[ 詳細報告 ]
分野名:化学物質による食品汚染
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/27
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:全国
事例発生日:1970年頃~
事例終息日:
発生規模:全国
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:PCB、有機塩素系農薬
キーワード:母乳、PCB(Polychlorinated biphenyl)、DDT、DDE、BHC(HCH;Hexachlorocyclohexane)、HCB(Hexachlorobenzene)、クロルデン
背景:
母乳は乳児にとって、完全栄養食であるばかりでなく、感染防御に役立ち、また母乳哺育は精神発達の上でも極めて重要であるが、同時に母乳分泌は、PCB、DDT、BHC等の脂溶性難分解物質を体外に排泄する最大のルートである。母体は20年から30年近くかかって少しずつ食品等から蓄積してきた汚染物質の30~50%を、ほんの3~6ヶ月間で母乳を通じて、乳児の体内に供給する。乳児にとっては、栄養を得る重要な源泉であるはずの母乳が、逆に、乳児の健康に負の影響を与えている可能性もある。
1968年、いわゆる「K油症」事件が発生し、以来PCB汚染に対する関心が次第に高まった。PCBは、酸やアルカリに安定で、熱にも分解され難いため、日本では主にコンデンサー等の絶縁体として用いられており、現在でもなお残っているものもあると考えらる。PCBの世界の累積生産量は約120万トン、そのうちの約6万トンが日本の累積生産量である。
DDTは戦後特にノミ等駆除のため多量に散布された殺虫剤である。DDEはその代謝物で、ともに毒性は高く、非常に高い残留性を持つ。DDTの累積生産量は世界で約300万トン、日本では約3万トンである。
BHCは、水田の害虫に効果のある殺虫剤で、特に稲作の盛んな東南アジアで多量に使用された。BHCには、α-BHC、β-BHC、γ-BHC、δ-BHCの4つの異性体があり、δ<γ<α<βの順に慢性毒性が強くなる。特にβ-BHCは動物の体内に蓄積されやすく、分解されにくい。BHCの世界の累積生産量は公表されていないが、100万トンを越えているのは確実といわれており、日本国内での累積生産量は約40万トンと見積もられている。また、インド等発展途上国では、現在でも多量に使用されており、周辺地域や海洋汚染は現在も進行中であると言われている。
これらの有機塩素系化合物は、我が国では、1970年代前半に使用禁止となったため、現在では環境汚染レベルは年々減少している。有機塩素系化合物の人体への供給源はほとんどが食品由来である。食品の中でも、供給源の約8割は魚介類によることが明らかにされており、大気や飲料水からの汚染は、農薬散布による短期間暴露などの特例を除けば、量的には非常に少ない。
一方、クロルデンは、木食い虫やシロアリ防除に使用され、木材や家屋に直接散布する殺虫剤で、その使用量は1980年代に入って急激に増加した。環境庁は、1986年に全国規模の環境汚染調査結果をまとめ、魚介類汚染が西日本を中心に広がっていることを発表した。さらに、通産省と厚生省の調査により、クロルデンが特定化学物質指定のための3条件(難分解性、蓄積性、慢性毒性)を満たすことが明らかになり、関連業者の自主規制に続いて、1986年9月に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」により第一種特定化学物質に指定された。その結果、クロルデンの使用が規制されたほか、クロルデンを使用した防虫、シロアリ防除剤等の製品の輸入が禁止されるに至った。
BHC、DDTなどの有機塩素系農薬やPCBは、数多くの調査研究によって、人体汚染経路が開放系環境にある魚介類が中心であることが明らかにされている。これに対し、クロルデンは主に床下等に散布されることから、魚介類経由の食物連鎖系に加えて、閉鎖系での直接的な人体汚染経路をもつことが予想される。
概要:
原因究明:
母乳中の有機塩素系化合物の測定は、キャピラリーGC/MSを用いて行った。詳細な定量法は文献(4)(5)および(9)を参照。
診断:
地研の対応:
行政の対応:
大阪府では、1973年度より、大阪府保健衛生部を実施主体として府保健所、大阪市環境保健局、堺市衛生部、東大阪市保健衛生部の協力のもと、大阪府母乳栄養推進事業を現在に至るまで行っており、府立公衆衛生研究所では、大阪府下在住の授乳婦について、出産後1ヶ月から3ヶ月の授乳婦の母乳中のPCB等有機塩素系化合物を測定している。現在モニターしている汚染物質は、PCB、β-BHC、DDT、DDE、HCB、HCE(Heptachlorepoxide)、クロルデン類3種(trans-Nonachlor、cis-Nonachlor、Oxychlordane)の9物質である。
