[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:神奈川県衛生研究所
発生地域:神奈川県平塚市
事例発生日:1988年5月、1989年5月
事例終息日:1990年5月
発生規模:
患者被害報告数:計397名
死亡者数:0名
原因物質:イタリアンライグラス花粉
キーワード:イタリアンライグラス、花粉症、結膜炎、アレルギー性疾患、抗原性、動物実験
背景:
昭和63年5月、神奈川県平塚市で小・中・高校生多数が目のかゆみ・痛みを訴え、目の充血や腫れをひきおこした。昭和60年頃より5月の連休明けの10日間ほど毎年同様の被害が起きていたようであった。眼科医の診察を受けたものはアレルギー性結膜炎と診断された。当該校は互いに隣接し、イタリアンライグラス(ライグラス)の圃場に囲まれている。発症は5月、ライグラスの開花期に限られ、晴天で風の強い日に多発するなどライグラス花粉に起因することが推察された。イタリアンライグラスはイネ科の植物で牧草として広く栽培されている。イネ科植物による花粉症は広く知られているが、ライグラス花粉症については発症例の報告は若干見られるものの、抗原性について確認した報告はなかった。
そこでライグラス花粉の抗原性について動物実験により検討を行いアレルギー性結膜炎発症とライグラス花粉との因果関係を検討した。
概要:
1)抗原性試験
モルモット(♂)を用いて花粉エキスを隔日3回腹腔内に投与し3週間の感作誘導を行った後、花粉エキスで感作誘発を行うと、振戦を伴う呼吸困難等アナフィラキシーショックを来して致死し、ライグラス花粉に抗原性を有することが判明した。
2)アレルギー性結膜炎誘発実験
モルモットにライグラス花粉点眼による、感作誘導7週間目に花粉を点眼し誘発を行ったところ、結膜の浮腫、充血が顕著に発現された。一方、無処置動物への花粉点眼では異常は認められなかったことから、ライグラス花粉は感作性を有し、アレルギー性結膜炎を引き起こすことが確認され、ヒトにおいて認められたと同様の眼症状が再現された。
3)アレルギー性鼻炎・喘息誘発実験
モルモットの鼻に花粉を噴霧し感作誘導を行った。5週間目に花粉噴霧による呼吸運動、心拍数及び血圧の変化をポリグラフで測定し、誘発の影響を調べたところ、花粉噴霧により呼吸数の減少、鼻水の排出並びに喘鳴が発現され、心拍数の減少も認められた。
このことは花粉症の一般症状である鼻炎及び喘息がライグラスにおいても引き起こされる可能性のあることが動物実験により確認された。
4)摘出腸管収縮試験
ライグラス花粉感作誘導モルモットから摘出した回腸標本をマグヌス管に懸垂し、花粉エキス及び抗アレルギー薬(トラニラスト)併用による腸管収縮作用を比較した。花粉エキスに対して、強い収縮を惹起したが、感作誘導していない無処置
動物では認めなかった。また、強い収縮はトラニラスト前処置により消失した。
このことは、花粉エキスに腸管の直接収縮作用はなく、mast cellからのchemical mediatorsの遊離を介する作用であることが示唆された。
原因究明:
診断:
地研の対応:
従来から当衛生研究所では、感染による可能性の低い原因不明疾患が県内に発生した場合には、動物実験等を用いて原因究明にあたってきた。今後もその方向が保持されていく。
行政の対応:
行政の対応
教育委員会より地区保健所に眼症発症の訴えがあった時点で、保健所は早速原因調査を開始した。患者の聞き取り調査、現地調査等の結果からライグラスによる花粉症を疑い、衛生研究所にライグラス花粉が発症原因であるかどうかの調査を要請された。動物実験によりアレルギー性結膜炎、鼻炎、喘息が再現され、ライグラス花粉が抗原性陽性であることが判明したため、予防策を衛生部と農政部畜産課との連携により策定し、ライグラス開花の直前に花穂を刈り取るよう栽培農家に対する指導が行われた。
地研間の連携:
行わなかった。
国及び国研等との連携:
行わなかった。
事例の教訓・反省:
動物実験において発症病態を完全に再現することが出来、集団発生眼疾患はライグラス花粉に起因することがほぼ間違いない結果が得られた。しかし最終的に因果関係を特定するには患者血清からのライグラス花粉抗体価の測定が必要である。そこで、ELISA法によりIgE抗体の測定を試みようとしたが児童からの採血が必要なため、保護者の了解、医師の協力等を得なければならず、いくつかの困難があり、実施できなかった。こういった場合に協力体制の整備が必要であった。
現在の状況:
以後、発生事例の報告はなく、予防策が効を奏しているものと考えられる。
今後の課題:
問題点:
関連資料:
イタリアンライグラス花粉の抗原性に関する研究,堀口ほか,第49回日本公衆衛生学会講演要旨集(1990)