3次救急・災害医療体制が整備された救急医療機関における化学テロ対応標準初動マニュアル(改訂版)
はじめに
東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)開催を控え、また世界各地で多数発生しているテロを鑑み、多数傷病者対応の知識・能力に加えて、さらに特殊災害・テロに対応するための体制作りや知識・能力の強化が急務である。2007(平成19)年度~2009(平成21)年度厚生労働科学研究事業(健康危機管理・テロリズム対策システム研究)「健康危機管理における効果的な医療体制のあり方に関する研究」(主任研究者 大友康裕(東京医科歯科大学)において救急医療機関におけるCBRNEテロ対応標準初動マニュアル1(以下初動マニュアル)が作成された。さらに公益財団法人日本中毒情報センターが厚生労働省医政局から委託を受け2006年(平成18)度よりNBC災害・テロ対策研修が実施されてきた。本研修の診療手順や総合演習は初動マニュアルに基づいて実施されてきたこともあり、初動マニュアルが災害拠点病院や救命救急センターにおける体制整備の礎となってきた。本研修が開始されてからすでに12年が経過する一方で、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を目前となった現在までのこの間に進展した化学災害・テロ対策の科学的知見を反映したマニュアルの改訂作業はなされてこなかった。本研究では医療機関における化学テロ多数傷病者発生時の対応に関して最新の科学的知見やベストプラクティスを踏まえ、初動マニュアルの改訂を行った。なお、本研究結果については、関連する研修等の内容に反映されるように働きかけていきたい。本改訂ガイドラインをもとに、各医療施設で受け入れ計画をたて、それを基に準備訓練を行い化学テロ災害発生時には2次被害を最小限として多くの患者の救命と後遺症の軽減が図れることを祈願する。
目次
補足として、一般医療機関用マニュアルのための用語集を参照。
Ⅰ 医療機関における化学テロ災害対応の全体的な流れ
医療機関における化学テロ災害対応の全体的な流れを図1に示す。これに沿って本マニュアルの全体の流れを概説する。
1.事象評価(疑う)と準備(Scene and Size up)
以下の場合、化学テロ災害を疑い院内対応準備を開始する。
- 同一場所、同一時期の多数患者発生
- テロ予告
- 原因不明のショック、意識障害、神経症状、嘔吐、下痢、皮膚症状の発生。
- 爆発事故・事件(化学剤の併用も念頭に置く)
- 原子力関連施設、化学工場の事象 など
2.化学テロを疑ったとき・化学テロ発生情報を得たときの行動
- スタッフを集める
- 院内責任者(院長などの施設運営管理責任者)に報告
- 院内関連部署への情報提供
- 指揮命令系統確認
- 患者受け入れ準備
3.院内災害対策本部設置(指揮命令系統の確立)
各責任者を指定し、部門ごとに役割分担する。
4.患者受け入れ準備
- 個人防護具・防護衣(PPE)装着指示
- ゲートコントロール設置
- ゾーニング(除染前エリア、除染後エリア)
- 物品準備(除染設備、脱衣衣類入れビニール、清拭用資機材、貴重品管理など)
- 患者移動動線確保
- 解毒・拮抗薬準備
- 死体安置所確保
5.サーベイの実施
- 肉眼的汚染有・爆発テロが疑われる場合、放射線測定を初めの数人に対して適宜行う。脱衣した衣服に対してもサーベイを行う。
- トキシドロームにより原因物質を推定する(表1)。特に神経剤曝露の判断(縮瞳、分泌亢進、線維束攣縮)・解毒薬投与(硫酸アトロピン・オキシム剤)が出来るので重要である。
表1 トキシドローム(CHEMM Toxidrome Cards10をもとに翻訳作成、一部改変)
トキシドローム | 症状 | 剤(例) |
抗コリン性 | 視力障害、昏睡、意識障害、せん妄、乾燥、発熱、発赤、幻覚、便秘、記銘力障害、散瞳、ミオクローヌス、痙攣 | 抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬、ブスコパン等の胃腸鎮痙薬、ベンゾジアゼピン(無力化剤) |
抗凝固性 | 鼻出血、点状出血、倦怠感、脱力、蒼白、出血傾向、ショック | ワーファリン、抗凝固薬、抗血小板薬 |
有機溶剤、麻酔薬、鎮静薬への曝露 | 興奮又は意識障害、行動異常、不明瞭言語、眼振、失調歩行、熱傷様皮膚 | ガソリン、ベンジン、トルエン、有機溶剤、ベンゾジアゼピン、バルビツレート |
コリン作動性 | 下痢、尿失禁、縮瞳、気管支分泌物増多、徐脈、流涎、嘔吐、流涙、痙攣 | 有機リン、カルバメート、ニコチン、ピロカルピン、メスチノン、神経剤(サリン、ソマン、タブン、VX等) |
痙攣性 | 痙攣、痙攣重積発作 | ヒドラジン、殺鼠剤(テトラミン)、ビクロトキシン、ストリキニーネ |
刺激性・腐食性 (吸入) | 呼吸促迫、呼吸困難、咳嗽、軌道分泌物増多 | ホスゲン、アンモニア、塩素、暴動鎮圧剤 |
刺激性・腐食性 (経口・経皮) | (経口)粘膜障害、嘔気・嘔吐、流涎、腹痛 (経皮)皮膚刺激症状、疼痛、発赤、水疱、流涙 | ホスゲン、ルイサイト、アンモニア、塩素、マスタード、フッ化水素、ジクロロメタン、暴動鎮圧剤 |
卒倒(ノックダウン)型 | 過換気、呼吸促迫、低血圧、意識障害、痙攣、開口障害、後弓反張、呼吸停止、心停止 | シアン化合物、硫化水素、アジ化物、殺鼠剤(ロテノン、フルオロ酢酸ナトリウム) |
麻薬性 | 意識障害、縮瞳、助呼吸、徐脈、低血圧、低体温、便秘 | ヘロイン、モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン |
ストレス反応/ 交感神経興奮性 | 興奮、せん妄、散瞳、過呼吸、頻脈、高血圧、発汗、高体温、振戦 | 覚醒剤、アンフェタミン、コカイン、エフェドリン |
6.除染(DECONTAMINATION)
出来るだけ多くの患者に迅速に乾的除染(脱衣・露出部拭き取り)を行うことを目標とする
1.除染方法 2. 除染中の緊急処置- 気道確保(気管挿管など)
- 痙攣時にはジアゼパム10mg筋注
- 神経剤曝露が疑われる際の硫酸アトロピン1〜2mg筋注
7.トリアージ(診療の優先順位の決定)
患者の除染後の治療の優先順位を判断。致命的外傷患者でない限り、蘇生の可能性があるので安易に黒に判定しない。
