No.702 魚貝クロルデン

[ 詳細報告 ]
分野名:化学物質による食品汚染
登録日:2016/03/17
最終更新日:2016/05/27
衛研名:東京都立衛生研究所
発生地域:全国(沖縄、九州など、温暖な地域でクロルデンの使用量が多かった)
事例発生日:1978年~
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:不明(直接被害)
死亡者数:0名
原因物質:工業用クロルデン
キーワード:クロルデン、魚貝類、有機塩素系農薬、シロアリ駆除剤、残留、GC/MS

背景:
東京都の残留化学物質の生物モニタリングの中で、1978年に東京湾で採取した海産魚マハゼからシロアリ駆除剤クロルデンの主成分及び代謝産物を同定1,2)した。また同時期、沖縄県公害衛生研究所においても水、底質、魚などからクロルデンを検出3)した。これらの報告を契機にわが国の魚介類のクロルデン汚染が明らかになってきた。
わが国では昭和25年(1950年)からクロルデンを農薬として許可していたが、その使用量は極めて少なかった。クロルデンはディルドリン等と同じ環状ジエン農薬であり、残留性の高さから昭和43年(1968年)に農薬取締法における登録が失効した。しかし、その後、クロルデンはシロアリ駆除剤、キクイムシ防除剤として急速に使用量が増加し、魚貝類の汚染が拡大したものと言える。
シロアリ駆除剤としての用途は農薬取締法の対象外であり、通産省、農林省、建設省などがシロアリ駆除剤として、クロルデンの使用を奨励する側にあったことも汚染の拡大に繋がったと考えられる。全国の魚貝類、農産物、畜産物、母乳などの汚染を契機に1983年に劇物指定、1986年9月には“化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律”(化審法)により「特定化学物質」に指定され、クロルデンの製造、販売、使用は禁止された。

概要:
実際に使用された工業用のクロルデンは塩素数6-9個を含む、数十成分の混合物で,主
成分は、trans-chlordane、cis-chlordane、trans-nonachlor、cis-nonachlor, heptachlor,α-chlordene、β-chlordene、γ-chlordene、compound C、compound K等である。魚貝類からはこれらの化合物と代謝産物であるoxychlordane, heptachlor epoxide等が検出される。全国的な環境等の汚染調査として、昭和58年の環境庁によるクロルデンの汚染実態調査が地方自治体の研究機関の協力のもとに開始4)された。その結果、全国の多くの地点で採取された魚貝類からクロルデンは検出された。また、クロルデンによる井戸水汚染事故5)、魚介類等、各種食品中の残留6)、母乳からの検出7)、シロアリ駆除作業者の血液中からの検出等から、化審法による法規制へと繋がった。ところで、クロルデンの年間使用量は多い時(1983-1985年)には、2,000トンを超えていた。クロルデンに汚染された魚貝類を摂取した場合、ヒト体内に残留し、健康に悪影響を及ぼしていると推定されるが、残留濃度などから直ちに中毒等に結びついているとは考えにくく、直接的な健康被害としては確認できていない。

原因究明:
クロルデン類の残留実態の解明には、機器分析による測定が一般的で、GC-ECD,GC/MSが使用される。GC-ECDは高感度測定が可能であるが、PCBs, 有機塩素系農薬などとの分離が難しいため、GC/MSによるSIM測定がより適した分析法といえる。さらに、クロルデンは異性体等の多成分を含むため、高分離なキャピラリーカラムの使用も必須である。クロルデン類の確認(定性)にはGC/MS測定におけるマススペクトル(EI,CI他)及び保持時間の標準品との一致が前提となる。定量分析はGC/MS(EI,CI(ネガテブ))によるSIM測定が用いられている。

診断:

地研の対応:
各地方自治体の衛生研究所、公害研究所、環境保健研究所などにおいて、昭和53年以降、魚貝類を中心にクロルデンの汚染の調査が開始された。各地方衛生研究所の年報からは東京都、沖縄県、大阪府、横浜市、宮崎等における食品等の汚染調査が報告されている。

