No.1287 久留米ブルグマンシア(チョウセンアサガオ)事件

[ 詳細報告 ]
分野名:自然毒等による食中毒
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:福岡県保健環境研究所
発生地域:福岡県うきは市
事例発生日:2005年12月20日
事例終息日:2005年12月28日
発生規模:1家族
患者被害報告数:5名
死亡者数:0名
原因物質:ブルグマンシア(チョウセンアサガオ)
キーワード:チョウセンアサガオ、ブルグマンシア、ダチュラ、エンゼルトランペット、アトロピン、スコポラミン

背景:
平成17年12月に久留米保健福祉環境事務所(HHE)管内でブルグマンシアによる食中毒事件が発生した。ブルグマンシアは別名、チョウセンアサガオ、ダチュラ、エンゼルトランペットとも呼ばれる観賞用の植物である。一般にチョウセンアサガオと呼ばれるものの内、草本で一年草、花が上向きに咲く種類をダチュラ、木本で多年草、花が下向きに咲くものをブルグマンシアと分類されるが、どちらもダチュラとういう名称で園芸店等で流通している。本事例ではブルグマンシアが原因植物であったが、食中毒統計等では伝統的にチョウセンアサガオが名称として用いられており、検索の利便性を考慮しチョウセンアサガオの名称も併記した。ブルグマンシアの有毒成分はアルカロイドのアトロピン、スコポラミンであり、副交感神経抑制作用、中枢神経興奮作用を示し、言語障害、錯乱、瞳孔の拡大等の症状が見られる。また、脱法ドラッグとして乱用も報告されている。ブルグマンシアによる食中毒事件は、ブルグマンシアが有毒成分を含むことが一般には認知されていないことから、最近頻発する傾向が見られるため注意する必要がある。

概要:
平成17年12月20日午前2時頃HHE衛生課長に緊急連絡があり事件発生を探知した。一家族5名が幻覚症状を起こし、救急車で搬送され重症の3名が入院した。家族に消防署員が聞き取りを行ったところ、ブルグマンシアの葉が混入した夕食を喫食していたことが判明し、ブルグマンシアの誤食による食中毒と推定された。後日HHE担当者が関係者から詳細な聞き取り調査を行い、食品残品(鍋料理の煮汁)および庭で栽培していたブルグマンシアの葉を採取し、12月21日に保健環境研究所へ搬送、原因化学物質の特定を行った。HPLC、GC/MSおよびLC/MS/MSによる検査の結果、煮汁からアトロピン6.3μg/g、スコポラミン27.7μg/g、ブルグマンシアの葉からアトロピン120μg/g、スコポラミン260μg/gが検出された。従って、当該事件は観賞用に栽培していたブルグマンシアを誤食した化学物質による食中毒事件であることが、理化学検査によって裏付けられた。なお、入院した患者は1週間で回復し、退院している。

原因究明:
同居の母(祖母)が認知症で、料理にブルグマンシアの葉を入れることが過去にもあり、今回も同様に庭で栽培しているブルグマンシアの葉を夕食のなべに入れたことがわかった。家族はブルグマンシアの葉を除いて夕食を食べたが夜になり幻覚症状を起こした。鍋料理の煮汁からアトロピン、スコポラミンが検出されたことから、ブルグマンシアの葉から植物アルカロイドが調理中に抽出され鍋料理を汚染し、料理を食べた家族が中毒を起こしたと推察された。家族の中で主人はブルグマンシアに有毒成分が含まれることを知っていたが、以前もブルグマンシアの葉を除いて食べれば問題なかったため、今回も同様に葉を除いて食べていた。今回の料理が鍋料理であったため抽出された植物アルカロイドが濃厚であったかあるいはブルグマンシアの葉を完全には除けなかったため、中毒を起こしたものと推察された。