8.評価と診療(EVALUATION AND CARE)
1.PRIMARY SURVEY目的: 生理学的危機を察知し蘇生する(バイタルサインの安定化)
手順: 化学災害の特殊性からDDABCの手順で生理学的安定化を目指す。その際にDrugのDが重要であり、拮抗薬の存在するシアン(CN)・神経(N)剤の拾い上げを特に意識して、素早くPSPSのうち縮瞳(P)と鼻汁・唾液などの分泌亢進(S)、線維束攣縮(S)の有無を確認し対処する。
*外傷に伴った曝露として、放射性物質が混入した爆弾の使用(Dirty bomb)が想定される。可能な限り放射線チェック(万能でない)を施行する。
2.SECONDARY SURVEY目的: 曝露原因物質の推定を進めながら詳細な身体観察・処置。
手順: 各原因の特性を念頭に、詳細な発災状況把握と身体観察から原因別の対処を行う。
【重要】「NBCテロその他大量殺傷型テロ対処現地関係機関連携モデル」に基づき消防本部を介して現地の物質簡易検知情報、日本中毒情報センターや放射線医学総合研究所の情報を総合して評価・診察する。現地での物質簡易検知結果と身体所見が合致するかを常に考え、相互連絡と現場へのフィードバックをする。
II 事前計画
1.対応すべき化学テロ災害の事前想定を行い、事前計画をたてる
1.対応レベル(規模)の設定をする(表2)
表2 対応レベル
レベル | 規模 |
---|---|
レベル1 | 通常救急対応規模(数人規模) |
レベル2 | 数十人規模 |
レベル3 | 数百人規模 |
2.災害の種類を想定する。
3.災害時の危険因子(HAZARD)を想定する。
4.患者の病院への進入経路を想定する。
5.患者数を想定する。
6.応援が期待できる周辺の機関を確認しておく。
※本マニュアルはレベル2規模の化学テロ災害に対する救急医療機関での対応について記述する。医療機関の除染能力をはるかに超えた被災者数(レベル3)に対する事前計画として、近隣の公営体育館・プールを利用した水除染などの代替手段が考えられる。地域としての計画が求められる。
2.災害対策本部について事前計画を立てる
- 化学テロ対応と考えて災害対策本部を立ち上げる基準を作成する。
- 災害対策本部の要員を事前に決定しておく。構成員に関しては、院内災害対応マニュアルに明示する。
- 院内各部門の対応事前計画を策定する。1)診療部門2)看護部門3)臨床検査部門4)放射線部門5)薬剤部門6)事務部門
3.安全確保対策について、事前計画を立てる
1.職員の安全確保 1)個人防護具(PERSONAL PROTECTIVE EQUIPMENT; PPE)の準備を行う。 2)放射線測定器の準備- 表面汚染測定器(サーベイメーター)
- 線量率測定器(空間線量計)
- 個人警報線量計(アラーム付ポケット線量計)
- 汚染者(除染完了前の患者)と非汚染者(通常の患者・職員および除染完了後の患者)の動線が交差しないように患者の動線を決定する。
- 自分で自ら外套を脱衣し、露出部を清拭できる(自己脱衣)ができるように、ゲートコントロール周辺に、自己脱衣エリアを確保し資器材を配備する。
- 脱衣が完了した患者は除染後エリア(コールドゾーン)へ誘導する。
- 液滴の皮膚への浸潤、皮膚刺激症状があれば水除染(局所が原則、必要あれば全身)を追加する。院内除染施設あるいは院外の除染施設を活用する。
レベルA: 有害物質が不明で、蒸気・ガス・液体・細菌などのあらゆる形態の生物化学物質から、呼吸器系・皮膚・眼・粘膜の高度の保護を必要とする最高度の危険性。
レベルB: 有害物質の性状・汚染溌度などが同定され、呼吸器系に対してはレベルAと同水準の高度の保護を必要とするが、皮膚に対してはレベルAよりは一段低い保護でよい程度の危険性。
レベルC: 有害物質の性状・汚染濃度などが同定され、呼吸器系統に対してはレベルBよりは一段低い保護でよく、皮膚に対しても概ねレベルBと同水準の保護を必要とする程度の危険性。
レベルD(+):気道、呼吸、顔面粘膜はレベルCと同等であるが、皮膚に対してはCよりは一段低いレベルで良い程度の危険性。化学防護用の面体・マスクと病院内で通常使用する標準予防策(長袖の手術着やガウン、エプロンを想定)
レベルD: 大気中に有害物質がなく、有害な化学物質との接触や、予見不可能な化学物質による人体への危険性が排除されており、最小限の皮膚の保護を必要とする程度の危険性。呼吸器系は防塵マスク、N95マスクと病院内で通常使用する標準予防策(長袖の手術着やガウン、エプロンを想定)
表3 PPE選択の目安
エリア | 水除染 | 除染前エリア | 除染後エリア | |
汚染患者との直接の接触の可能性 | あり | 少ない | あり | なし |
気道・呼吸 | 頭部、顔面を覆うレベルC | 顔面全体を覆うレベルC | 顔面全体を覆うレベルC | レベルD |
防護衣 | 耐浸水性のレベルC防護衣 | レベルCまたはレベルD | レベルC | レベルD |
手袋 | 耐化学性、2重 | 耐化学性 | 耐化学性 | 病院内と同じ |
長靴 | 耐化学性、耐浸水性 | 病院内と同じ | 耐化学性、耐浸水性が望ましい | 病院内と同じ |
- 進入ゲートの設定自力歩行患者および患者を乗せた車両・救急車の病院敷地内への進入ゲートを事前に決めておく。この進入ゲートは、可能な限り少なく、できれば1カ所とするのがよい。
- 患者を乗せた救急車・車両の停車位置エリアの設定
- サーベイの準備
- 乾的除染エリア
ⅰ. 自己脱衣可能な患者のための自己脱衣エリアの設定
ⅱ. 介助が必要な患者のための脱衣エリアの設定
ⅲ. 臥位除染エリアの設定
5. 水除染エリア
ⅰ. 場所の設定(院外または院内)
ⅱ. 必要物品の準備
6. 除染前エリア(ウォームゾーン)と除染後エリア(コールドゾーン)
ⅰ. 除染前エリアと除染後エリアの境界線を決める
ⅱ. 院内においても汚染患者の隔離エリアを事前に決めておく
ⅲ. 水除染エリアを院内に設置する場合は院内において汚染エリア(除染前エリア)と非汚染エリア(除染後エリア)の境界線を決める
7. トリアージエリアの設定
4)病院閉鎖のための病院出入り口の管理体制を事前に決めておく。- 要員を配置して人の出入りを管理する出入り口を事前に決めて明確にしておく。
- 施錠により閉鎖する出入り口を事前に決めて明確にしておく。
4.要員の配置・連絡・連携