行政の対応:
クロルデンの調査については上記、地方衛生研究所の調査、研究が先行した。国としては、厚生省環境衛生局食品衛生課(現、食品保健課)は昭和58年度から3カ年計画で、各種食品中に含まれる有害物質の汚染調査6)を開始した。この事業の中でクロルデン類の汚染状況を調査したところ、多くの食品に残留していることが明らかとなった。
環境庁は各都道府県等に検査を依頼して、環境試料(水、底質、魚介類、野鳥等)中のクロルデン調査を昭和58年度(1983年)より開始し、その汚染状況を把握している。通産省は魚介類、食品及び母乳の残留などを契機に1986年9月、化審法によりクロルデンを「特定化学物質」に指定し、クロルデンの製造、販売、使用を禁止した。
なお、東京都では環境汚染のモニタリング事業として、東京湾産アサリ及び市場流通魚介類中のクロルデン濃度を現在も継続して測定している。

地研間の連携:
各地研間における業務の連携は多くないが、各地研間で入手できない標準品の供与や、情報交換などがある。なお、各地方衛生研究所の研究員が参加している、全国衛生化学技術協議会、日本食品衛生学会、日本公衆衛生学会などを通しての発表、雑誌投稿などによ
り汚染状況の解明、分析法の開発などに寄与している。

国及び国研等との連携:
地方と国及び国の研究機関との連携業務も多くない。前述の厚生省環境衛生局食品衛生課(現、食品保健課)は昭和58年度から3カ年計画で、各種食品中に含まれる汚染有害物質の汚染調査(クロルデン調査)における各地方衛生研究所の協力を基に国立衛生試験所により測定された。また、環境庁における化学物質の汚染調査の中で、クロルデンは生物モニタリングの「調査対象物質」となり汚染実態調査が行われている。実際の分析は各地方の公害研究所(環境保健)、衛生研究所等が担当しており、国との協力体制の中で進められている。

事例の教訓・反省:
クロルデンの残留性の高さはR・カーソン著「沈黙の春」などにより、すでに明らかになっており、農薬取締法において、登録は抹消されたが、シロアリ駆除剤としての用途は農薬取締法、薬事法などの対象外であり規制がなかった。さらに、通産省、農林省、建設省などがシロアリ駆除剤として、クロルデンの使用を許可していためにこのような汚染の拡大を生んだ。情報収集の徹底と化学物質に関する各省庁間の連絡の取り方などにも問題があったと考える。

現在の状況:
1986年に化審法の特定毒物に設定され、クロルデンの使用、製造、輸入などが全て、禁止された。しかしながら、DDTなど他の有機塩素系農薬類と同様に、使用禁止になって、10年以上経過しても、魚介類中の残留が認められている。
検査技術:クロルデンには多くの異性体などが存在するため、キャピラリーカラムによる高分離GC/MSを用いたSIM(選択イオン検出)法が現在最も適した分析法といえる。監視体制:魚貝類のクロルデン残留は汚染源に近いほど、脂肪含量の高い種類ほど高く、
また、生態系における食物連鎖、生物濃縮も加味して調査すべきである。さらに、残留性の高い有機塩素系化合物(農薬類)を含めた継続した監視体制の確立が望まれる。
設備等:通常の理化学実験室での対応で十分と考える。なお、キャピラリーGC/MS装置は必須である。

今後の課題:
1) 環境庁による調査及び東京湾アサリを用いた残留調査のいずれでも、クロルデンは禁止後、約10年が経過した現在でも検出され、その残留性の高さが証明される。そのためにも、今後とも魚介類中のクロルデン汚染の実態調査が必要であろう。
2) クロルデンは内分泌損傷物質(環境ホルモン)としてもリストアップされており、新たな毒性が問題となってきた。そのためにこれまでの測定濃度よりも低いレベルが求められる状況になってきているため、再評価が必要かも知れない。
3) 国及び自治体として、魚介類に残留するクロルデン類の環境ホルモンとしての評価が求められると考える。

問題点:

関連資料:
1)T. Miyazaki et al.: Bull. Environ. Contam. Toxicol. 23, 631-635(1979)
2)宮崎奉之ら:東京都衛研年報 31-1, 161-165(1980)
3)大城善昇:沖縄県公害衛生研究所報14, 1-16(1981)
4)環境庁:環境保健部保健調査室レポートシリーズNo.9昭和58年版ケミカルアセスメントアニュアルレポート“化学物質と環境”(この年度より継続調査中)
5)椎葉輝夫ら(宮崎県延岡保健所):日本公衆衛生学会発表(横浜、11/8-11, 1983)
6)厚生省環境衛生局食品衛生課昭和58年食品汚染有害物質調査報告書
7)関田 寛ら:衛生試験所報告103, 137-142(1985)
8)T. Miyazaki et al.: Bull. Environ. Contam. Toxicol. 25, 518-523(1980)