診断:
1.抽出方法
試料(葉1g、煮汁2g)に5%硫酸ナトリウム溶液25mlを加えホモジナイズし、2500rpm、5分遠心上清をアンモニア水でpH9に調整後20mlジエチルエーテルで2回抽出、2N塩酸を加え水相を抽出、再びアンモニア水でpH9に調整後40mlクロロホルムで抽出、クロロホルム相を脱水、濃縮、乾固しアセトン1mlに溶解し分析試料とした。
2.分析方法
I.HPLC分析条件
カラム:InertsilODS(4.6×150)、 オーブン温度:30℃
移動層:1%トリエチルアミン、50mMKH2PO4 (pH3.5):アセトニトリル(90:12)
流速:0.8ml/min、測定波長:230nm、注入量:10μl
II.GC/MS分析条件
分析試料をTMS(トリメチルシリル)化しScanモードで測定した。
カラム:EMV-5MS(30mx0.25mm)、
オーブン温度:50℃(1min) → 25℃/min → 125℃(0min) →10℃/min → 300℃(6.5min)
流速:1.0ml/min、測定モード:Scan、注入量:1μl III.LC/MS/MS分析条件
カラム:Inertsil ODS-3(5μm,2.1×150)、 オーブン温度:40℃
移動層:2mM酢酸アンモニウム:メタノール(73:27)
流速:0.2ml/min、測定モード:MRM、注入量:5μl

地研の対応:
HHEから搬入された食品残品(鍋料理の煮汁)および栽培していたブルグマンシアの葉から植物アルカロイドを抽出し、HPLC、GC/MSおよびLC/MS/MSにより原因物質のアトロピン、スコポラミンを定量した。この結果、本事件が観賞用に栽培していたブルグマンシアを誤食した化学物質による食中毒事件であることを、理化学検査によって裏付けた。また、最近のブルグマンシアによる食中毒の発生状況を解析し、一般にはダチュラ、エンゼルトランペットなどの名で呼ばれ有毒成分を含んでいることが認知されていないこと等から当食中毒は最近増加傾向にあり、注意する必要があることを明らかにした。

行政の対応:
HHEの衛生課長に深夜、緊急連絡が入り事件の発生が報告された。翌日からHHE担当者が医療機関、家族から詳細な聞き取り調査を行い、疫学情報を収集した。また、原因食品を確保し、保健環境研究所へ搬送、原因物質の究明を行った。今回の事件では認知症の祖母が誤ってブルグマンシアの葉を料理に入れ、それを家族が喫食して中毒を発病したと考えられた。認知症患者による行為が原因であると考えられるため被害の拡大や事件の再発は考えられない。患者自宅に栽培していたブルグマンシアは根元から切断した。

地研間の連携:
福岡市保健環境研究所よりアトロピン、スコポラミンの標準品の分与を受けた。

国及び国研等との連携:
特になし

事例の教訓・反省:
厚生労働省食中毒統計よると平成14年(2002)~平成16年(2004)の病因別食中毒発生事例の発生総数は5,101件、植物性自然毒が原因の事例は246件(4.8%)、そのうちチョウセンアサガオによるものが10件(0.2%)であった。平成17年(2005)にチョウセンアサガオによる食中毒は2件発生しているが2件とも福岡県で発生している。1980~1999年の20年間のチョウセンアサガオによる食中毒の発生総数が29件だった事と比較すると、チョウセンアサガオによる食中毒は最近増加していると考えられる。また、植物性自然毒原因事例の内訳はキノコ類が約2/3を占め、次いでトリカブト、チョウセンアサガオ、バイケイソウの順であるが、トリカブトやバイケイソウは関東以北に多く、チョウセンアサガオは福岡県にも多く見られ食中毒を引き起こす場合がある。
チョウセンアサガオはダチュラとブルグマンシアに分類されるが、どちらもダチュラとういう名称で園芸店等で流通している。また、ブルグマンシアはエンゼルトランペットという名前でも流通している。チョウセンアサガオは有毒との認識があるが、ブルグマンシア、ダチュラ、エンゼルトランペット等の名では有毒種と気付かない場合がある。さらに、葉をモロヘイヤ、根はゴボウ、幼花がオクラやシシトウ、種子をゴマと誤って喫食された例がある。従って、ブルグマンシアの誤食に対し、有毒種であることの周知と家庭菜園等で混植を避けるなど注意を喚起する必要がある。

現在の状況:
標準品、分析法を保存し事件の発生に備えている。

今後の課題:
自然毒による食中毒は発生頻度が低く、原因物質の特定、定量に時間がかかる場合が多い。原因物質特定のために疫学情報の収集や、分析法、標準物質の入手など日頃からの準備が必要である。

問題点:
発生頻度の低い中毒事例に対する速やかで効率的な分析体制の確立。

関連資料:
第53回福岡県公衆衛生学会講演集(2006) p24-25