1.化学テロ対応に応じた職員の招集と役割分担、配置を事前に決めておく。 1) ゲートコントロール (PPE: レベルC 又は レベルD+)ⅰ. 事務・警備職員2名程度
2) サーベイ (PPE: レベルC 又は レベルD+)ⅰ. 放射線検知や空間線量測定のための放射線技師(医師)
ⅱ. 医師・看護師を配置し、トキシドロームから原因物質を推定する。
特に神経剤曝露の判断(縮瞳、分泌亢進、維束攣縮)・解毒薬投与(硫酸アトロピン, オキシム剤)の必要性を大まかに判断する。
3) 除染 (PPE: レベルC又はレベルD+)除染エリアにおいて、患者の全身状態に応じて、以下の3つのグループに分類し、医師・看護師・コメディカル・事務職員等を配置する。
• 自己乾的除染グループ 自ら脱衣、露出部清拭が可能な独歩可能な患者を想定
ⅰ. 脱衣
ⅱ. 清拭
• 介助乾的除染グループ 脱衣、露出部清拭に介助が必要な患者で車イス等の要援助者を想定
ⅰ. 脱衣
ⅱ. 清拭
• 臥位乾的除染グループ 意識障害や重篤な症状等でストレッチャーでの搬送が必要な患者を想定
ⅰ. 脱衣
ⅱ. 清拭
ⅲ. 救急蘇生
4) トリアージ(PPE: レベルD)ⅰ. 医師・看護師事務職員
5) その他ⅰ. 臥位患者の搬送のための職員(PPE: 除染前エリア:レベルD+、除染後エリア:レベルD)
ⅱ. 病院建物閉鎖のための事務・警備職員(PPE: 着用不要)
• 出入りを管理する出入り口ごとに1~2名 • 施錠により閉鎖する出入り口を施錠し回る人員
ⅲ. 誘導・伝令(PPE:除染前エリア:レベルD+、除染後エリア:レベルD)
2.「NBCテロその他大量殺傷型テロ対処現地関係機関連携モデル」における関係機関連絡先を事前に確認しておく。- 消防本部
- 警察
- 海上保安庁
- 管轄保健所
- 専門機関
ⅰ. 日本中毒情報センター[中毒110番:大阪072-726-9923(24時間対応)、つくば029-851-9999 (9~21時対応)]
ⅱ. 国立感染研究所(代表:03-5285-1111)
ⅲ. 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構高度被ばく医療センター [放射線被ばく医療ダイヤル:043-206-3189]
5.事前計画を評価しておく
- 資器材の定期点検
- 訓練の実施と改善活動
- 地域防災計画等で病院の責務と役割を明確にしておく
- 病院のみで対応できない事柄に関して事前に医師会、日本赤十字社、保健所、行政と調整する
Ⅲ 災害発生覚知後の対応
• 目的 化学テロ災害発生時に、迅速に病院受け入れ態勢を構築する。
1.化学テロ災害を疑う事象は?(SENSE AND SIZE-UP)
以下の状況をみた場合、化学テロの発生を疑う(表4)
表4 化学テロ災害を疑う事象
2.化学テロを疑ったとき・発生情報を得たときの行動
【括弧内】は実施者を示す。
1. レベル(規模)の推定消防や警察、保健所や都道府県、他医療機関、メディア(テレビ、ラジオ)、SNS、インターネット等の情報を総合的に判断し、当院に来院する可能性のある傷病者数を推定する。なお、発災当初は情報が十分でないことが通常であるため、繰り返し情報収集と解析に努める。
2. スタッフを集める(レベルごとに)【現場指揮者(救急部門責任者)】
表5にレベル2における要員の目安を示す。
3. 院内責任者(院長など施設運営管理責任者)に報告ⅰ. 必要に応じて(レベル2以上の予測時)院内災害対策本部設置(各施設院内災害対応マニュアルに規定された本部)を要請する。
ⅱ. 災害規模に応じて、外来、手術、検査などの通常業務の継続可否を検討する
4. 院内関連部署への情報提供と人員の招集(表5)災害対策本部または現場指揮者(救急部門責任者)】
*院内緊急召集放送コードの利用を考慮する
ⅰ. 診療部門
医師数の確保を診療部長など責任者と相談し、必要に応じて各診療科からの応援を確保する。
ⅱ. 看護部門
看護師の確保を看護部長など責任者と相談し、必要に応じて各部署から招集、非番者の招集を検討する。診療部門と協議して空床確保を行う。
ⅲ. 臨床検査部門
多数患者の検体検査実施の可能性を通知し準備を指示する。オーダー方法、検体搬送方法、結果通知方法の確認をする(院内災害対応マニュアルに事前計画しておくことが望ましい)。
ⅳ. 放射線部門
放射線測定器(表面汚染測定器、線量率測定器など)準備指示、多数患者のX線撮影の可能性を通知し準備を指示する。オーダー方法・検体搬送方法・撮影フイルム返送方法の確認をする(院内災害対応マニュアルに事前計画しておくことが望ましい)
ⅴ. 薬剤部門
準備する薬剤の量は被災者数によって変わるので、1人あたりの使用薬剤の目安を表6に示す。
ⅵ. 事務部門
多数患者受け入れに関する体制準備指示をする。
•トリアージタッグ準備 • 除染設備準備 • 関係機関連絡先確認 • マスコミ対応準備(対応者、公表内容) • 記録
表5レベル2における要員の例示(人数)
- 医師10〜12 人
- 看護師10 数人
- 放射線技師 2〜5人(放射線検知時)
- 臨床検査技師 2〜5 人
- 薬剤師 2〜5 人
- 事務職(その他) 約30人 (うち女性は最低3人)
防護服を着用し建物外で活動する要員(交代要員は含まれない)
人数 | 医師 | 看護師 | 調整員(事務、コメディカル等) | |
ゲートコントロール | 2 | ○ | ||
サーベイ・放射線検知 | 4 | ○ | ○ | |
除染1 : 自己乾的除染グループ | 4 | ○ | ○ | ○ |
除染2 : 介助乾的除染グループ | 4 | ○ | ○ | ○ |
除染3 : 臥位乾的除染グループ | 4 | ○ | ○ | |
搬送 | 4 | ○ | ○ | ○ |
誘導・伝令 | 4 | ○ | ○ | ○ |
指揮調整 | 4 | ○ | ○ | ○ |
総計 | 30 |
建物内で活動する要員
人数 | 医師 | 看護師 | 調整員(事務、コメディカル) | |
本部要員 | 6 | ○ | ○ | ○ |
トリアージ | 2 | ○ | ○ | |
診療(医師) | 6 | ○ | ||
診療(医師) | 6 | ○ | ||
診療(医師) | 5 | ○ | ||
診療(医師) | 5 | ○ | ||
院内ゲートコントロール・警備 | 10 | ○ | ||
