No.268 ウイルスによる食中毒の集団発生

[ 詳細報告 ]
分野名:ウィルス性食中毒
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:大阪府富田林市
事例発生日:1993年
事例終息日:
発生規模:推定患者数:102名(母集団140名)
患者被害報告数:
死亡者数:0名
原因物質:SRSV
キーワード:ウイルス、ウイルス性食中毒、胃腸炎、集団発生、SRSV、PCR、電子顕微鏡

背景:
1970年の初頭より我が国の小中学校、幼稚園などにおいて急性胃腸炎の集団発生が頻発して、行政側から原因究明の要請が寄せられていた。このような事例は本邦に限らず、欧米諸国においても冬期嘔吐症(Winter vomiting disease)などの名称で以前から知られていたが、細菌が検出されないことからウイルスが原因ではないかと推測されていた。
大阪府では、1977年(昭和52年)からこのような事例に着目して疫学調査をすすめた結果、発生には地域的な集積性がなく府下全域で観察された。特徴的なこととして、好発時期が10月から翌年の春ごろまでの寒冷期であることから、夏期の細菌性食中毒の集発期とは明らかに異なっていた。
胃腸炎の集団発生はしばしば突発的であることが多く、発生規模はクラス単位のものから全校レベルに達するもの、衛星都市全域の小中学校に及ぶものまで千差万別であった。患者の経日発生パタ-ンは、多くの事例で一峰性であることが多く、シャープペンシル型ともいわれるように概ね2~3日で終息するが、二次発生や同胞間での発生も少数ながらみられた。
患者の胃腸炎症状は比較的軽度で嘔吐の発症者を高率に認めたが、下痢症状は集団事例によって異なることがあった。このような臨床所見の違いを後年、原因ウイルス別にみると前者の嘔吐型といえる事例は概してSRSV、アストロウイルスであり、下痢症型はロタウイルス(C群またはA群)を検出した事例に多く認められた。

概要:
平成5年3月、府下の同一レストランで別個に会食した2集団に小形球形ウイルス(SRSV)によるウイルス性食中毒の集団発生がみられた。
集団発生の疫学調査成績によると、3月20日に学童が主体の子供会(A集団)と同月23日の会社の謝恩会における成人層のB集団が同じレストランで会食し、いずれも急性胃腸炎を発症した。胃腸炎の発症率は、Aが61.4%(54/88)、Bが92.3%(48/52)でともに高率であった。胃腸炎の特徴は、嘔吐、下痢、腹痛、吐き気が高率に認められたが、発熱は中程度であった。潜伏時間は24時間から35時間と推定した。会食が共通の要因と推定されたが、メニューに牡蛎は含まれず原因食は不明に終わった。
集発時に管轄保健所と大阪府府環境保健部食品衛生課より当所へ通報があったのを受けて、患者の経日発生、症状、食事内容といった通常の食中毒事例の調査に加えて二次発生の有無など詳細な疫学調査を依頼した。また、過去の経験からウイルス感染が疑われたため、患者の臨床検査材料については、ウイルス検査(特に電子顕微鏡検査)に適した発病初期の患者便の採取と採血を保健所に依頼した。送付されてきた検査材料は、細菌およびウイルスの両面から直ちに検査に着手した。
検査結果を総合すると、細菌性食中毒は否定されたが、SRSV感染による急性胃腸炎の集団発生であることが判明した。以上の検査結果は、当所から所轄の保健所と本庁食品衛生課へ報告した。
以下にウイルスの検査項目と成績をまとめた。
1) 電子顕微鏡によるSRSV粒子の検出は、A集団が45.5%(5/11)、B集団が50%(4/8)であり、レストランの従業員と調理人は陰性であった。
2) RT-PCR試験では、A集団で64%(7/11)、B集団で62.5%(5/8)が陽性となり、本法は電顕法に比較して検出率が高い。
3) ウエスタンブロット試験(SRSV抗体検査)は、B集団から採取した8例の患者ペア血清(2週間隔)全例にSRSV特異抗体の上昇が認められた。
4) SRSVの遺伝子タイプ(塩基配列分析)は両集団から採取した複数のSRSVの塩基配列を分析したところ、いずれもスノーマウンテンウイルス型で両集団とも遺伝的に同一のウイルスに暴露を受けたものと判断された。

原因究明:
このような経緯で下痢症集団発生から病因と推定される候補ウイルスの検索を進めた結果、大阪府下ではSRSVが最も高率に見出されたが、検出されるウイルスの種類は、SRSVの他にアストロウイルス、C群およびA群のロタウイルスなど非常に多様であることが判った。SRSVは牡蛎喫食群、非喫食群からともに見出されたことから、このウイルスの汚染域は非常に広いことが推測された。
検査法は先にも触れたように当初、電子顕微鏡観察が唯一の手段であったが、最近では遺伝子診断を含めた種々の検査法が実施できるまでに進展した。

診断:

