[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:愛媛県立衛生環境研究所
発生地域:愛媛県松山市
事例発生日:1987年9月
事例終息日:
発生規模:
患者被害報告数:0名
死亡者数:0名
原因物質:六価クロム
キーワード:井戸水、クロム汚染、メッキ工場、健康調査、尿検査
背景:
概要:
昭和62年8月下旬、愛媛県松山市内のA氏が松山中央保健所をおとずれ、自宅で利用している井戸水が最近少し黄色を呈したので、飲用に適しているか否かの検査をして欲しい旨の依頼があった。松山中央保健所で飲用適否の一般項目(一般細菌数、大腸菌群、塩素イオン、硬度、PH、味、臭気、色度、濁度、過マンガン酸カリウム消費量)の検査を実施したところ、色度以外は適合していた。その後、松山中央保健所の検査員が着色の原因を探るべく、鉄、クロム等の検査を実施したところ六価クロムが水質基準(0.05mg/l)をはるかに超える1mg/l検出した。
原因究明:
診断:
地研の対応:
行政の対応:
県保健環境部では松山中央保健所からの連絡を受け、付近の井戸水を検査したところ、六価クロムによって汚染された井戸(0.007~1.33mg/l)は松山市の特定地域を流れる用水の流域に集中し、上流に向かって井戸水中の六価クロム濃度が傾斜的に増大し、その上流にメッキ工場が存在することを確認した。そこで、環境保全課(公害担当者)、薬務課(毒物及び劇物担当者)、松山中央保健所の職員がチ-ムを組み同工場へ立入調査し工場内の土壌を検査したところ、同工場の敷地内の土壌が六価クロムによって汚染されており、雨水等で用水路に流出することが判明したので同工場を汚染源と断定した。その後、同工場の敷地内の土壌をボーリング調査し、汚染土壌の全てを公害防止の観点から適正に廃棄処分させた。
一方、同地域の井戸水を利用している住民に対しては、同地域に松山市上水道の配管が整備されていることから、井戸水を利用しないよう指導し、10月下旬までには全ての住民が上水道を利用することとなった。その後、井戸水中の六価クロムの変動は松山市公害課が定期的に検査を実施し、12月には六価クロム濃度が下がり始めたことを確認した。
松山市等の対応
松山市内の一地域における複数の井戸水が六価クロムに汚染されていることが判明したことから、昭和62年10月21日「松山市六価クロム地下水汚染に係る健康調査検討会」(会長:松山市医師会成人病センター所長、副会長:愛媛県立衛生研究所長、愛媛大学医学部公衆衛生学教室助教授、他3名の委員)を設置し、地域住民の健康影響を調査した。1)
(1)第一次健康調査の実施
対象 昭和62年10月22日~26日の間に、同市公害課が六価クロムを検出した10本の井戸水を使用している、あるいは最近まで使用していた当該地区住民15世帯42名。
内容 同市保健センターの保健婦が戸別訪問し、本人あるいは家族から、主訴、治療状況、既往歴、井戸水の使用状況を聞き取った。その際、尿中クロム濃度は暴露量や吸収量あるいは体内蓄積量を推定できる有用な指標であるため、健康調査時に尿を採取した。また、対象住民と比較する必要があることから、性、年齢をマッチさせた対象住民21名の尿も採取した。尿中クロムの分析は愛媛県立衛生研究所が担当した。
(2)第一次健康調査の結果と検討
1)六価クロムの汚染(暴露)開始時点及び暴露期間について
汚染開始時点は、前記A氏が自宅で使用していた打ち抜き井戸水が淡黄色を帯びてきたのに気付いた昭和62年8月中旬頃と推定した。また、前記健康調査対象者の汚染井戸水による六価クロムの暴露期間は、井戸水の使用中止時点(10月4日~23日)から50日~70日であると推定した。
2)六価クロムの人体への暴露経路について
住民は汚染井戸水を飲用と入浴等の雑用水に利用していた。六価クロムの人体への暴露経路としては経消化管と経皮ルートが考えられるが、今回のような比較的低濃度の六価クロム汚染水を扱うことに付随する経皮的吸収は極めて微量2)であることから、住民への六価クロムの暴露は、主に井戸水を飲用することによる経消化管吸収である。この場合六価クロムは胃酸により、毒性の低い三価クロムに変化を受け吸収率が落ちる3,4)。なお、経皮的なクロムの吸収はアレルギー機序による皮膚障害が発生する可能性4,5)も考慮しておく必要がある。
4) 六価クロムの総暴露量、総吸収量及び蓄積量について