総計 | 40 |
※ 水除染が必要な場合はさらに要員が必要となる
表6患者1人あたりの使用薬剤の目安
① 現場指揮者(患者受け入れに関する全体統括者)
下記の分担を担う
② ゲートコントロール責任者 ③ サーベイ 責任者 ④ 除染責任者 ⑤ トリアージ責任者 ⑥ 搬送責任者(個人防護衣装着 有・無) ⑦ 診療責任者 ⑧ 情報管理責任者(患者情報集計)事前に役割ごとのアクションカードを作製し、事態発生時に各責任者の指名と同時にカードを配布する工夫も考えられる。
6. 患者受け入れ準備【現場指揮者が指示】- 個人防護具 (PPE)装着指示
- ゾーニング[ゲートコントロール参照、動線、エリア
- 除染設備.除染対応物品(脱衣衣類入れビニール、貴重品管理など)
- 患者 移動動線確認
- 脱衣場所確保
- 解毒・拮抗薬準備
- 死体安置所確保 NBCテロ現地関係機関連携モデルに基づいて、情報を収集し他機関と共有する。
3.安全確保(3S)
- 現場責任者はゲートコントロール担当者、サーベイ担当者、除染担当者、搬送担当者にPPE装着を指示する。特にゲートコントロール担当者は最優先である。
- PPE装着(PPEのレベル)は、除染前エリアではレベルCのPPEが理想であるが、汚染患者に直接接触することが少ない部署(例えば警備、交通整理・誘導、ゲートコントロール、搬送介助者、物品輸送、伝令、指揮等)はレベルD+を許容する。
- ゲートコントロール設定:事前に計画されている通りエリア設営をする。
- 余裕があれば患者用簡易呼吸防護具の使用を考慮する。
- 除染設備を準備する。
- 放射線測定器を準備する。
Ⅳ 収容準備(PREPARE)
Ⅰ ゲートコントロール
• 目的・ポイント- ゲートコントロールは、病院の機能を維持するために病院を汚染から守る重要な活動である。
- ゲートコントロールには、病院敷地へのゲートコントロールおよび病院建物へのゲートコントロールがある。
- 地下鉄サリン事件でも明らかなように大部分の患者は徒歩やタクシーで自ら来院するので早期のゲートコントロールが重要である。
- 化学テロ災害の汚染者(患者)と非汚染者(通常の患者・職員など)が混じることがなく分けて対応することが必要である。
- 汚染された可能性のある患者は、決められた場所に誘導・待機させ、院内に入る前に必ず乾的除染を実施することが重要である。
警備員や病院職員を病院敷地の出入口(門)や建物の出入口(玄関)に配置し、通常の患者と、災害現場付近から来院する汚染の可能性のある患者をいち早く発見し、病院建物内への侵入を防止し、待機場所や脱衣場所へ誘導する必要がありこの活動をゲートコントロールという。
ゲートコントロールの具体的な方法 1.準備 A.人員:- 「病院敷地のゲートコントロール」はおもに事務員・警備員が行う(以下病院敷地ゲートコントロール要員という)。病院敷地ゲートコントロール要員は管理すべきゲート毎に2名を配置する。患者に直接接触しなければ、通常の警備服(長袖、長ズボン)、手袋にレベルC対応の面体を許容する(レベルD+相当)。
- 「病院建物のゲートコントロール」は院内から事務員が行う(以下病院建物ゲートコントロール要員という)。病院建物ゲートコントロール要員は管理すべき出入り口毎に1−2名でPPEを着用する必要はない(レベルD相当)。
扱うゲート | PPEのレベル | |
敷地ゲートコントロール要員 | 敷地への出入口 | レベルD+ |
建物ゲートコントロール要員 | 建物への出入口 | レベルD |
- PPE(レベルD+):2着×ゲート数
- ベスト(反射板付き:夜間)
- 誘導棒
- コーン
- コーンバー(スライドバー)
- 安全表示テープ(立ち入り禁止テープ)
- 情報伝達のための資器材
- 拡声器
- ホワイトボード
- 指示標識・看板・掲示板
- 無線機
- 事前に案内メッセージを録音した再生機等
- 照明設備(夜間)
- 患者の動線(入口)、救急車・車両の動線(入口)・停車位置を事前に決めておく
- ゲートコントロールをすべき出入り口を明確にし、ゲートコントロール要員の配置計画を事前に決めておく
- 建物ゲートコントロールをすべき出入り口を明確にし、各出入口に病院閉鎖要員の配置計画を事前に決めておく。配置できない場所は施錠する。
- 災害対策本部の指示下あるいは事前計画に基づいて、事務責任者は部下に病院建物ゲートコントロール要員に命じる。
- 建物ゲートコントロール要員は、事前計画に基づいて、指定された病院建物の出入り口を遮断する。建物ゲートコントロール要員が管理できない出入り口は内側より施錠する。
- 建物内にいる患者・家族は、建物ゲートコントロール要員が管理する出口専用口より建物外に出す。
- 建物ゲートコントロール要員は建物内に入る全ての患者・職員、その他に対して当該の患者でないか、曝露された可能性はないかを確認し、可能性のあるものは院内への立ち入りを禁止し指定場所へ誘導する。
- 災害対策本部の指示下あるいは事前計画に基づいて、事務責任者は部下に敷地ゲートコントロールを命じる。
- 敷地ゲートコントロール要員は、計画に従って適切なPPEを装着する。
- 敷地ゲートコントロール要員は、計画に従ってゲートコントロールに必要な物品を準備する。
- 事前の計画に基づいて、患者や車両を誘導する。
※ 二次汚染を防ぐために、患者には直接接触せずに、視覚(掲示板、身振りなど)、音声(拡声器、テープレコーダーなど)を用いた情報伝達方法を活用することが重要である。
- 病院の受け入れ体制が確立したのち、現場指揮者に、計画に従って患者を指定場所に誘導する。
II ゾーニング(ZONING)
• 目的・ポイント- 被害拡大防止のために行う。病院の汚染回避により通常診療の継続が重要である。
- 汚染区域と非汚染区域と区別するためにゾーニングを行う。
- ゾーニングを行うことにより、汚染者(治療側も含む)が非汚染者と接触、交差することを防ぐ。
- 境界を明確に区別するため、テープなどの目印を使用し、明瞭に表示する
- ゲートコントロールから除染エリアまでが除染前エリア(ウォームゾーン)、以降は除染後エリア(コールドゾーン)となる。
- 院内で汚染が明らかになった患者や追加水除染が必要な患者を誘導するためのエリアを院内に設置する。
- ゾーニングの目的を果たすには、区域を決めるだけでなく、患者を誘導することが重要である。
