No.1299 桂沢水道企業団における水質汚染事故

[ 詳細報告 ]
分野名:その他
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:北海道立衛生研究所
発生地域:桂沢水道企業団給水区域(北海道岩見沢市、三笠市、美唄市、栗沢町、北村)
事例発生日:2005年2月16日
事例終息日:2005年2月22日
発生規模:給水人口約136,000名
患者被害報告数:0名
死亡者数:0名
原因物質:ジクロロメタン
キーワード:ジクロロメタン、水道、水質汚染、塗膜剥離剤、気液分配

背景:
桂沢水道企業団(北海道三笠市)は、桂沢ダム(有効貯水量81,800,000m3)を水源とし、1958年に送水を開始した。同企業団桂沢浄水場の浄水処理は高速凝集沈澱・急速ろ過方式であり、現在の処理能力は70,000m3/d、給水人口は岩見沢市ほか3市1町1村の136,000人である。通常時の送水量は約40,000m3/d、送水管延長は約25.2kmである。
なお、同企業団の水源上流にジクロロメタンの発生源となる施設等はなく、過去に水道原水からジクロロメタンが検出されたことはない。

概要:
同企業団では、浄水場内の天井、壁面の塗装が劣化した場合、旧塗膜を機械的に除去した後に再塗装していたが、この方法では2~3年で再塗装が必要となるため、長期的に塗装を保持できるよう、事業開始後初めて剥離剤を使用することとした。工事は、着水井及び1号、2号凝集沈澱池が設置されている建屋から開始され、沈澱池をシートで覆うなどの養生の後、2月14日から剥離作業が実施された。なお、剥離作業中は、2台の送風機(1台当たりの換気量48m3/min)で強制換気していた。
2月16日、給水区域内にある陸上自衛隊美唄駐屯地の定期水質検査の際、給水栓水中に水道水質基準(0.02mg/L)の約5倍のジクロロメタン(0.098mg/L)が含まれていることが判明し。検査を受託した民間検査機関による翌日の再検査、翌々日の再々検査では、それぞれ0.27mg/L、0.39mg/Lと、その濃度はさらに上昇した。2月18日、民間検査機関からの連絡により同企業団が浄水場ろ過水のジクロロメタンを測定したところ、1.28mg/Lという高濃度であった。このため、同企業団では直ちに各構成団体に連絡のうえ、住民に対し直接飲用しない旨の広報を行った。同時に、ジクロロメタン低減化のため、2月19日未明より活性炭注入を開始し、給水区域内の2ヵ所の排泥弁から放水を行うとともに、給水区域内の各所において経時的な水質検査が実施された。その結果、2月22日には区域内給水栓水中のジクロロメタンは水道水質基準以下となり、安全宣言が出された。この間の、区域内給水栓水中のジクロロメタン最高濃度は0.66mg/Lであった。

原因究明:
ジクロロメタンは、沸点39.7℃と揮発性が高いが、水への溶解度は13g/Lと水に溶けやすい有機溶剤である。1号、2号沈澱池建屋の旧塗膜剥離作業は2月14日午後から、汚染が判明した2月18日午前まで行われ、この間計400kgの剥離剤が使用された。剥離剤の主成分はジクロロメタン(含量約88%)であったため、発生源は剥離剤であることが強く示唆された。ジクロロメタンの混入経路としては、次の2つが想定された。
1)ジクロロメタンを含む剥離剤が、着水井または沈澱池に直接混入した。
2)建屋空間内に気化したジクロロメタンが、着水井または沈澱池水に分配・溶解した。事故後の現場を確認した限り、1)の剥離剤の直接混入があったことは考えにくいことから、2)の空気中のジクロロメタンが水に分配・溶解した可能性について検討した。気化しやすい物質の水への溶解はヘンリーの法則に従うが、これは静止した2相間の分配平衡を扱ったものであり、流水への溶解を厳密に推定するのは極めて困難であるため、水は静止しているとして検討を行った。実際の建屋空間内に剥離剤20kgに相当するジクロロメタンが揮散し、これが建屋空間の1/10量の水に分配・溶解すると仮定すると、ヘンリーの法則から1気圧、25℃における平衡時の水中ジクロロメタン濃度は20.8mg/Lと計算され、無視できない量が溶解すると推定された。デシケータを用い、気相中ジクロロメタン濃度を数段階に変化させて行った分配平衡モデル実験の結果、8時間静置後の水中ジクロロメタン実測値は計算値の82~87%となり、計算結果は概ね妥当なものと考えられた。さらに、作業現場の状況(処理水量,空間容積,換気量等)を考慮したシミュレーション計算により,浄水場沈澱池水のジクロロメタンの1日平均濃度は最大1.3mg/Lと算出された。ジクロロメタンの汚染濃度を計算するための妥当で現実的なパラメータを見積ることは極めて困難である。概算的ではあるが、ジクロロメタン使用量、処理水量および換気状況から得られる条件をもとに計算から求められた浄水中のジクロロメタン濃度は予想される最大汚染濃度と充分に比較できる。
以上のことから、本事例における浄水のジクロロメタン汚染は、老朽塗膜除去作業に使用された剥離剤中のジクロロメタンが原因物質であり、これが空気中に揮散し、着水井及び沈澱池の水面から溶解した結果であると充分に高い蓋然性をもって結論付けられた。

