No.1405 高校の寮生における集団下痢症事例からのクリプトスポリジウム(Cryptosporidium meleagridis)の検出について

[ 詳細報告 ]
分野名:原虫・寄生虫・衛生動物
登録日:2016/03/08
最終更新日:2016/05/27
衛研名:愛媛県立衛生環境研究所
発生地域:愛媛県今治市
事例発生日:2006年8月20日
事例終息日:2006年8月23日
発生規模:
患者被害報告数:19名
死亡者数:0名
原因物質:Cryptosporidium meleagridis
キーワード:集団下痢症、高校生、遺伝子型、原虫、クリプトスポリジウム、クリプトスポリジウム症、CryptosporidiumCryptosporidium meleagridis、病原性

背景:
クリプトスポリジウムは、種々の動物の消化管に寄生し、ヒトを含めた一部の動物で下痢症の原因となっている。免疫不全者では重篤な下痢症を引き起こし、死に至ることもある。さらに本原虫のオーシストは強い塩素耐性を示すために、しばしば水道を介した集団下痢症の原因となっている。
クリプトスポリジウム属は多数の種が報告されており、この中で、C. hominis(ヒト型)、C. parvum(ウシ型)、C. meleagridisC. felisC. canisC. murisはヒトに対して病原性が確認されているが、免疫機能が正常なクリプトスポリジウム症患者から検出される遺伝子型は、C. hominis及びC. parvumが大部分を占めている。一方、今回の事例から検出されたC. meleagridisはクリプトスポリジウムの七面鳥型として知られており、ニワトリやオウムなどから検出され広く鳥類を宿主とするが、免疫機能が正常なヒトからも少数ながら検出されており、ヒトへの病原性が明らかになっている。しかしながら、集団感染事例については、C. hominisC. parvumが多く、これまでに国内で発生した5事例中3事例はC.hominis、2事例はC. parvumが原因であった。世界的にも集団発生事例の多くはC.hominisC.parvumであり、C. meleagridisが原因となった集団感染事例はほとんど知られていない。

概要:
2006年8月24日、愛媛県内の医療機関から保健所に、下痢・腹痛等の症状を呈した高校の寮生6名を診察したとの通報があった。保健所で直ちに調査を実施したところ、高校の運動部員が寄宿する寮において、寮生34名中19名が、8月20~23日にかけて下痢、腹痛などを発症していたことがわかった。有症者の主な症状は、下痢68%、腹痛63%、嘔吐11%、頭痛11%であった。数回の下痢のあと腹痛が数日続く例が比較的多く、中には下痢が5日間続く重症例もあったが、数日の腹痛のみで終わるなどの軽症例が1/3を占めた。所属するクラブによって発症率に差があり、野球部員20名中16名(80%)、サッカー部員14名中3名(21%)で、野球部員の発症率が有意に高かった。寮生以外の生徒からは同様の有症者は認められなかった。
病原体検索のため、24日に医療機関を受診した6名の検便を直ちに実施し、細菌検査、ウイルス検査、原虫検査を行った。その結果、原虫検査が可能であった5名中1名から腸管寄生性原虫クリプトスポリジウムが検出された。そこで、同原虫による集団下痢症の可能性を念頭に、8月27、28日両日の在寮者20名(初回検査5名を含む有症者16名、無症状者4名)についてクリプトスポリジウム検査を実施したところ、有症者16名中3名(うち1名は初回検査陽性者)からクリプトスポリジウムが検出さ
れ、無症状者4名(寮生3名、寮管理人1名)からは同原虫は検出されなかった。

原因究明:
寮生は、高校、練習場、寮をマイクロバスで移動する共同生活を送っており、食事はすべて共通であった。朝食及び夕食は寮に隣接する施設A、昼食は施設Bを利用していたが、両施設とも寮生以外の利用者から有症苦情等の情報は寄せられなかった。共通の食生活を送っている寮生のなかで野球部員の発症率が有意に高いことから、食事を介した感染の可能性は低いと判断した。飲料水は、部活動中は学校(貯水槽あり)及び練習場の水道水を未処理のまま水出し麦茶として直接飲用し、入浴は施設Aで井戸水を使用した風呂を利用していた。水系感染の有無を確認するため、学校水道水(貯水槽あり)、寮水道水(貯水槽あり)、施設A調理場水道水(水道直結)、施設A風呂用井戸水の4ヶ所についてクリプトスポリジウム検査を実施したが、すべて陰性であった。以上の調査結果から、今回の事例は食事や水道を介した感染ではなく、何らかの原因で寮生に拡がった施設内の二次感染による集団下痢症と推察された。
寮生の生活状況を2週間前にさかのぼって調査したところ、8月20日の初発患者が出る以前に下痢症状を訴えた者はなく、8月14~16日の盆休み期間中は寮生全員が全国各地に帰省していたことがわかった。寮内に同病原体が持ち込まれた原因の一つとして、盆休み中の帰省先で寮生が感染し、帰寮後の寮生活で感染が拡がった可能性が推察された。
なお、初発の6名について保健所で細菌検査を行った際、そのうちの3名から大腸菌O25が分離されていたが、ベロ毒素陰性を確認後に廃棄していたことが後日判明した。そこで当所において凍結保存便からO25菌株の分離を試みたが当該菌株を得られなかったため、便から抽出したDNAについて直接LT遺伝子及びSTh遺伝子のPCR検査を行った結果、いずれも増幅が認められなかったことから、保健所において分離されていたO25株は毒素遺伝子を保有していなかった可能性が高いと考えられた。