- 動線は一方通行になるようにする。
- ゾーニングは、風向き、土地の高低、車両のアクセスなどを勘案して行うのが理想であるが 、病院のゾーニングは建物の配置、空間の場所により制限をうける。
除染エリアを設置し、除染前エリア(ウォームゾーン)と除染後エリア(コールドゾーン)を区切る。除染後エリアにトリアージエリアを設置する。
2.人員除染前エリア(ウォームゾーン)ではPPEを着用した要員を配置する。除染後エリア(コールドゾーン)ではPPEの着用は必要ない。
3.資器材 注意事項- 現場指揮者の指示に基づいて、事務担当者にゾーニングを行うよう命じる。
- ゾーニング担当者は、事前計画に基づきゾーニングを行う。この際、順番としては、ゲートコントロール設置→除染エリア設置→サーベイ+ トリアージエリア設置→ゾーニング(境界線設置)の順で行う。
※境界線は、コーン、ロープ、スライドバー、テープなどを用いて、明確に視認できるようにする。また簡単に境界を越えられないように工夫する。
※患者の誘導を円滑にするために案内板を掲げる。また、視覚的だけでなく音声案内も行う。
Ⅴ サーベイ(SURVEY)
• 目的・ポイント- 放射線測定を実施する(早期に放射線(R、N)の関与を判断する)。
- トキシドロームから原因物質を推定する。
- 但し気道確保、体表の活動出血に対する止血のほか、神経剤曝露(縮瞳・分泌亢進、線維束攣縮の存在から判断)に対する硫酸アトロピン投与は容認される。
1.準備
人員 資器材- 個人防護衣(PPE)、レベルD(+)2〜3着
- 放射線測定器(表面汚染測定器(サーベイメーター))1個、線量率測定器(空間線量計)1個、個人警報線量計(アラーム付)ポケット線量計2個
- ホワイトボード(患者記録や患者への伝達などに使用)、ホワイトボード用ペン
- 通信機器(無線機など)
- 拡声器
- 案内掲示板
2.手順
受け入れまでの準備- サーベイエリア責任者はサーベイエリアスタッフの役割分担(サーべイ実施者、搬送要員、誘導要員)の決定を行う。
- サーベイ エリアは汚染区域(ウォームゾーン)であることから、PPEを着用する。
- サーベイエリア の位置は、車両の動線、車両の停車位置、患者の受け入れ場所、除染エリアとの位置関係を考慮に入れて設置する。
- 患者の状況によって、ストレッチャー搬送、車いす、独歩可能患者のルートを分けて、除染エリアに誘導する。
- 現場除染が十分か不十分か:救急車など消防または警察車両で搬送され、現場で除染が確認でき、かつ搬送に関与した人員(救急隊など)に症状の訴えがない場合、現場除染が「十分」と判断する。それ以外は「不十分」とする。
- サーベイメーターを使用し全身を放射線検知(適宜最初の数人に対して)する。放射線が検知された場合には「放射線検出時の場合の手順」に進む。
- 歩行可能か不可能か、介助必要か否か、担架搬送が必要か否かの判断を行う。
(注意点)
- PPE着用のため患者とのコンタクトはとりにくい。説明などは掲示板を利用する。
- サーベイ実施者は患者が汚染されている可能性を考え、原則、触れてはいけない。しかし意識障害などで自力では動くことが不可能な場合はこの限りではない。
- 患者が化学剤を吸入する危険が高いと判断された場合、簡易呼吸避難防護具を患者に装着させる。
- 神経剤曝露が判断(縮瞳、分泌亢進、線維束攣縮)された場合は必要に応じて硫酸アトロピンを投与する。その対応のために硫酸アトロピン(プレフィルドシリンジ)をあらかじめ準備しておく。
Ⅵ 除染(DECONTAMINATION)
• 目的・ポイント- 除染とは汚染物質(汚染された衣服を含む)の除去により汚染物質を可能な限り院内に持ち込まないことを目標とする。
- 患者に対して迅速に乾的除染(脱衣と露出部の拭き取り)を院外で行う。
- 必要な患者にはABCの確保と拮抗薬の投与を除染と同時に行う。
- 衣服汚染の皮膚への浸潤、皮膚刺激症状があれば局所の拭き取り、水除染を追加する。
- 水除染は院外で行うことが理想であるが、院内の除染設備の使用も許容する。
- 除染にはPPEの着用が必要である。レベルCが理想であるが、レベルD(+)も許容する 。
- 水除染を介助する場合は、耐浸水性を有したレベルCのPPEを推奨する。
- プライバシーの保護を考慮しつつ除染の動線や場所、資器材を平時から事前に計画し訓練しておかなければならない。
除染における注意点
- 除染責任者は作業前に現場で環境温・湿度の測定を行う。PPEを着用する要員は相互に簡単な健康チェックを行い、何らかの異常を認めた場合には責任者に報告する。作業前には十分な飲水を心がける
- 個人防護衣(PPE)着用での除染作業は易発汗性、易疲労性の作業環境にあり、作業の継続は個人差があり、個人の体調、環境温、湿度にも左右される。一般には作業継続可能な時間は30分程度といわれ、交代チームを編成し、適宜交代する必要がある。
- PPE脱着の際にはペアで着用を助け合う。着用時にはマスク、手袋、作業靴の密閉性をお互いに確認し合う。密閉のため、通常、手袋と袖との間、作業靴と裾との間、正中の合わせ目(ファスナー)、襟元、マスクとフードとの間などに幅広い耐水性のテープを使用する。
- マスクの吸収缶の正確な装着、蓋の開放、マスクに接続される送気部品の接続と電源の確認もペアで確認し合う。
- 手袋着用の原則は3枚で、まん中が耐化学剤性能を有するもので、最内側は日常用いる使い捨て用手袋で、最外側は炭素入りなどの滑りにくい材質の手袋が望ましい。PPEを脱ぐ際には、最後に最内側の手袋を外す。
- 電池を用いマスク内を送気するPPEでは送気が電池エネルギーに依存するため、電池エネルギーの喪失により送気が停止する。送気の停止は作業者の生命にかかわる事態故、このような型のPPEにおいては補充用電池の確保が必須となる。これは電池を用いる機器(喉頭鏡、SpO2モニターなど)全てに共通する。
- 被災者のプライバシー保護に注意する。
- 被災者のバイタルサイン、神経剤曝露の判断(縮瞳、分泌亢進、線維束攣縮)を忘れない。特に爆傷においては鼓膜損傷による難聴が生じる可能性がある。
- 汚染された衣類、拭き取った布類を安全に収納・管理する。
- 汚染中においても緊急処置(蘇生)を優先する。その際、視診、聴診、触診に著しい制限がある。平時よりPPEを着用し定期的な訓練が需要である。
