[ 詳細報告 ]
分野名:化学物質による食品汚染
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:大阪府立公衆衛生研究所
発生地域:国内広域
事例発生日:1970年頃~
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:
死亡者数:
原因物質:原因物質:フタル酸エステル及びその代謝物
キーワード:キーワード:フタル酸エステル、DEHP (di(2-ethylhexyl) phthalate)、DOP (dioctyl phthalate、DEHPと同じ物質)、DBP(dibutyl phthalate)、フタル酸
背景:
環境ホルモンとして最近注目されてきたが、これについては後述する。
まず、フタル酸エステルについて問題となった1970年代初期にまとめられた論文がある:片瀬隆雄(神奈川県立衛生短期大学),“第二のPCB”フタル酸エステル,食の科学No.8(1972年10月),104~111(財)農政調査委員会編集,日本評論社発行)。
これによると、「フタル酸エステルのおもな用途は、水に溶けず、有機溶媒に溶けるので、プラスチック、とりわけポリ塩化ビニールを加工しやすくするために加える可塑剤として用いられる。その他、不揮発性で混和力があるので、船舶塗料、顔料分散剤、印刷インキ、香料の溶剤や殺虫剤製造、ノーカーボン紙溶剤などPCBと同じような用途を持っている。ベトナム戦争における野戦病院では、新しいプラスチックの輸血用器具がどんどん使われ、負傷者に輸血した後で『肺ショック』という現象がおこるときもあり、ときには命にかかわることもある。とりわけプラスチック輸血器具に長く保存した血液を使った場合に多い。しかし、臨床の場合、原因をたった一つにしぼることは大変むずかしい。とりわけ患者の処置中のことであるから、それが原因とも考えられる。逆に、患者であるから些細なその外因が新しい現象を誘発したともいえる。・・・」
概要:
原因究明:
診断:
地研の対応:
フタル酸エステルの安全性が問われる事となり、人体あるいは環境への蓄積性が懸念されるようになった。そこで地研においては、その視点からの分析調査がなされた。
大阪府立公衆衛生研究所では、魚及び人体試料中のフタル酸エステル分析が行われた(1974年)。以下にその概略を示す。まず、魚では、大阪府下の市場よりハマチ、アジ、メバル等海産12検体を分析した。そ
の結果、DBP、DHP(diheptyl phthalate)及びDOPの3種は、1検体を除き、いずれも検出限界(0.05~0.4ppm, on whole basis)未満であった。ハマチ1検体からtrace(0.1~0.2ppm)のDOPが検出された。
次に、人体試料(上記に加えDIBP(diisobutyl phthalate)の4種のフタル酸エステルについて、母乳9検体(一般人)では、いずれも検出限界(0.005~0.025ppm, on whole basis)未満であった。血液6検体(一般人)では、いずれも検出限界(0.03~0.05ppm, 全血あたり)未満であった。人体脂肪10検体(府下病院で手術を受けた患者の試料)では、1検体を除き、いずれも検出限界(0.1~0.7ppm, on fat basis)未満であった。1検体(女性、大網脂肪組織)からtrace(0.7~1.4ppm)のDBPが検出された。
以上の結論として、「フタル酸エステルは蓄積性が低いこと、容器包装等から溶出した化合物を摂取することにより、体内へのフタル酸エステルの摂取量はmgオーダーと推測され、ADIをかなり下回っており、人体に対する影響はそれほどでもない。尚、医療器具関係については、人体移行量も大きく、また対象者が健常人でないので今後とも検討が必要である。」、としている。(出典:渡邊功ら,大阪府立公衛研所報食品衛生編, 6, 29~35(1975))
行政の対応:
地研間の連携:
国及び国研等との連携:
事例の教訓・反省:
現在の状況:
今後の課題:
「近年、環境中に放出されている『ある種』の化学物質が、野生生物の生態系に、特に内分泌系を中心に広範な影響を及ぼしている、またひいてはヒトにも影響を及ぼしている可能性がある、とする報告が数多く提出されている。このような化学物質は、『内分泌撹乱物質(Endocrine Disruptor)』と総称されている。」、と次の報告書に記載されている:平成8年度厚生科学研究健康地球研究計画推進研究事業研究課題「化学物質のクライシスマネジメントに関する研究」主任研究者瀬高守夫。
上記報告書の中で、「調査した化学物質については、文献で報告されている種々の毒性データから、環境エストロゲン様物質として、以下の4つのカテゴリーに分類された。」、とあり、「(1)内分泌学的解析が十分検討され、エストロゲン作用が明らかに証明されている物質あるいはその作用に起因する毒性が確認されているもの。(2)、(3)、(4)略。(1)の例としては、phthalate類(フタル酸エステル類)その他があげられ、phthalate類のエストロゲン作用は、生体エストロゲンと比較すると1,000倍から10,000倍弱いことから、このような微弱な作用が生体にどの様に影響するか否かについては今後検討する必要がある。」、と記載されている。さらに、内分泌撹乱物質の根拠となる文献として、フタル酸エステルでは次の論文が記載されている:#1
問題点:
関連資料:
したがって本稿では#1の文献の概要を紹介する。
