No.657 オゴノリが原因と思われる食中毒

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/27
衛研名:愛媛県立衛生環境研究所
発生地域:愛媛県東予市
事例発生日:1982年4月
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:2名
死亡者数:1名
原因物質:不明
キーワード:海藻、オゴノリ、食中毒、ショック死、急性毒性

背景:

概要:
昭和57年4月9日、愛媛県東予市の某保育所(園児43名、職員6名)において昼食20~30分後に職員2名が、吐気、嘔吐、腹痛、下痢等の食中毒様症状を呈し、うち1名は入院治療を受けたがショック状態となり,喫食約10時間後に死亡した。死亡した1名は喫食約30分後に、吐気、腹痛、下痢をおこしたが嘔吐はなかった。14時30分に某医療機関を受診したとき、ひきつけ、チアノーゼ、血圧低下が著しかったので、ただちに抗ショック療法を受け一時寛解した。しかし、16時に血圧低下、ショック症状が再発したので抗ショック療法を再開、継続したが22時29分に死亡した。なお、臨床データーによるとEKG所見ではカリウム中毒の特異な波形は認められなかった。他の1名は喫食したものを嘔吐した後、症状は回復した。

原因究明:

診断:
以上、オゴノリには種々の薬理活性と毒性を認めた。特にモルモットにおける耳血管拡張等の諸症状は、中毒時に発現する急性毒性と関係するようにも考えられる。しかし、本研究において使用した各種エキスの用量は極めて高く、例えばCMエキス3.3g/kgは生オゴノリに換算すると約500g/kgに相当する。また、これらの薬理活性と毒性は腹腔内投与では認められたが、経口投与ではほとんど見られなかった。ヒトにおける中毒発現の過程から、もし毒性物質が存在していたとすると、それは極めて溶出、吸収されやすいことが予想される。このため、今回用いた3種類の溶媒抽出法で収得できない成分に毒性の候補があるとは考えにくい。従って、オゴノリは薬理活性と毒性を示す成分を含むと言えるが、それがヒトに中毒を与えることを示唆するデータは得られなかった。
なお、新鮮なオゴノリを市販の形態にするためには石灰処理を行うが、この操作によりオゴノリの種々の急性薬理活性が消失したことから、市販のオゴノリの加工法は生物活性物質の除去という点で合理的な方法であり、その常識的な摂取ではヒトに中毒を起こすことはないと推定する。また、当地には「彼岸時期の海藻は食べるな」との言い伝えがあり、当時、ローカル紙にも大きくとりあげられた、フグが卵を生みつける等様々な理由があるようであるが、真相はいまだ不明である。

地研の対応:
保健所から搬入された食品等を検査したところ、検食と患者材料からは、腸炎ビブリオ、ブドウ球菌、サルモネラ、病原大腸菌等の食中毒菌は検出されず、また、いずれの検体からも、シアン,ヒ素、水銀等の汚染はなかったことから、今回の食中毒の原因は、昭和55年8月に山形県で5人の家族が同じくオゴノリ科の海藻(ツルシラモ)を食べ、直後から4名が吐気、嘔吐、下痢の症状を訴え、うち1名の女性が翌日死亡した例(原因物質は不明)に類似していることから、当所でもオゴノリの毒性について調査を開始した。
方法は昭和55年山形県衛生研究所で実施したメタノール法1)により精製した抽出液について、マウス毒性試験を実施したところ、典型的な麻痺症状と致死効果がみられた。しかしながら、致死効果が見られたオゴノリ抽出液中には大量のカリウムが存在し、マウス一匹あたりのカリウム投与量は8.0~17.2mgに達していると分かった。そこで、これらの抽出液から血清カリウム抑制剤である「カリメート」を用いてカリウムを除去した試験用液をマウスに投与したところ毒性は認められなくなった。以上のことから次のように推定し、対処した。
(1)マウスに対する麻痺症状、致死効果は、試験溶液中のカリウム濃度により変動していた。
(2)本中毒で死亡した患者は、EKG所見から高カリウム中毒ではなく、ショック症状を呈する他の中毒物質の可能性が高い。また、死亡患者が喫食したオゴノリ中のカリウムの量は約50mgであり、この量は牛乳一本(200ml)中に含まれる量の約1/4である。したがって、本中毒例は高カリウム中毒ではなく、他の毒性物質の存在の可能性が高い。
(3)マウスを使用する毒性試験では、カリウムによる影響が大きく、オゴノリに由来する毒性効果を正しく評価することが困難であり、原因物質も不明であったが、今後は厚生科学研究補助による「海藻(オゴノリ)による原因不明の食中毒の解明に関する研究」(班長:国立衛生試験所、原田正敏)に分担研究者として参加し問題の解明に取り組むこととした。