- PPEを着用しての除染は視野、聴覚の制限と情報伝達の制限、巧緻性の低下が必至であり、白板などの伝言板、説明文、音声案内、身振りなど工夫を有効に利用する。
- 水除染ではテープ類の固定力が著しく低下する。気管挿管実施時の気管チューブの固定は、チューブホルダー(トーマス®ホルダー)の使用が望ましい。
- 除染の際に使用する薬剤はプレフィルドシリンジを用いることを推奨する。
準備物品
1.基本物品- PPE(レベルC又はレベルD(+))
- 最内側用、最外側用のプラスチックやラテックスなどの手袋
- 筆記用具(白板用マジック、油性マジック)
- 情報伝達用白板(携帯用を含む)
- 除染エリア全体の案内に必要な機材、順路掲示板(適所に)
- 大量の大きなビニール袋
- 大量のタオル、毛布、スリッパ
- 電池、電源ならびに電源ドラム(各エリア)
- ストーブと燃料
- 患者搬送用ストレッチャーとバックボード
- 掛け時計(各エリア)
- 廃棄用ゴミ箱
- 医療資機材
- 薬剤(硫酸アトロピン、ジアゼパム)、シリンジ、注射針、医療廃棄物入れ
- 気道管理資器材(バッグバルブマスク(BVM)、喉頭鏡と電池、気管チューブ、チューブホルダー、スタイレット、シリンジ、酸素ボンベ)
- 環境測定用の温度計、湿度計
- 外側手袋除染用消毒剤(5%家庭用塩素系漂白剤)とバケツ
a.自己除染または要介助者に対する除染エリア(誘導、介助で男性・女性それぞれ2〜4名)
- エリア掲示板と情報伝達用白板
- 男女別エリア表示
- エリア案内と除染方法アナウンス用データと出力機器(テープレコーダーなどの音声再生機)
- 筆記用具(白板用マジック、油性マジック)
- 持ち物、脱衣を入れる透明なビニール袋(必要量)
- 荷札もしくはトリアージタグ(名札用)
- 簡易服(病衣、術衣、ディスポガウン、不透明ビニールで作成した衣服など)
- 毛布
- ハサミ
- 椅子
b.臥位乾的除染エリア(要員例:脱衣2名、処置2名、搬送2~3名)
- エリア掲示板と情報伝達用白板
- エリア案内と除染方法アナウンス用データと出力機器(テープレコーダーなどの音声再生機)
- ハサミ3つ以上
- 筆記用具(白板用マジック、油性マジック)
- 持ち物、脱衣を入れる透明なビニール袋(必要量)
- 荷札もしくはトリアージタッグ(名札用)
- 簡易服(病衣、術衣、ディスポガウン、不透明ビニールで作成した衣服など)
- 毛布
- ストレッチャー
- 廃棄用ゴミ箱
- 除染エリア掲示板(男女別区分も含む)と白板
- 水除染エリア案内板と除染方法アナウンス用データと音声出力機器
- 筆記用具(白板用マジック、油性マジック)
- 男女区別表示
- 水除染用シャワー(院内の水除染設備使用を許容する)、あるいはバケツ・ペットボトルの水、ホースや蛇口からの水を使用
- スポンジ(必要量)
- 石鹸(ボデイソープ)
- 透明ビニール袋(必要量)
- 薬剤(硫酸アトロピン、ジアゼパム)、シリンジ、注射針、医療廃棄物入れ
- 気道管理資器材(BVM、喉頭鏡、気管チューブ、チューブホルダー、スタイレット、シリンジ、酸素ボンベ)
- 時計
除染の実際
1.脱衣の実際(立位)- 脱衣は汚染部位ならびに着衣の外側を内側に丸め込むように脱衣する。逆向きに丸め込むと汚染を拡大するので注意が必要である。
- 頭部をくぐらなければ脱衣できない場合はハサミで前後に着衣を裁断し、顔面・頭部への汚染を防止する。
- 特に冬場で、重ね着している場合は外套のみの脱衣を許容する。
- 衣服の裁断を原則とする
- 裁断した衣服は、汚染部位ならびに着衣の外側を内側に丸め込むように脱衣する。逆向きに丸め込むと汚染を拡大するので注意が必要である。
- 着衣裁断の際は身頃、袖、襟、肩の前後を分ける左右の外側線を中枢から末梢へ向かってハサミで切り、前後2枚に裁断する。外側を内側に丸め込むように脱衣し、ビニール袋に収納する。
- 仰臥位では着衣裁断後、腹側を脱衣した後、ログロールもしくはフラットリフトにて背側を脱衣する。
※ ハサミで患者ならびに職員を傷つけないよう十分注意する。
4.乾的除染の実際- プライバシーの保護をしつつ、汚染された衣類を脱衣所で注意深く脱がせる、あるいは担当者がハサミで裁断する。
- 除去した衣類、所持品、身体に装着されたすべてのものをはずし、貴重品と廃棄できる衣服を別々にしてビニール袋に入れ、口をしっかり縛る。
- 脱衣が完了した後、簡易服を着衣所で着衣する。
- トリアージエリアへ移動する。
- 明らかに露出部位に汚染を認めた場合には脱衣所にてこれを拭き取っておく。
- プライバシーの保護をしつつ、汚染された衣類を注意深く脱がせる、あるいはハサミで裁断する。
- 除去した衣類、所持品、身体に装着されたすべてのものをはずし、ビニール袋に入れ、口をしっかり縛る。
- 脱衣が完了した後、歩行可能な被災者は自ら、歩行不能な被災者は除染担当者が露出部や汚染部位を中心に適切な温度の水でスポンジを用い洗う。皮膚を傷つけるほどスポンジで皮膚を強くこすらないように気をつける。開放創は最優先に洗浄する。洗眼もこのときにしっかり行う。次いで備えつけの洗剤を用いて露出部や汚染部位を中心に洗った後、洗い残しのないよう。十分にすすぎを行う。洗い残しが多い部位は指間、腋窩、背面、特に臂部などである。
- バックボードなどの搬送器具も十分洗浄する。
- 除染後は着衣所にて低体温防止のために水分をしっかり除去し、新しい着衣を付け、毛布にて保温に努める。
- 拭き取り後、トリアージエリアへ移動する。
- 除染中の緊急処置には以下が含まれる。
- 気管挿管を含む気道確保
- 痙攣時のジアゼパム10mgの筋注
- 神経剤曝露の判断(縮瞳、分泌亢進、線維束撃縮)による硫酸アトロピン1~2mg筋注がある。
- 除染作業では必ず交代が必要になる。
- 現場責任者もしくはエリア責任者から交代の合図とともに交代する。また、作業中になんらかの問題が生じた場合も責任者の判断のもと、同様に交代する。
- 【耐浸水性の防護衣を着用している隊員限定】洗浄される者は両上肢を45度程度外転し、頭を垂れ、雨傘のような体勢をとる。その状態で第三者がシャワーを用い頭側からPPEを十分に洗浄する。
- 洗浄終了後、PPE脱衣の前に3枚目の最外側の手袋を外し、5%家庭用漂白剤でまん中の手袋を洗浄し、次いで水で洗い流す。これを3回繰り返す。同様に作業靴を洗浄する。
- 脱衣したPPEを収納するビニール袋の口を広げ、その中に立つ。脇に脱衣後に使用する靴を用意する。
