[ 詳細報告 ]
分野名:原虫・寄生虫・衛生動物
登録日:2016/03/11
最終更新日:2016/05/27
衛研名:葉市環境保健研究所
発生地域:長野県北信保健所管内ホテル(下高井郡)
事例発生日:2004年8月24日
事例終息日:2004年9月1日
発生規模:スポーツ合宿の当該施設利用4グループで発症(千葉エリアからの1グループ含む)
患者被害報告数:284名
死亡者数:0名
原因物質:クリプトスポリジウム
キーワード:クリプトスポリジウム、原虫、感染症、集団感染、プール、合宿
背景:
クリプトスポリジウム感染症(5類感染症)は、食品、飲料水等を介する糞口感染を主経路とした原虫による感染症である。塩素消毒が効かず、国内では過去に幼稚園井戸水や上水道を介した集団感染事例があるが、一般に、宿泊・運動施設等提供者側及び利用者にも、感染力の非常に強い原虫によるクリプトスポリジウム感染症に対する認識は希薄である。また、通常、食中毒等事件の際にも原因微生物検索対象項目とされていない状況にあった。
概要:
プールにおけるクリプトスポリジウム感染症の集団感染が示唆された本邦初の事例である。
2004年8月20日から24日の期間に水泳合宿のために長野県内のTホテルを利用した、千葉県内のSスポーツクラブ255名のうち151名が、8月26日から27日にかけて下痢等の消症状を呈した。Tホテルは総室数107、収容人員679人、従業員47名で、体育館、プール等の付属施設があり、夏期はスポーツ合宿等に施設を提供している。8月15日から27日までにホテルを利用した12グループ(うちスポーツ合宿10グループ)中、スポーツ合宿の4グループのみで発症、発症者総数は284名となった。Sスポーツクラブは全国規模のクラブで、千葉県内には20クラブがあり、10クラブが8月20日から24日にかけて当該ホテルを利用した。千葉市の調査対象はこのうちの1クラブに所属する39名(発症者は38名)であった。9月1日に、水泳合宿に参加した患者2名が受診した千葉市立青葉病院により、当該患者の便からクリプトスポリジウムを疑うオーシストが検出された旨の情報提供がなされた。このことから、同日(9月1日)に長野県から依頼があった集団感染事例関連調査の病原体検索の重点が、依頼検査項目にないクリプトスポリジウムへとシフトされた。発症者31名の糞便について,ショ糖浮遊法または遠心沈殿法(MGL法)による集オーシスト法,及び直接蛍光抗体法によるオーシストの検出を行ったところ,30名の糞便からクリプトスポリジウムのオーシストが検出された。対象者38名の発症は8月24日から9月1日で、8月28日を中心としたほぼ一峰性のピークをもつパターンを示した。二次、三次感染予防として、Sスポーツクラブ有症者について、下痢症状のなくなるまでプールへの入水を制限する指導を行ったが、9月13日に至り、長野合宿不参加者(インストラクター3名と参加児童の母親4名)に下痢の症状が見られることが判明したため、二次感染の可能性が疑われた。Tホテルでの初発集団感染については、発症者糞便に汚染されたTホテルのプール水によりプール利用者間で感染が拡大し、また、汚染された飲料を介しても感染した可能性がうかがえた。
原因究明:
疫学調査から、以下のことが判明。8月21日午前にTホテル便所前でSスポーツクラブ児童1名が下痢便を失禁。引率者が清掃の際、便所前の流しを使用、Tホテル従事者が再度清掃。糞便汚染場所及び清掃用具からクリプトスポリジウムのオーシスト検出。Tホテルのプールろ過砂からオーシスト検出。施設利用の3グループは当該の流しを使用して作った飲料を飲用。発症グループはいずれもプール又は体育館を使用。患者便分離株と汚染場所からの分離株の遺伝子型が一致。これらのことから初発集団感染については、クリプトスポリジウム症発症者糞便に汚染されたTホテルプール水により、プール利用者間での感染が拡大し、また、汚染された飲料により感染した可能性がうかがえる。(以上、長野県北信保健所からの情報に基づく)合宿非参加者の発症については、患者便又は患者便に汚染されたSスポーツクラブプール水を介した二次感染が示唆される。
診断:
クリプトスポリジウムのオーシスト検出には、迅速法としてショ糖液浮遊法を用いた直接塗沫法を行い、蛍光抗体法は確認検査として行った。患者便から高率にオーシストが検出され、クリプトスポリジウム症と診断された。
地研の対応:
9月1日に、合宿参加発症者2名が下痢を主訴として受診した千葉市立青葉病院から、当該患者はらクリプトスポリジウムを疑うオーシストが直接塗沫法により検出され、確認検査を依頼する旨の情報提供があった。このことから、当研究所では確認検査を行うとともに、同日に長野県衛生部から長野県集団感染事例関連調査依頼のなされた発症者に対する依頼検査項目(ノロウイルス及び食中毒菌)に加えて、本市独自にクリプトスポリジウムを検査することとした。
青葉病院を受診した患者は兄弟であり、当該患者2名の便から蛍光抗体法によりクリプトスポリジウムの検出が確認された。(以後、当該集団感染事例関連調査はクリプトスポリジウム検査を優先してショ糖液浮遊法を用いた直接塗沫法を行い、蛍光抗体法は確認検査として必要に応じ行うこととした。)