#1 Susan Jobling, Tracey Reynolds, Roger White, Malcolm G. Parker, and John P. Sumpter: Avariety of Environmentally Persistent Chemicals, Including Some Phthalate Plasticizers, Are Weakly Estrogenic, Environ. Health Perspect. 103(6), 582~587 (1995)
「ニジマスの肝臓を取り出し、細胞質ゾル(cytosol)抽出物の中のエストロゲンレセプターとラベル化17β-エストラジオール([2,3,7-3H]17β-estradiol)との結合を阻害する化学物質を検索したところ、フタル酸エステル類のBBP(butylbenzyl phthalate)とDBPに活性が見られた。さらに、ヒト乳がん細胞に対する分裂促進(mitogenic)の影響を見るテストでも、この2種フタル酸エステルにはエストロゲン効果が認められた。但し、環境エストロゲンであるoctylphenolや、天然エストロゲンの17β-estradiolよりも弱いものであった。
米国では、食品中のDBP濃度は、50~500μg/kgであり、1987年の英国の調査によると、セルロースフィルムでパッケージされた食品中のDBP摂取量は、1日あたり230μgであった。事実、ポリプロピレンフィルム印刷で包装されたじゃがいもスナックやチョコレートバーから14mgDBP/kg以上が検出された。我々の研究では、10-6~10-4M濃度のinvitroでDBPとBBPはエストロゲン活性があった。しかしこれらは、あくまでin vivoの実験ではない。
結論として、著者らは、実に多くの化学物質が弱いエストロゲン活性を有することを発見したが、化学構造との関連性は見出せなかった。水生生物は、恐らくこれらの弱いエストロゲン化学物質に暴露されているし、ヒトを含む陸上生物もいろんなルートで暴露を受けている。In vivoで影響を確かに受ける化学物質濃度は、基本的に不明であり、生物はいつも同時にエストロゲン物質の混合物にさらされて生活している。無数の化学物質の影響を計り知る研究は今日までなかった。最近、環境エストロゲンと、いくつかのヒトの疾病、例えば男性の生殖障害や睾丸がん、女性の乳がん等との因果関係が示唆されてきている。著者らは、フタル酸エステルやいくつかの食品添加物がin vitroで弱いエストロゲン活性があることを見出したが、上記の疾病への役割を説明するまでには、さらに多くのin vivoに於ける研究が必要である。」、と上記論文で、2種のフタル酸エステルがエストロゲン活性を有していることをinvitroの実験で明らかにしている。
さらに、フタル酸エステルの毒性実験に関する論文2編を追記しておく。
#2 Ema M, Miyawaki E, Harazono A, Kawashima K (National Instituteof Health Sciences, Osaka Branch, Japan; ema@nihs.go.jp): Deveropmental Toxicity Evaluation of Phthalic Acid, One of the Metabolites of Phthalic Acid Esters, in Rats, Toxicol. Lett., 93:2~3, 109~115(Dec.,1997)(ラットにおけるフタル酸の発生毒物学的評価)(国立医薬品食品衛生研究所大阪支所)
この論文によると、「フタル酸エステル代謝物の一つフタル酸を妊娠ラットに投与(エサに混合、0, 1.25, 2.5, 5.0%)(妊娠7日~16日まで)。どの群においても、死亡や重大な症状は見られなかった。また、胎児の数や性別比率にも有意な変化は見られなかった。5%投与群で、オス胎児体重の減少、尾部脊椎骨骨核数の減少が有意に見られた。しかし、胎児の形態学的所見では、奇形の発生は認められなかった。したがって、フタル酸エステルによる発生学的毒性の発現という意味では、フタル酸は関与していないものと思われる。」、としている。
#3 Lamb J. C. IV, Chapin R. E., Teague, J., Lawton, A. D., Reel J. R.: Reproductive Effects of Four Phthalic Acid Esters in the Mouse, Toxicol. Appl. Pharmacol., 88(2), 255~269 (1987)(マウスでの4種フタル酸エステルの生殖への作用)
この論文によると、「雄雌CD-1マウスに交配前7日間と98日同居の間、ジエチルフタレート(I)(0, 0.25, 1.25, 2.5%)、DBP(II)(0, 0.03, 0.3, 1.0%)、ジ-n-ヘキシルフタレート(III)(0, 0.3, 0.6, 1.2%)、DOP(IV)(0, 0.01, 0.1, 0.3%)を食餌として与え、生殖機能を調べた。Iでは、体重、肝重量に有意差、他は影響なし。IIは、低用量で影響なし、1.0%で児の数、生存数、生存率が減少。交差交配では雌のみに影響。IIIでは、用量依存の影響が見られ児の数、生存数、生存率が影響。IVで受胎率、児の数、生存数が減少。
III、IVとも交差交配では雌雄が影響を受けた。フタル酸エステルのアルキル基の微細な変化で生殖毒性が大きく変化する。」、としている。