- PPEに貼付した密閉用テープをすべて外す。
- まん中の手袋を外す。
- PPEの脱衣は上述した脱衣の基本と同様で、外側を丸め込むように脱衣する。手順としてはフードを外し、正中のファスナーを開放し、両袖を袖口付近まで外す。
- 両袖口を外さないまま、身頃、下肢へと脱衣を進め、作業靴を脱いで、両袖を脱ぐ。
- マスクのストラップを開放し、マスクを外す。
- 脱衣したPPEをビニール袋に収納する。
- 最内側の手袋を外す。
- 休息と飲水などの後、再度除染作業に入る場合には洗浄したPPE、もしくは新しいPPEを同様に装着し作業する。
- 院内災害対策本部もしくはエリア責任者から撤収の合図とともに作業を開始する。
- 除染の作業により汚染されたと考えられる場所、器材を大量の水で洗浄する。
- 特異的な除染剤・中和剤などがあれば併用する場合もある。
- 洗浄が完了したら上述の脱衣の方法により脱衣する。
- 明らかに皮層に汚染を認めた場合には脱衣所にてこれを拭き取る。
- その後は乾的除染に準ずる。
→除染の最終段階で、放射線検知を行う。
- 局所で放射線検出されない場合トリアージエリアへ移動する。
- 開放創などのため十分な除染が実施できず、局所で放射線検出される場合局所拭き取り除染を行い、局所放射線汚染部を被覆(被覆材・ラップやガーゼなどで覆い、包帯などでずれないように巻く)して汚染拡大を防止しトリアージへ移動する。トリアージ・診察の結果、迅速な治療が必要と判断されれば、これを優先的に実施する。優先治療不要な場合や優先治療終了時、養生など汚染拡大防止準備済みの部屋で、局所放射線汚染部を十分な麻酔下に大量の生理食塩水による洗浄や汚染組織のデブリードマンなどを実施して除染する。
- 放射線源となっている可能性のある金属片などが刺さっていて容易に除去できる場合には除去する。除去した異物の管理は注意する。
Ⅶ トリアージ(TRIAGE)
- 除染が終了した患者について治療の優先順位を判断するものである。
- START式トリアージをベースにしているが、シアン(CN)、神経剤(N)などでは、呼吸停止であっても、拮抗薬の使用によって状態が改善する可能性があるため、致命的外傷患者でない限り安易に黒に判定しない。
1.準備
1.人員- トリアージエリアには責任者1名、実施者(1~2名)を配置。
- エリア内搬送要員[個人防護衣(PPE)非着用] 3~4名。
- トリアージ後、患者を各トリアージ区分(赤・黄・緑・黒)のエリアへ移動させるための搬送班も必要数待機させる。
- 除染の後に行うので、PPEを着用する必要はない。但し、外傷患者の血液や体液で汚染されないように、標準予防策に準じた、マスク・手袋などの着用は必要である。
- 体温低下を防ぐための毛布などを準備しておく。
- 神経剤の場合は迅速な治療が必要となることがあるため、以下のような蘇生のための医療器材一式は、すぐに使える状態にしておく必要がある。
- 解毒・拮抗薬
- 神経剤に対し→硫酸アトロピン
- 痙攣に対し→ジアゼパム
- 気道確保
- 気管挿管
- 外科的気道確保
- 呼吸
- バッグバルブマスク(BVM)あるいはジャクソンリース回路
- 酸素
- 解毒・拮抗薬
2.手順
- 患者が歩行可能であり、かつ化学剤による症状が認められない場合、「緑」とする。歩行不能、あるいは化学剤による症状が疑われれば次に進む。
- 呼吸が感じられない場合、直ちに気道確保を行う。
- 呼吸が確認できたら、呼吸回数で次の判定を行う。
- 橈骨動脈の触知を行う。
- 簡単な命令に従うかをチェックする。
1)気道確保を行っても呼吸が感じられない場合
1 蘇生が困難と考えられる重症外傷を認めた場合「黒」とする。
2 それ以外の場合は、「赤」と判定し、人工呼吸を行うとともに、神経剤を疑う所見がないかをチェックし、必要に応じ解毒・拮抗薬を投与する(この点が、通常のSTART式トリアージと異なっている)。
1)呼吸数が毎分9回以下、あるいは30回以上なら「赤」と判定する。
2)呼吸数が毎分10回から29回であれば次に進む。
1)橈骨動脈が触れない場合「赤」と判定する。
2)橈骨動脈を触知できれば次に進む。
1) 命令に応じなければ「赤」と判定する。
2) 命令に応じる場合「黄」と判定する。
Ⅷ 評価と診療(EVALUATION AND CARE)
• 目的・ポイント- PRIMARY SURVEY (PS)
- 生理学的危機を探知し蘇生する(バイタルサインの安定化)。
- 化学テロ災害患者特有の病態CN-N(CN:シアン、N:神経剤)を認知し適切な蘇生および拮抗薬投与を行う。
- SECONDARY SURVEY (SS)
- 曝露原因物質の推定を進めながら詳細な身体観察・検査・処置。
- 化学剤の特性を念頭に、詳細な発災状況把握と身体観察から原因別の対処を行う。
1.準備
1.場所設定- 診療場所は、院内災害対応マニュアルに準じる。
- 区分I(赤)、区分Ⅱ(黄)、区分Ⅲ(緑)、区分0(黒)のエリアを設定する。その際に配慮すべきこととして、
2)ボトルネックとなりやすいX線撮影や手術室、アンギオ室との動線が交差せずスムーズであるか否かを確認する。
- 診療エリアの責任者1名、補佐役1~2名
- 事務職員数名
- 診療を行う医療チーム(医師、看護師):基本的には院内災害対応マニュアルに準じる。
1)区分I(赤)エリア:(医師1名十看護師2名)×2チーム以上
2)区分Ⅱ(黄)エリア:医師1名十看護師2名以上
3)区分Ⅲ(緑)エリア:医師1名、看護師数名
- 個人防護衣(PPE)は不要。スタンダードプレコーションに準じる、皮膚を露出させないように留意
- サージカルマスク、ゴーグル、ガウン、ビニールエプロン、ディスポ手袋、ディスポキャップ。
- 通常の診療資器材に加え以下の物品を用意。
- ホワイトボード、拡声器
- 筆記用具、ハサミ、密閉用ビニール袋、ガムテープ、廃棄物箱
- 通信機器(無線、院内PHSなど):本部、病棟、手術室、放射線科などとの連絡
- 一般診療資器材
- 特殊薬剤(PAM、硫酸アトロピンなど)
2.手順と注意点
1.受け入れ- 診療責任者は役割分担をする。
- 診療責任者は診療エリアの場所を設定し、資器材の確認を行わせる。
- ベッド作成
- 除染終了患者を境界線まで迎えに行く。