総暴露量は、最低0mg(井戸水使用せず)から最大135.7mg(飲料水21、使用井戸水中の六価クロム濃度1.33mg/l、飲用期間51日)となる。総吸収量は消化管からの六価クロムの吸収率は、各報告3,6,7)により若干異なるが、仮に10%とすると最低0mgから最大13.6mgとなる。一方、体内蓄積量はヒトの六価クロムの生物学的半減期を3週間8,9,10)とすると、喜多村の方法11)により最低0mgから7mgとなる。
4)尿中六価クロム濃度の測定結果について
汚染井戸を使用していた42名の平均は3.16ppbであり、対照群21名の平均は2.31ppbであった。両群の間に統計的な有意差はなく、また、汚染井戸を使用していた者も正常値を大きく上回るものはなかった。また、尿中クロム濃度と使用井戸水中のクロム濃度の間にも関連性はなかった。
5)問診結果について
調査査対象者の中には皮膚症状として、右膝関節アトピー性皮膚炎、両下肢湿疹、乾燥性湿疹、腋下両手首湿疹の者が各1名ずつ計4例あった。このうち2例は今回の井戸水が汚染された時点よりも以前からあった症状であるが、他の2例は8月中旬および9月中旬頃から出現したとのことであり、六価クロム汚染水の使用との因果関係は否定できなかった。
6)第一次健康調査の結論
井上ら8)が1.0ppm前後の六価クロムを含む井戸水を5年3月間飲用していた家族5人について診察所見に異常はないと報告している。また、海外でもDavids12)が1.0ppm前後の六価クロムを含む井戸水を3年間飲用していた家族4人について生理学的検査で異常を認めていない。これらのことから今回のように最大で1.3ppm前後の六価クロムを含む井戸水を約2ヶ月間飲用したと仮定しても人体に健康障害が起こるとは考えにくい。
しかしながら、数例に関して尿中六価クロム濃度が対象に比べてやや高かったこと、また、2例の症状について六価クロム汚染との因果関係が完全には否定できなかったことから、検討会ではさらに慎重を期すため、飲料水の基準を上回って六価クロムが検出された井戸水を使用していた住民を対象として、第2次健康調査を実施すべきとの報告を行った。
7)第二次健康調査の実施
昭和62年11月6日、松山市成人病センターにて愛媛大学医学部、松山市成人病センターの医師等により、問診、理学的検査、尿検査、血液検査(血球計算、肝機能検査、クレアチニン、尿素窒素測定)を行い、主に皮膚障害、肝機能障害及び腎機能障害の有無を調べた。調査対象者は8世帯29名であったが受診者は14名であった。
8)第二次健康調査の結果
視診により、10歳女児1例にアトピー性皮膚炎を、43歳女性1例に背部湿疹を、54歳女性1例て手首、背中に皮膚色素斑を認めたが、前2者は乳児期および数年前から症状があったこと、後者も臨床所見の特徴から六価クロム暴露との関連はいずれも認められないと判断された。尿検査では2名に膀胱炎の所見があったが、腎障害を疑わしめる所見は無かった。血液検査では低色素性貧血1例、γ-GTPの軽度上昇1例がみとめられたが、問診や診察などから前者は胃潰瘍による二次的なものであり、後者はアルコール性肝障害によるものと考えられた。腎機能の指標となるクレアチニンや尿素窒素も異常を示した例はなかった。
9)結論
以上のことから、第二次健康調査では数例において軽度な異常所見が認められたが、いずれも六価クロム暴露との関連はないと判断され、また汚染井戸は全て使用中止となり上水道を利用していることから、今後問題が拡大することはないと判断した。そこで、検討会では62年11月13日、今後は汚染井戸が確認された地区の住民に対し通常の保健サービスを提供していく中で経過を見守っていくことでよいとの結論に達した。
地研間の連携:
国及び国研等との連携:
事例の教訓・反省:
現在の状況:
今後の課題:
問題点:
関連資料:
1)河野恒文ほか:松山市六価クロム地下水汚染による健康調査検討会報告書(1988)
2)長井二三子ほか:東京都衛研年報、28, 115(1977)
3)中川敦子ほか:同上、28, 118(1977)
4)佐谷戸安好ほか:科学の領域増刊、126, 111(1980)南江堂
5)桜井治彦ほか:産業中毒便覧、397(1977)医師薬出版
6)長井二三子ほか:東京都年報、27, 56(1976)
7)和田功:金属と人、115(1982)朝倉出版
8)井上勝弘ほか:公害と対策、9, 457(1973)
9) Mertz, W. etal.: Am. J. Physiol. 209, 489(1965)
10) Tossavainen, A. etal.: Bri. J. Indust. Med. 37, 285(1980)
11) 11)喜田村正志:環境情報科学、8, 14(1979)
12)Davids, H. W. etal.: Wat. Sew. Works, 98, 528(1951)