらに、1995年から5年計画で「小型球形ウイルス(愛知株)の遺伝子解析」を特別調査研究として取り上げ、シークエンサーによる遺伝子解析によるその分類と、PCR法による同ウイルスの検出法の開発等を重点的に行っているところである。その間、1996年にはDNAシークエンサーも導入され、初期の目的達成に向け現在急速に研究が進展しているところである。

行政の対応:
研究所からの要請に応じて愛知県衛生部(環境衛生課及び食品獣医務課)の担当と保健所は、流行状態の把握のために積極的な集団発生の監視に努め、発生毎に保健所の担当者が現場へ直接赴き、血液、糞便等の検査材料の採取、及び、その採取依頼を行った。

地研間の連携:
1997年8月発行の病原微生物検出方法(月報;18-8:210号)に「愛知ウイルスが検出された胃腸炎集団発生」(情報)として全国の地研に対して検査法の供与を行っている旨を載せ、協力体制を呼びかけている。

国及び国研等との連携:
国立感染症研究所・現ウイルス第2部の武田室長と共同で愛知ウイルスの遺伝子解析を進め本ウイルスがピコルナウイルスに属することを確定するに至った。

事例の教訓・反省:
地研と行政との緊密な連携の結果、適切な検査材料の採取が可能となったことによって、その後、原因と推定できるウイルスが検出された。本県におけるこのような胃腸炎ウイルスの疫学調査及び研究は、全国規模で開催される学会、衛生微生物技術協議会及び研究会において逐一報告がなされた。しかし、初期において確定診断に必要な血液の採取が困難な事例があり、十分な疫学情報が得られなかったことが反省される。

現在の状況:
上述したように、国立感染症研究所・現ウイルス第2部の武田室長と共同で愛知ウイルスの遺伝子解析を進め本ウイルスがピコルナウイルスに属することを確定するに至った。さらに、その結果からPCR法による検出法の開発を進め1998年1月から3月の食中毒事例において、数例からこのPCR法により本ウイルスを検出する成果を得ている。

今後の課題:
ウイルス性胃腸炎の原因ウイルスにつては未知の部分が多く残されており、また、その疫学調査法及び検査技術の日進月歩の進展は望ましい状況ではあるが、なお次のことが望まれる。
1)国として
(1) 地研における研究費及び検査費への予算補助
(2) ウイルス性胃腸炎の予防対策
(3) SRSV以外の胃腸炎ウイルス(愛知ウイルス等)の検査体制整備と全国調査の実施
2)自治体として
(1) 検査費の予算化
(2) 行政・保健所担当者への啓発と定期的会合(発生時と検査の迅速な情報交換の必要性)
(3) ウイルス性胃腸炎の予防対策

問題点:

関連資料:
1) 平成6年度 愛知県衛生研究所年報、第23号;調査研究:組織培養された小型球形ウイルス(愛知株)の分類と検査方法の確立
2) 「愛知ウイルスが検出された胃腸炎集団発生」病原微生物検出情報、Vol.18、No.8(No.210)1997
3) Isolation of Cytopathic Small Round Viruses with BS-C-1 Cells from Patients with Gastroenteritis. Teruo Yamashita etal. The J. Infect. Diseases 164:954-957, 1991.
4) Prevalence of Newly Isolated, Cytopathic Small Round Virus(Aichi Strain)in Japan. Teruo Yamashita etal. J. Clinical. Microbiol. 31:2938-2943, 1993.
5) Isolation of Cytopathic Small Round Virus(AichiVirus)from Pakistani Children and Japanese Travelers from Southeast Asia. Teruo Yamashita etal. Microbiol. Immunol. 139:433-435, 1995.