No.1325 保育施設におけるextended-spectrum β-lactamase (ESBL)産生細菌性赤痢の集団発生事例

[ 詳細報告 ]
分野名:細菌性感染症
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:堺市衛生研究所
発生地域:大阪府堺市
事例発生日:2006年10月28日
事例終息日:
発生規模:有症園児数13名/園児数29名中、感染園児の保護者3名
患者被害報告数:感染者 園児11名(疑似症1名含む),保護者3名
死亡者数:0名
原因物質:赤痢菌S. sonnei
キーワード:赤痢菌、S. sonnei、多剤耐性菌、ESBL産生性、保育施設、集団発生

背景:
感染症発生動向調査報告による2006年の細菌性赤痢は477例である。その内、国内発生は101例あり、検出された菌種は、S. sonnei71例、S. flexneri26例、S. boydii1例であった。赤痢菌は腸管出血性大腸菌と同様に、少量の菌により感染が成立するため,二次感染による感染の拡大が起こり易いと考えられる。さらに、S. sonnei感染の場合には軽度の下痢、あるいは無症状病原体保有者で経過することが多いとされる。近年、日本で発生している細菌性赤痢の大半は国外感染であり、国内感染については、国外感染者からの二次感染や輸入食品の汚染によることが推測されている。

概要:
2006年10月26日~27日にかけて,市内の3医療機関から3歳男児、4歳女児および3歳男児の細菌性赤痢の発生届が出された。3名とも同一の市内認可外保育施設に通園していたため,保健所が10月13日から27日までの園児の健康状況等の調査を行ったところ,届出患児以外にも発熱・下痢等の症状を呈する園児が数名いることが判明した。便検査により、発生届出の3名を含む10名の園児と、その保護者3名の合計13名から赤痢菌(S. sonnei)を検出した。ふきとり等の11検体は全て陰性であった。全ての陽性者を対象に、治療後の2度目の陰性確認を12月6日に終了した。

原因究明:
発生届出の3名を含む10名の園児と、その保護者3名の合計13名から赤痢菌を検出した。給食等は当該保育施設で調理されていたが,保存食材はなく、施設のふきとり、飲料水からは赤痢菌は分離されなかった。赤痢菌陽性である園児のほとんどが22日に発症していたため、発症状況から検討して、赤痢菌に汚染された食品を喫食したことによる感染が推測された。保健所が保育施設での喫食調査の結果を統計学的解析したところ、20日の職員による手作りのわらびもちのみ有意差が認められた。当該職員を含め陽性者すべてに最近の海外渡航歴がなく、また2日程後に発症している保護者3名は、子供達からの二次感染が考えられた。さらに、この集団発生時期の前後に、堺市内及び他市からの同様な薬剤耐性パターンを有した赤痢菌感染の報告はなかった。以上の結果からこの事例の感染経路・感染源の特定には至らなかった。

診断:
13名からS. sonnei I相を分離した。KB法による薬剤感受性試験では,全ての分離菌株は12薬剤中6薬剤(ABPC,CTX,SM,TC,NA,ST)に耐性を示す多剤耐性菌であった。CTX耐性を示すため,CLSIの提示に準じて,βラクタマーゼ阻害効果のあるクラブラン酸(CVA)添加ディスクを併用するダブルディスク法により確認試験を行った。ディスクはCTX,CTX/CVAおよびCAZ,CAZ/CVAを使用し,CVA入りディスクに阻止円の拡大を認め、ESBL産生性菌と確認した。Xba I処理によるPFGEパターンは、97.44%~100%の相同性を示し、同一由来菌による感染であることを確認した。

地研の対応:
保健所から搬入された対象者81名(園児29名、職員6名、家族46名)の便、および調理室のふきとり等11検体を検査し、便から赤痢菌13菌株を分離し、速やかに保健所へ報告し、続いて分離菌株の薬剤感受性試験、ESBL産生性の確認試験およびパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)による遺伝子解析を行い、その結果を保健所に報告した。