診断:

地研の対応:
2月21日、北海道環境生活部環境室環境保全課からの要請により、ジクロロメタンの物理・化学的性質、健康影響等につき情報提供を行った。同時に、報道機関等からの専門的質問があった場合の対応依頼を受けた(数社からの照会に対し回答)。事故直後の2月25日、同課とともに浄水場の現場状況を調査した。ジクロロメタンの気相から水への溶解の可能性について、室内実験による検討を行った。また、飲料水衛生科長が事故調査委員会委員として参加し、室内実験の結果を提供した。

行政の対応:
(1)厚生労働省
同企業団は国の認可事業であるため、次のような指導が行われた。飲用不適なので飲まないこと。経時的に水質検査を実施し、水質基準値を下回るまで飲用を制限すること。住民に広報を行うこと。
(2)北海道環境生活部環境室環境保全課から、送水管の排泥、住民に対する広報の実施を助言した。
所轄の岩見沢保健所及び当所とともに、浄水場の現場状況を調査した。また、環境保全課長が、事故調査委員会委員として参加した。
(3)企業団及び構成市町村
国及び北海道の指導・助言に基づき、飲用制限、住民への広報、ジクロロメタン低減化のための活性炭注入処理、放水等を行った。
(4)事故調査委員会
事故収束後、同企業団から委嘱された6名の委員による事故調査委員会(委員長:真柄泰基北海道大学公共政策大学院教授)が設置され、計4回の会議により、事故原因の究明、事故時の問題点、今後の対応策等を検討した。

地研間の連携:
なし

国及び国研等との連携:
なし

事例の教訓・反省:
地研)
平衡計算により推定できたものの、事故発生当初には、気液分配によりこれほど高濃度にジクロロメタンが水に溶解すると予想できなかった。
(企業団)
塗装剥離の工法選択における情報収集が十分ではなかった。揮散したジクロロメタンが水面から溶解することについての認識がなかったため、沈澱池の養生等の防護工事は主に落下物の防護であった。

現在の状況:
本事例のような事故の再発防止を図るため、厚生労働省健康局水道課長通知「水道施設の工事の施工における留意事項」(平成17年5月25日付健水発第0525001号)により、厚生労働大臣認可水道事業管理者及び水道用水供給事業管理者に対し、施工材料の選定、施工方法の検討、施工管理の徹底について適切な措置を講じるよう通知された。また、各都道府県水道行政担当部(局)長には、所管の水道事業者に対して適切な措置を講じられるよう指導監督する旨の通知がされた(平成17年5月25日付健水発第0525002号)。

今後の課題:
水道事業者としては、次のことが必要である。
・浄水場内の工事は、原則として浄水処理を停止した系列毎に行うこと。
・工事期間には、臨時の水質検査を的確におこない、汚染がないことを確認すること。また、汚染の恐れのある場合には、粉末活性炭を注入するなど浄水操作を強化すること。
・汚染事故、災害等を想定した危機管理マニュアルを策定し、訓練を行うこと。

問題点:

関連資料:
桂沢水道企業団事故調査委員会報告書、2005年4月
平成17年度北海道立衛生研究所調査研究発表会発表要旨、演題番号29(2006)