また、年に一度、大阪府保健衛生部保健予防課の主催により、「大阪府母乳栄養推進事業検討委員会」を開催し、母乳哺育の安全性の確認等、総合的な判断を下している。現在まで、母乳哺育による乳児への危険性等、報告の事例は一度もなく、一般の授乳婦については、母乳栄養の優秀性を考慮して、母乳育児を推進して差し支えないという行政判断に至っている。また、クロルデンについては、散布したクロルデンが精米に吸着するという、我々の研究結果から、精米の密封保存等について指導を行った。
地研間の連携:
国及び国研等との連携:
事例の教訓・反省:
現在の状況:
今後の課題:
「近年、環境中に放出されている『ある種』の化学物質が、野生生物の生態系に、特に内分泌系を中心に広範な影響を及ぼしている、またひいては人体にも影響を及ぼしている可能性がある、とする報告が数多く提出されている。このような化学物質は、『内分泌撹乱物質(Endocrine Disruptor)』と総称されている。」、と次の報告書に記載されている:平成8年度厚生科学研究健康地球研究計画推進研究事業研究課題「化学物質のクライシスマネジメントに関する研究」主任研究者瀬高守夫。
この報告書の中で、β-BHC、DDT及びPCBは、「内分泌学的解析が十分検討され、エストロゲン作用が明らかに証明されている物質、あるいはその作用に起因する毒性が確認されている物質」と定義されており、環境エストロゲン様物質として、最上位に分類されている。これら環境エストロゲン様物質の内分泌撹乱に係わる作用機序に関しての研究は始まったところである。これらの基礎研究に加え、野生動物への影響、人の健康影響等の調査・研究の早急な実施が望まれる。
問題点:
関連資料:
1) 小西良昌,薬師寺積,田口修三,西宗高弘,田中凉一:白アリ防除家屋における食餌性クロルデン量の増加,食衛誌,31,238~243(1990)
2) 薬師寺積,小西良昌,田口修三,西宗高弘,田中凉一:白アリ防除家屋における空気中クロルデン量のコメへの吸着,食衛誌,32,78~85(1991)
3) 小西良昌,薬師寺積,西宗高弘,國田信治:母乳の有機塩素系化合物汚染調査(第15報)-クロルデン汚染を中心に-,大阪府立公衛研所報,食品衛生編,第20号,35~41(1989)
4) T. Yakushiji, I. Watanabe, K. Kuwabara, S. Yoshida, K. Koyamaand K. Kunita: Levels of polychlorinated biphenylls (PCBs) and organochlorine pesticides in human milk and blood collected in Osaka pfefecture from 1972 to 1977, Int. Arch. Occup. Environ. Health, 43, 1-15(1979)
5) 薬師寺積,渡辺功,吉田精作,田中凉一,樫本隆,國田信治:母乳中の有機塩素系化合物の分析法,大阪府立公衛研所報,食品衛生編,第11号,87~91(1980)6
6) I. Watanabe, T. Yakushiji, K. Kuwabara, S. Yoshida, K. Maeda, T. Kashimoto, K. Koyama and N. Kunita: Surveillance of the daily PCB intake from diet of Japanese women from 1972 to 1976, Arch. Environ. Contam. Toxicol., 8,67-75(1979)
7) 薬師寺積,田口修三,田中凉一,國田信治:母乳および血液中のポリ塩化ビフェニール等の継続調査(第14報),大阪府立公衛研所報,食品衛生編,第17号, 61~66(1986)
8) FAO/WHO: “”1977 Evaluations of Some Pesticides Residues in Food””, Rome, Food and Agriculture Organization of the United Nations (1978)
9) 小西良昌,田中之雄,西宗高弘:母乳の有機塩素系化合物汚染調査(第16報),大阪府立公衛研所報,食品衛生編,第25号,15~420(1994)
10) 桑原克義,松本比佐志,村上保行,堀伸二郎:19年間(1977年~1995年)におけるトータルダイエットスタディー法による大阪在住成人のPCB及び有機塩素系農薬の1日摂取量の推移,食衛誌,38, 286~295(1997)