行政の対応:
医療機関からの届出を受けた保健所は、直ちに当該保育施設の状況確認調査を行い、通園する園児および職員全員の検便検査を指示すると共に施設内のトイレ等の消毒、施設に対して感染拡大防止等の指導を行った。27日に保健所健康危機管理対策本部を設置、今後の対応を検討し、報道関係者に報道資料を提供した。28日に保護者を対象に説明会を実施し、細菌性赤痢及び今後の対応策について説明し、園児及び家族の検便の指示を行った。便は保健所で集め、堺市衛生研究所に搬入した。

地研間の連携:
なし

国及び国研等との連携:
なし

事例の教訓・反省:
26日に発生届が出されたときには、届出園児3名以外の園児7名は、発熱・下痢などの症状が治まったとして園に出席していたが、これら7名は、27日以降の検便にて菌を分離している。7名中5名は24日から預けられており、他の園児への二次感染源の可能性があった。当該保育施設は、ビルの事務所を利用しており、専用の手洗い場がなく、職員や年長園児は、トイレまたはトイレの隣にある台所で手洗いしていた。さらに、職員はおむつ交換やオマルの汚物処理後の手洗いも台所を使用しており、アルコール消毒はほとんどされていなかった。加えて、食器洗いと台所の洗浄に同じスポンジを使用しており、このように職員の衛生管理意識の低さも問題であった。また、他園児より6日前に発熱・下痢症状があった1才児が、集団発生日まで下痢が続いていたが休園することなく預けられており、感染源である可能性も示唆されたが、保護者は発症日以前の家庭での喫食状況を覚えておらず、感染源となる汚染食材は確認することが出来なかった。また、3名の保護者はいずれも軽い症状であった。本事例の疫学的調査では、施設内と職員、園児および家族のみ対象としていたが、国内発生の場合は二次感染による可能性が強いことを考慮して、感染源追求には広域な調査が必要と思われるが、プライバシー保護等で接触者や住居地まで調査の範囲を広げることが出来ないのが現状である。

現在の状況:
本事例以降、市内での同一由来菌と推測される赤痢菌による感染事例の報告はない。しかし、成人では症状が軽く無症状病原体保有者でいる可能性があり、同様の事例が起こりえ無いとは断言できない。

今後の課題:
ESBL産生菌は,1983年に第三世代セフェム系薬剤に耐性を示したKlebsiella pneumoniaeが初めて報告され,その後,世界的に臨床材料から分離されるようになり,問題視されている。ESBL産生性がE. coliなど腸内細菌科の菌種に拡大しているなか,Shigella属における報告はまだまれである。
ESBL産生性が確認されたShigella属の国内での報告には、2006年8月に中国出張の帰国者からS. sonneiが分離された報告4)がある。海外渡航歴の無い国内発生としては、本事例が初めての症例と考えられる。
S. sonnei感染の場合には、軽度の下痢、あるいは無症状病原体保有者で経過することが多く、海外渡航後下痢症があっても、自然軽快したため医療機関を受診せず、接触者の二次感染で判明した報告が多くみられる。さらに、検疫で下痢症の申告があっても検疫法改正により検便検査の法的根拠が無くなり、速やかな検査が行えなくなっている。以上の点から、医療機関を受診するまでに二次感染の機会が増大することが懸念されている。今後も同様の感染事例が起こる可能性があり、注意を払う必要があると考える。

問題点:

関連資料:
1)下迫純子ほか:保育施設におけるESBL産生性細菌性赤痢の集団発生事例―堺市、病原微生物検出情報、28:45-46,2007
2)下迫純子ほか:保育施設におけるESBL産生細菌性赤痢の集団発生事例、第50回日本感染症学会 中日本地方会学術集会抄録集、185,2007
3)堺市保健所医療対策課:保健施設における細菌性赤痢による集団発生報告書、2007.1.11
4)石川恵子、宮崎哲朗ほか:海外旅行下痢症患者より分離されたCTX-M型β-lactamase産生S. sonnei、病原微生物情報、27:264-265,2006