[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:愛媛県立衛生環境研究所
発生地域:愛媛県松山市及び隣接地域
事例発生日:2002年11月2日
事例終息日:2010年4月28日
発生規模:
患者被害報告数:患者数25名
死亡者数:0名
原因物質:赤痢菌
キーワード:赤痢菌、S. flexneri 4a、S. dysenteriae、S. sonnei、海外渡航者、下痢・発熱
背景:
赤痢菌と大腸菌は抗原的に密接な類縁関係があり、血清型ではO抗原が同一、あるいは一部共通なものがあることが知られている。さらに、新しい血清型と考えられる菌株も海外から帰国した下痢症患者から分離、報告されているため、赤痢菌の鑑別・同定は慎重に行う必要がある。今回の中国ツアー旅行参加者による赤痢菌集団感染事例では7名の感染患者から血清型別で4種類の赤痢菌が同時に分離され、2名からはEIECとの鑑別が必要な赤痢菌が分離された。これらの赤痢菌株について病原因子の検出や追加確認試験等を行い、考察を加えた。
概要:
2002年11月2日に松山市内の医療機関より、70歳の男性を細菌性赤痢と診断したとの届け出があった。患者は10月下旬から7日間の日程で中国ツアー(北京、敦煌、トルファン、ウルムチ)に参加していた。旅行中の10月29日から下痢、腹痛を発症し、帰国後、10月30日に血便が認められたため、医療機関を受診した。検便の結果、11月2日に赤痢菌(Shigella flexneri 1a)が分離された。届け出患者は旅行中の感染が考えられること、このツアーでは旅行中、宿泊、食事、行程等はすべて同じであったことから、添乗員を含む27名を対象に健康調査を実施した。その結果、旅行中に25名が下痢を発症していたことが判明し、帰国後も下痢、発熱等の症状を有していたものが多かった。
11月2日~3日、届け出患者と医療機関を受信した2名を除く25名の検便を実施した結果5名から赤痢菌が分離された。11月6日医療機関を受診した1名についても、細菌性赤痢と診断され、新たに保健所に届け出られた。届け出患者を含む7名から8株の赤痢菌が分離され、患者家族の健康調査と検便を行ったが、感染者は確認されなかった。
旅行中、参加者は現地でペットボトル入りミネラルウォーターを購入し、生水は飲用していなかった。ホテルや飲食店での食事は主に加熱された料理、野菜サラダ、果物類で、現地の農家訪問では、果物や焼き菓子を提供されていたが、患者の感染源となった施設や食品等は特定されなかった。
原因究明:
患者から分離された赤痢菌8株は血清型別試験によりS. flexneri 4a 4株、S. flexneri 1a 1株、S. dysenteriae 2 2株、S. sonnei1株と判定された。S. flexneri 4aは型血清ではIV、群血清は7,8に凝集が認められた。患者1名からは、S. sonnei、S. dysenteriae 2の2種類が分離された。S. dysenteriae 2の生化学的性状は乳糖(-)、白糖(-)、運動性(-)、ガス(-)、インドール(+)、リジン(-)、マンニット(-)で定型的な赤痢菌の性状を示したが、病原大腸菌免疫血清混合7、O112acに凝集が認められ、PCR法でipaH及びinvE遺伝子を確認した。
センシディスク法(BBL)を用いた12種類の抗菌剤(ABPC、CTX、KM、GM、SM、TC、CP、CPFX、TMP、NA、FOM、ST)に対する感受性試験の結果、S. flexneri 1aはABPC、SM、TC、TMP、NA、STの6剤に、S.flexneri4aはABPC、SM、TC、CP、TMP、NA、STの7剤に、S. dysenteriae 2はTCに、S. sonneiはSM、TC、TMP、STの4薬剤に耐性を示した。
制限酵素Xba Iを用いたPFGE法による遺伝子パターン型別ではS. flexneri 4a 4株と、S. dysenteriae 2 2株はそれぞれほぼ同一のパターンを示し、このことから、同一の菌種が分離された患者は同じ感染源に曝露されたことが推察された。今回の事例は同一集団から異なる赤痢菌種が同時に分離された混合感染が考えられた。
診断:
地研の対応:
患者から分離された赤痢菌8株の血清型別試験、センシディスク法(BBL)を用いた12種類の抗菌剤に対する感受性試験、制限酵素Xba Iを用いたパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による遺伝子パターン型別の試験は当衛生環境研究所で実施した。
行政の対応:
中国旅行参加者のうち、松山市内在住者21名は松山市保健所で、隣接する町在住者6名は県松山中央保健所で調査した。
地研間の連携:
国及び国研等との連携:
事例の教訓・反省:
保健所に医療機関等から赤痢患者の届出があった場合、分離菌に関する性状等の情報収集や入手した菌株の性状の再確認については、今回のような赤痢菌とEIECとの鑑別、あるいは新血清型の赤痢菌の可能性も含め、慎重な対応が必要であると思われた。
現在の状況:
赤痢菌の同定に関して、経済的、時間的理由および同定キットの特性等による誤同定が懸念されている。一方、海外渡航者を中心に、赤痢菌としての病原性を有し、生化学的性状も完全に一致するにもかかわらず、既知血清型に該当しない菌株や国内分離株とは異なる薬剤感受性パターンを示す菌株も分離されているため、より詳細な検査が必要とされている。
今後の課題:
技術者に対し、分離菌株の鑑別・同定法の基本的な教育・訓練は当然必要であるが、従来からの生化学的性状試験に加えてPCR等の遺伝子診断試験の開発と導入も必要と考える。さらに、新しい血清型菌に対する検査体制の構築も必要と思われる。
問題点:
関連資料:
「中国旅行での赤痢菌の混合感染事例-松山市」、林恵子、廣方ゆり、重松光也、上田哲郎、渡邊郁雄、篠原正史、西尾功、尾崎陽子、玉乃井敏夫、近藤弘一、中村清司、芝信明、竹之内直人、上田昭、新山徹二、松前明彦、松田均、大瀧勝、井上博雄、大瀬戸光明、田中博、青木紀子,病原微生物検出情報,Vol.24,No.4(2003.4)