No.562 老人施設および病院における腸管出血性大腸菌O157感染症の集団発生

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/26
衛研名:神奈川県衛生研究所
発生地域:神奈川県F町
事例発生日:2000年6月
事例終息日:
発生規模:有症者数56名、保菌者数70名(母集団804名)
患者被害報告数:
死亡者数:2名
原因物質:腸管出血性大腸菌O157:H7(VT2)
キーワード:腸管出血性大腸菌、O157、HUS、食中毒、集団発生、病院、福祉施設

背景:
腸管出血性大腸菌(EHEC)は、出血を伴う水様性下痢(出血性大腸炎)やその後に溶血性尿毒症症候群等を引き起こすことが特徴で、出血性大腸炎からHUSへ進展する頻度は10%程度と考えられている。EHEC感染症のほとんどは本菌血清型O157:H7またはO157:NMが原因となり、わが国では大阪府堺市でO157感染症の大流行があった1996年以降、各地でEHECO157による感染症事例が見られるようになった。EHEC感染症は新感染症法において3感染症に規定されている。

概要:
2000年6月中旬~下旬にかけて、神奈川県F町の病院(F病院)および併設の介護老人保健施設(N施設)において、腸管出血性大腸菌O157感染症の集団発生がみられた。F病院関係650名およびN施設関係154名、計804名の健康状況を調査した結果、有症者(血便・下痢便3回以上/日・腹痛・発熱・嘔吐の症状が1つ以上あった者)は56名で重症者が6名認められた。重症者のうち4名は回復したが、基礎疾患の悪化が原因と思われる85歳男性および溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症した84歳女性の2名(共にF病院入院患者)が死亡した。
健康調査を実施したのと同じ804名について検便を実施したところ、有症者56名中17名、無症状者748名中70名、計87名の糞便からO157:H7(VT2)が分離された。F病院およびN施設の周辺地域にO157感染症の発生は認められなかったことから、院内または施設内の何らかの同一感染源に起因した集団発生の疑いが持たれたが、感染源である可能性が考えられた食品、飲料水、浴槽水等からO157は分離されず、ヒト以外では雑排水の1件から当該菌が分離されただけであった。しかしながら、検便でO157:H7(VT2)が分離された87名のうち、78名は患者食を喫食していたF病院入院患者またはN施設入所者であったのに対し、職員は9名と少数であった。しかもこの職員のうち2名は患者食の検食を担当していた。このことから、患者食として出されたある種の食品が感染源であった可能性が考えられ、患者食を喫食しなかった職員の感染は入院患者等の感染者と接触したことによる二次感染と思われた。
本事例では流行初期の段階から、F病院およびN施設に対して共通の病因物質の暴露が考えられたが、共通喫食品等からO157が分離できなかったため、感染源および感染経路の特定には至らなかった。

原因究明:
感染源究明のため、O157陽性であった有症者および保菌者の共通喫食品等、飲料水、浴槽水、その他施設内環境等に関する387検体について、O157分離培養検査を実施したが、雑排水1件を除き全て陰性であった。また給食従事者31名に有症者は認められず、検便でも全員O157陰性であった。
しかしながら、検便でO157:H7(VT2)が分離された87名のうち、78名は患者食を喫食していたF病院入院患者またはN施設入所者であったのに対し、職員は9名と少数であった。しかもこの職員のうち2名は患者食の検食を担当していた。このことから、患者食として出されたある種の食品が感染源であった可能性が考えられ、患者食を喫食しなかった職員の感染は入院患者等の感染者と接触したことによる二次感染と思われた。
感染源に関しては、本調査および国立感染症研究所が行った疫学調査でも究明することができなかった。

診断:

地研の対応:
神奈川県では保健所の衛生検査課を4カ所に集中配置しており、事例発生場所を管轄する津久井保健福祉事務所に衛生検査は配置されていない。本事例の細菌検査は厚木保健福祉事務所衛生検査課で初期対応したが、その後、発生規模の拡大および検査の緊急性から衛生研究所においても細菌検査を分担して実施した。また、F病院入院患者、N施設入所者およびF病院の排水から分離されたO157:H7についてパルスフィールドゲル電気泳動によるDNAパターン解析を行い、いずれも同一であることを示した。

行政の対応:
6月16日に初発患者の届け出がなされたが、実際にはこの時点で他にも有症者のいたことが後に確認され、保健福祉事務所では健康状況等の情報収集作業に所をあげて着手した。情報収集にあたり既存のマニュアル類に記載のない様式類については、情報収集や情報の管理に必要なものを作成して対応した。
感染の有無や感染経路を明らかにすると共に、二次感染を予防するためF病院およびN施設の入院患者または入所者、通院患者または通所者、職員(必要に応じてその家族)について検便を実施した。
地域への蔓延防止対策として、O157陽性であった職員および退院患者とその家族について健康調査および検便を実施した。特に通所者については家庭訪問を行い健康状態の把握に努めた。
6月16日から7月4日まで、保健婦がF病院およびN施設において現場の状況を直接確認しながら、健康調査および保健指導を実施した。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:
集団発生事例に関する疫学調査について、疫学の専門的立場からの指導助言を求めるため、6月30日付で国立感染症研究所に協力を要請した。
7月5~14日に感染症情報センターから1名とFETPから2名、同月17~21日に感染症情報センターおよびFETPから各1名が調査にあたった。

事例の教訓・反省:
本集団発生事例の通報は、初発患者の発生から4日を要した。発生場所が高齢者患者の多い病院および老人福祉施設であるという特殊性も要因と思われるが、院内の感染症に対する危機管理体制の整備、行政におけるその指導強化等が適切な初動体制を行う上で必要になる。他に検便等の検体搬送を含めた検査体制、組織的な応援体制、入院等重症患者への対応、原因究明の対処方法、情報収集等に検討すべきことがあった。

現在の状況:

今後の課題:
病院あるいは施設において、日常の感染症発生予防に努めるとともに、感染症発生時の対応について早急に検討し、実践することが必要である。保健福祉事務所の初動は、初発の状況を早期に的確に把握するところから始まる。感染症の届け出や通報はできるだけ早期に正確に行い、日常の感染症発生予防や発生時の対応を適切に実施できるように、指導を強化する必要がある。
集団発生では大量の細菌検査を要するので、そのための検査体制の検討、また防疫活動を行うにあたって、集団発生の規模、対策内容に応じた組織的な応援体制を整備しておく必要がある。
原因究明の迅速性を高めるためにも、初動体制の在り方の検討はもちろんのこと、初期の段階から衛生研究所との連携を密にすることや、場合によっては国立感染症研究所など専門機関と共同で原因究明に着手することも必要である。

問題点:

関連資料:
1. 神奈川県津久井保健福祉事務所管内で集団発生した腸管出血性大腸菌(O157)感染症報告書、神奈川県津久井保健福祉事務所(平成12年12月)
2. 病院および併設の介護老人保健施設における腸管出血性大腸菌O157:H7感染症の集団発生-神奈川県、病原微生物検出情報、21、221-222(2000)