地研の対応:
前述の通り1977年(昭和52年)に当研究所は、嘔吐下痢症の原因究明に当たって、細菌とウイルスの両面から検査を行うために、所内の細菌部門(食品細菌課、微生物課)とウイルス部門(ウイルス課、病理課<特に電顕>)から成る検査プロジェクトを結成した。発生時の初動が食中毒扱いとなるため、食品細菌課を行政からの窓口とした。この検査体制は20年余り過ぎた今日でも継承されている。
また同時期、集団発生時の適切な疫学調査と検体の採取(発症初期の便材料と血液)に焦点を絞り、全保健所と教育委員会に「嘔吐下痢症の集団発生」と題する手書きの小冊子を配布し、情報の提供を行うとともに協力を要請した。

行政の対応
研究所からの要請に応じて大阪府衛生部(現環境保健部)の担当課と保健所は、原因究明のために積極的な集団発生の監視に努め、発生毎に当所と保健所の担当者が現場(主に学校)へ直接赴き、当方が作成したマニュアルに準じて疫学的な聞き取り調査をおこない、血液、便材料等の検査材料の採取を依頼した。

行政の対応:

地研間の連携:
平成5年に神奈川県で開催された第14回衛生微生物技術協議会において、感染研(当時予研)および岐阜県、大阪府の両衛生研究所に所属する胃腸炎ウイルス担当者が、ウイルス性胃腸炎集団発生について統一した登録システムによる実態調査を行ってはどうかとの提言を行った。このころ原因不明の胃腸炎集団発生が各自治体で話題になり始めていた好機でもあったが、この提言を受けて、厚生科学研究班(班長現井上栄感染症情報センター長)が結成されることとなり、世界にも例を見ない全国規模の食品媒介ウイルス性胃腸

国及び国研等との連携:
この研究班の成果は「最近5年間の食品媒介ウイルス性胃腸炎集団発生全国実態調査:総合報告書」としてまとめられた。報告書の概要から、全国で同様の事件が頻発していること、ウイルス感染を確認したほとんどの事例が食中毒事件簿へ登録されていないかもしくは原因不明として扱われていたこと、さらにいずれの都道府県でも行政的な対応に苦慮している実態が明らかにされた。
また、原因推定ウイルスの調査結果によると大半のウイルスがSRSVであったことから、標準的なモデル検査法の確立が次の課題であると考えられた。このため疫学調査に引き続いて胃腸炎ウイルスの標準検査法の確立を目的とした厚生科学研究班(平成6~8の3年間)が、当所を含む全国の各ブロックからの参加を得て結成された。本研究班の成果は、平成9年5月の厚生省通達の通り食中毒検査にウイルス検査を盛り込む原動力となった。

事例の教訓・反省:
地研と行政との緊密な連携の結果、適切な検査材料の採取が可能となったことによって、その後、原因と推定できるウイルスが次々に検出されていった。本府におけるこのような胃腸炎ウイルスの疫学調査は、全国規模で開催される衛生微生物協議会や研究会において逐一報告がなされた。しかし、本府内の検査情報の伝達は、主として管轄保健所に限定され、本府にウイルス性胃腸炎、またはウイルスによる食中毒の集団発生が存在する事実を衛生行政へ力説し注意を喚起させるまでには至らず、不明疾患扱いとなった事例が少なくなかった。この背景には客観的で説得力のある成績を提供する検査技術が未熟であったことが最大の要因であったと推測している。特に食品から原因ウイルスを直接検出することが最も重要とされたが、幸い今日の遺伝子診断法はこの課題を解決する端緒となった。

現在の状況:
上述したように、平成9年5月に厚生省の通達によってウイルス性食中毒の概念が導入され、食品衛生法にウイルス検査が追加されることとなった。また、平成9年11月には厚生省主導で全国の全ての地研を対象に、国立公衆衛生院においてSRSV検査法全般にわたる研修が行われたところである。
平成9年度からは、新たに結成された厚生科学研究班を通じて、さらなる検査技術の改良が図られ、SRSV感染症の発生時における行政への適切な科学的提言がなされていくものと期待される。
現在、ブロック内の地研間における集団発生と検査技術などの情報交換は、頻繁に行われている。また、全国のウイルス性胃腸炎情報は、感染症情報センターを通じて病原体検出情報(月報)やネットワーク等によって受領することが可能となった。

今後の課題:
ウイルス性胃腸炎の疫学調査法と検査技術の日進月歩の進展は望ましい状況ではあるが、なお次のことが望まれる。
1) 国として
(1) 地研における検査費への予算補助
(2) 全国、諸外国での発生情報の提供
(3) SRSV感染症の予防対策(牡蛎を含む)
(4) SRSV以外の胃腸炎ウイルスの検査体制整備
2)自治体として
(1) 調査・検査費の予算化
(2) 行政・保健所担当者への啓発と定期的会合(発生時と検査の迅速な情報交換の必要性)
(3) SRSV感染予防対策

問題点:

関連資料:
1) 「同一レストランで続発したSRSVによる急性胃腸炎の集団発生について」大石功ほか、大阪府における日本脳炎と不明ウイルス疾患:流行予測調査報告XXIX:55~56、大阪伝染病流行予測調査会、(1994)

2) 「最近5年間の食品媒介ウイルス性胃腸炎集団発生全国実態調査、総合報告書」食品媒介ウイルス性胃腸炎集団発生実態調査研究班編(1995)