行政の対応:
東予保健所は医師からの連絡を受け、本庁担当課に通報するとともに保育所の喫食調査をしたところ、症状を呈したのは職員に限られていたことから、職員が給食以外に喫食した海藻(オゴノリ)が原因と推定した。
喫食者の構成と症状等を表1に示す。東予保健所の調査によるとオゴノリの採取状況等は次のとおりである。
4月8日、17時30分頃、愛媛県東予市河原津大崎の鼻海岸で、Dの夫がオゴノリ約1kgを採取し、その一部(約300g)をDが調理し、同家族が夕食に喫食したが異常はなかった。翌4月9日、Dが残ったオゴノリを保育所に持参し、Aが調理し職員5名に約30gずつ盛付けし、三杯酢にひたしたのち昼食時に喫食した。調理方法(熱湯処理時間等)は本人死亡のため不明である。
一方,検食(4月7日~9日)と患者材料(便、血液、尿、吐物)ならびに職員が食べ残したオゴノリを衛生研究所に搬入し原因物質の検索を依頼した。
表1摂取状況および中毒症状
摂取者 性別 年齢 摂取量   症状 等
A    女  33  30g  吐気、腹痛、下痢、ショック症状、死亡
B    女  55  20g  吐気、嘔吐(3回)、回復
C    女  28  10g  発症せず
D    女  46   5g   発症せず
E    女  43   3g  発症せず

地研間の連携:

国及び国研等との連携:
昭和57~59年度にかけて「海藻(オゴノリ)による原因不明の食中毒の解明に関する研究」(国立衛生試験所、愛媛県立衛生研究所、山形県衛生研究所)に参加し共同で次のことを実施した。
生オゴノリ10kgを凍結乾燥後、析出した塩を除き、エーテル→クロロホルム:メタノール(1:1)→メタノールの順に3種類の溶媒系で抽出した後、溶媒を減圧留去しそれぞれエーテルエキス(Eエキス)、クロロホルムーメタノールエキス(CMエキス)、メタノールエキス(Mエキス)を得た。さらにMエキス10gを水100mlに分散後、nブタノールで抽出し、水層は凍結乾燥し、nブタノール層は溶媒を減圧留去して、それぞれ水エキス(Aqエキス)、nブタノールエキス(Buエキス)を得て、その作用を調査したところ次の結果を得た。
(1)オゴノリ中のヒスタミン
生オゴノリ中のヒスタミンは2.5ppmであり、この程度のヒスタミンを含むオゴノリを摂取してもヒスタミンによる食中毒を起こすことは考えられない。
(2)モルモットにおける症状観察
CMエキスまたはMエキスを3.3~6.0g/kgあてモルモットの腹腔内に投与したところ、まず耳血管の赤変、拡張が起こり、約10分間持続した。その他の症状として掻鼻、排尿、排便等が見られ、高用量の投与群では12時間以後に死亡する例が観察された。これらの症状はモルモットにヒスタミンを投与すると得られる症状に似ているので、ヒスタミン3mgを腹腔内に投与したところ、多くの類似点が見られたが、耳血管の赤変、拡張はヒスタミンの投与ではむしろ黒変した。また、先の掻鼻などの症状からエキス中にヒスタミンやアセチルコリンの存在が疑われたので、ヒスタミン並びにアセチルコリンそれぞれの特異的な拮抗薬であるジフェンヒドラミンとアトロピンを用いて薬理実験をした。その結果、ヒスタミンが起こした諸症状はジフェンヒドラミンによりすべて拮抗されたが、CMエキスまたはMエキスが起こした症状は各拮抗薬及びその併用によって影響されなかった。
従ってCMエキス並びにMエキスが起こした掻鼻、排尿、排便等の作用はヒスタミン様作用やアセチルコリン様作用とは異なった作用機序であると推定した。
(3)マウスにおける症状観察
各エキスを大量投与した時にのみ致死活性を示した。経口投与では、CMエキス20g/kg、Aqエキス20g/kgで、また腹腔内投与ではCMエキス5g/kg、Mエキス10g/kgで死亡した。これらの結果は各エキスとも極めて急性的な毒性が低いことを示す。作用を発現した各エキスに含まれる灰分の当量分の投与では作用がないので、各エキス中の毒性発現物質は何らかの有機物であると推察する。なお、細胞毒性を持つプロスタグランジンE2についても検索したが検出しなかった。
(4)中枢興奮作用
Eエキスでは他のエキスと異なり、静脈内投与で150mg/kg、腹腔内投与で300mg/kg、経口投与で500mg/kgで興奮作用を認めた。しかしながら、中枢興奮作用を持つ化合物は特定できなかった。

事例の教訓・反省:

現在の状況:

今後の課題:

問題点:

関連資料:
1) 森田建基ほか:愛媛衛研年報、44,55(1983)
2) 鈴木英世ほか:食衛誌、27,393(1986)
3) 鈴木英世ほか:食衛誌、27,387(1986)