診断:
クリプトスポリジウム検査は、患者便1gを蔗糖遠心浮遊法で集嚢子後、免疫磁気ビーズ(Dynabeads)で濃縮精製し、直接蛍光抗体染色(Easy Stain)及びDAPI染色により同定した。遺伝子型の同定は、QIAmp DNA Stool kitを用いて便から直接DNAを抽出後、18SrRNA領域をnested-PCRにより増幅し、約800bpの増幅産物について塩基配列を決定した。
有症者のうち、検査を実施した16名中3名からクリプトスポリジウムが検出され、そのうちの1名は集嚢子後の希釈液に大量の原虫が見られたが、残りの2名は濃縮精製後に数個の原虫が見られるのみで便中への排出は極めて少量であった。この3件について遺伝子型の決定を試みたが、増幅産物が得られたのは排出量の多かった1件のみであった。この1件について塩基配列を決定し、データベースと比較したところ、Cryptosporidium meleagridis(AF112574)と100%一致した。
毒素原性大腸菌LT遺伝子及びSTh遺伝子の検出は、QIAmpDNAStoolkitを用いて便から直接DNAを抽出後、プライマーセットELT-1&2及びESH-1&2(タカラバイオ)を用いてPCR反応を行い、電気泳動後のバンドの有無を確認した。なお、LT、ST産生株を用いた添加回収試験の結果、本法の検出限界は糞便100mgあたり約600CFUと推測された。

地研の対応:
保健所から地研に対してはウイルス検査の依頼であったが、症状や発生状況を考慮し、地研の判断で原虫検査を実施した。クリプトスポリジウム症に関する情報提供を行なった。

行政の対応:
関係機関に情報提供するとともに、寮生活者を含む学校関係者については、排便後・食事前の手洗い及び入浴時のシャワー使用の指導を徹底し、体調異常が認められる場合には速やかな受診を指導した。

地研間の連携:

国及び国研等との連携:
C. meleagridisによる集団下痢症事例発生の照会及び情報提供

事例の教訓・反省:
有症者からの同原虫の検出率が19%と低いこと、また、同原虫が検出された3名中2名については便への排出量が非常に少なかったこと等、過去に報告されたクリプトスポリジウムによる集団発生事例とは異なる点が多い。管轄保健所において事例の発端となった6名について細菌検査を実施した際、3名から大腸菌O25(ベロ毒素陰性)が検出されたが、1名からクリプトスポリジウムが検出されたこと及び疫学的状況等から、本菌が原因との可能性を否定し、地研に対して菌株の搬入及び菌検出の情報もなされなかった。その後の凍結便を用いた毒素原性大腸菌エンテロトキシン遺伝子検査の結果から、分離されていたO25株は毒素遺伝子を保有していなかった可能性が高いと考えられるため、今回の集団下痢症は本遺伝子型によるものと結論付けたが、クリプトスポリジウム以外の他の病原体の関与について、検討の余地が残る結果となった。
しかし、集団下痢症事例において複数の患者からクリプトスポリジウムオーシストが検出され、その遺伝子型がヒトからの検出事例が極めて稀なC. meleagridisであった事実は重要である。今回の事例を踏まえ、当該原虫の存在を念頭に置いた検査体制を整備することで、今後、本原虫のヒトへの病原性等についてより詳細な知見が得られることを期待したい。

現在の状況:

今後の課題:
一般的に、保健所で集団下痢症の情報を察知した場合、感染症あるいは食中毒疑いに関わらず、原因究明のための検査は細菌及びウイルスを念頭において実施されている。集団下痢症事例から稀な遺伝子型であるC. meleagridisが検出された今回の事実を踏まえ、当該原虫の存在を念頭に置いた検査体制を整備する必要がある。また、保健所と地研との間で緊密な情報の共有が望まれる。

問題点:

関連資料:
病原微生物検出情報月報 Vol.29 No.1(No. 335) 2008年
愛媛県立衛生環境研究所年報 第9号(平成18年度) 2006年