確認検査が陽性であった患者が兄弟であるため、今回の長野県集団感染事例をクリプトスポリジウム症の集団発生と判断するには他の患者便からの検出確認を必要とした。
二次感染防止の観点から、この兄弟の患者が使用しているSスポーツクラブプール施設(1箇所)のプール水について、9月2日と9月6日の2度にわたりクリプトスポリジウム検査(1検体あたり20L)を公定法(平成10年6月19日衛水第49号)による蛍光抗体法で行ったが、2度ともクリプトスポリジウムは検出されなかった。
9月2日に、新たな3名の患者便から塗沫法でクリプトスポリジウムを検出し、うち2検体について蛍光抗体法で確認した。同日、千葉市保健所は、研究所との合同会議後、Sスポーツクラブ関係者に対し、本事例がクリプトスポリジウムに起因したものと説明して二次感染防止のレクチャーを行った。また、学校に対しては翌日以降の対処とした。
患者便11検体について行ったノロウイルス検査結果は、全て陰性であった。5検体について行った食中毒菌15項目は全て陰性であった。
9月6日に長野県から、今後の検査について、クリプトスポリジウム以外の項目は検査依頼を取り下げるとの連絡があった。
9月6日に国立感染所研究所から、千葉市のクリプトスポリジウム陽性糞便の送付要請があり、陽性糞便5試料を国立感染症研究所へ送付した。(9月25日に、国立感染所研究所から、千葉市から送付したクリプトスポリジウムはすべてC. parvumヒト型と一致したとの検査報告を頂いた。)
その後32検体の患者糞便中30検体からオーシストを検出した。
9月13日に保健所に合宿不参加のインストラクター3名に下痢症状があるとの情報があったが、病院を受診したとのことで、クリプトスポリジウム検出の報告はなかった。本事例が広域にまたがることから、長野県、埼玉県等関係自治体と連携をとり検査情報の共有を図った。
行政の対応:
保健所関係課調整会議(第1回第2回9月2日、第3回9月13日保健所・環境保健研究所合同)を開催。二次被害の拡大防止のため、当該スポーツクラブのプール水検査を行うとともに、スポーツクラブ責任者に対し、関係者への周知及び、患者等のプライバシーに配慮のうえ検査結果を保健所から直接本人(または保護者)に回答した。二次、三次感染予防措置として、スポーツクラブの有症会員のプールへの入水は下痢症状の無くなるまで制限する指導を行った。プールへの入水制限期限等は千葉県との整合性に留意した。
地研間の連携:
千葉市からの情報提供により、関係自治体、関係機関が早期にクリプトスポリジウム感染症を重視した原因物質の検索に切り換えた。また、埼玉県は長野県から送付された依頼検体についてクリプトスポリジウム検査を行うとともに、国立感染症研究所にクリプトスポリジウム陽性試料を送付するなどの連携があった。
国及び国研等との連携:
9月7日、8日に厚生労働省水道水質管理室を中心とした調査団が長野県に入った。千葉市から国立感染症研究所にクリプトスポリジウム陽性試料を送付、国立感染症研究所のDNA解析からC. parvumヒト型と一致したとの検査報告を頂いた。
事例の教訓・反省:
本症は、感染力が非常に強く集団感染が起こりやすい疾病であるが、下痢患者を診察した医療関係者はもとより、疫学調査に関わる者も、細菌及びウイルス検査を重視する傾向が強く、原虫疾患である本症を疑うことは極めて稀である。このような状況下で、今回、千葉市立青葉病院での判断は極めて医学的に的確な対応を行い、本事例の原因物質を解明するきっかけを提供したもので、医療レベルの高さは評価に値する。一方、医師からの情報提供と長野県からの通報のタイミングが少しでもずれた場合、両者の情報が一つの事件としてリンクしたか否か危惧された。情報の共有化と併せて、情報を横断的且つ広範囲に検討し、点と点のつながる可能性を見逃さぬ注意の必要性を強く感じた事例であった。
現在の状況:
原虫検査は通常の依頼項目としては稀であり、検査担当職員の異動等により原虫検査体制は安定構築の状況にない。設備としては蛍光抗体法に用いる蛍光顕微鏡を備えているが、水中のクリプトスポリジウムを濃縮する加圧ろ過装置が整備されておらず、今回、水流式ポンプで代用したけれども、大量の検水からの濃縮には非効率であった。
今後の課題:
食中毒疑い事件での病原体検索項目として、クリプトスポリジウム等原虫検査が求められることは極めて稀な現状から考えると、過去に原因病原体不明とされた事例の中に、本来、原虫を病原体とすべき事例の可能性が否定できない。また、患者拡大防止については、行政の的確な指導が求められる。
問題点:
原虫の検索に習熟した職員を擁していない地研も少なくないと思われる。当所では複数事件が重なると現検査員数で手一杯の現状となり、クリプトスポリジウム等原虫検査を通常依頼項目に加える場合、即時対応可能か検討を要する。また、複数自治体に係る同一事件に対する各自治体の適切な住民への行政対応について、自治体間の連携を如何に図るかなども検討課題である。
関連資料:
1)病原微生物検出情報月報Vol.26、No.7(2005)