外傷診療の第一印象(ABCD評価*)に加え、PSPS**の有無を見てCN-N(シアン、神経剤)を素早く探す。
*(A:気道、B:呼吸、C:循環、D:意識を素早く15秒程度で評価する手順)
**(P:縮瞳、S:鼻汁などの分泌亢進、P;肺・呼吸、S:皮膚・筋所見)
b. 詳細なABCDEアプローチ(通常の外傷診療の手順に加え)- Airway:
- Breathing: 呼吸の評価と安定化
- Circulation: 循環の評価と安定化
- Dysfunction of CNS: 中枢神経の評価と安定化
- Exposure and Environmental control:除染後の衣類除去と環境管理
1)必要なら気管挿管。分泌が多い場合は、神経剤を疑い、吸引。硫酸アトロピン1~2mg筋注。
1)頸部・胸部の観察、酸素投与、胸部X線
2)SpO2低下のない呼吸困難ではシアンを疑い、気管挿管と100%酸素投与。
1)皮膚所見、脈の触知、輸液路確保・輸液
1)意識レベル確認、瞳孔所見
2)痙攣コントロールにはジアゼパム5mg静注または10mg筋注投与
3) 瞳孔正常、分泌亢進なし、線維束攣縮なしの痙攣ではシアン中毒を疑う。
1) 外傷の合併、皮膚病変評価、保温
2) 切迫するシアンを疑ったらSECONDARY SURVEYの最初に確定のための情報収集に努める。
PRIMARY SURVEYの中でシアン中毒を疑った場合、迅速に以下のことを実行。
- 動・静脈血液ガス分析(説明できない乳酸アシドーシス、静脈血中の高酸素分圧)
- 情報収集(現場物質簡易検知結果、日本中毒情報センターなど)
- その結果、確定的と判断した場合は早急に拮抗薬を投与する。シアン中毒の拮抗薬投与はStep 5 参照。
- Information: 情報(現場、中毒情報センター)
- Symptoms: 自覚症状
- Analysis, Antidote and Allergy: 分析結果、解毒剤、アレルギー歴
- Meal: 最終経口摂取時間
- Place: どこで?
- Last action: いつ、何をしていたか?
- Event: どのような状況で曝露された?
重要! 「NBCテロその他大量殺傷型テロ対処現地関係機関連携モデル」に基づき消防本部を介して現地の物質検知情報、日本中毒情報センターの情報を収集し、総合して評価・診療をする。また、患者診療の結果、得られた臨床情報を、消防本部および日本中毒情報センターへフィードバックする。
*個々の医師、機関からの問い合わせによる回線輻輳に注意。
- 状況から曝露が疑われる徴候をみた場合化学テロの発生を疑う。
- 瞳孔(P)、分泌(S)、呼吸・肺(P)、皮膚(S)をチェック:いずれかの物質に合致しない場合、PSPSの陽性所見を重視して、複数の物質曝露を考慮する。
- 神経剤:血清ChE低下
- シアン化合物:説明できない乳酸アシドーシス、静脈血中の高酸素分圧
- びらん剤:
- 放射線(急性放射線症):
- 前駆症状(悪心、嘔吐、下痢、頭痛、意識障害、発熱)(被曝直後消失する)
- リンパ球数減少(被曝2時間後から)
- 神経剤・ 硫酸アトロピン2~4mg(筋注)・・ 分泌が落ち着くまで3~5分ごとに繰り返す・ PAM1g: 20分以上かけて静注
- シアン化合物・ ヒドロキシコバラミン5g+注射用蒸留水100m/静注(シアノキット(R))・ 直後なら亜硝酸アミル吸入5分ごとに5~6回・ 3%亜硝酸ナトリウム10ml 5~15分かけて・ 10%チオ硫酸ナトリウム125mL 10分以上かけて
- びらん剤:ルイサイトならBAL(R)2〜4mg/kg 4〜12時間毎 筋注を考慮する
- 窒息剤:特になし
- オピオイド:ナロキソン塩酸塩0.2mg静脈内投与(反復投与が必要)
- 急性放射線症:特異的な治療なし。合併する外傷などの治療を優先する。
- 放射性物質汚染:合併する外傷などの治療を優先する。安定化の後、局所除染、下記キレート剤投与を考慮する。
- 外傷の場合,詳細な全身観察と根本治療を実施する。
改訂点の概要
1 基本的な考え方
患者の救命や合併症を最小限にすることを最大限に尊重する。そのためには救命処置までの時間を重視し、治療の効果を最大限上げるためにすべての患者にDDABC(*注)を迅速に提供することを目的とする。
(解説)
東京地下鉄サリン事件では、病院での医療者の2次被害が問題となった。このため、現行の初動マニュアルやNBC災害・テロ対策研修等では、「対応要員のレベルCのPPEの着用の徹底」、「病院建物に入る前の除染実施の徹底」、「汚染区域と非汚染区域の区別の徹底」が強調されてきた。一方で、実際の訓練で検証を行ったところ、こうした活動の重視は、ゲートコントロールや除染エリアの手前で多くの患者の停滞を生み、救命処置や解毒薬投与への遅れにつながり、生命及び機能的予後に大きく影響を与えることが明らかとなった。東京地下鉄サリン事件では、心肺停止の患者が迅速な救命処置により社会復帰した症例が報告されている。患者の救命を最大限に尊重し、時間を意識した対応が求められる。本研究班では、世界における最新の知見や動向の調査を踏まえ、「理想的な計画・準備」から、「効果的かつ現実的な計画・準備」へと考え方を大きく転換し、時間短縮により患者の救命と後遺症の軽減を意識した対応が不可欠であるという認識に至り、初動マニュアルを改定した。
(*注)救急初期診療においては気道(Airway), 呼吸(Breathing), 循環(Circulation)の手順に従って救命・蘇生処置を行う線形アルゴリズムが基本でありこれは救急診療のABCとして知られている。化学テロ災害特有の概念としてABCの前に①解毒薬・拮抗薬の投与(Drug)と、②除染(Decontamination)が重要でありDDと呼んでいる。化学テロの初動ではABCの前にDDを行うことが重要であり化学テロの診療手順はDDABCとなる。
①Drug(解毒薬・拮抗薬):解毒薬・拮抗薬が存在する場合、優先的に薬剤を投与することの重要性を示している。特に神経剤曝露の場合、分泌亢進、気道攣縮などにより気道確保のための気管挿管や有効な人工呼吸が困難になる場合もある。このような場合も、硫酸アトロピンやPAMの投与を早期に行うことで気道確保(A)が可能となる。
②Decontamination (除染):患者の除染を優先することで患者の救命と共に、医療者の二次被害を避けることが可能となる。
2 防護衣(PPE)の考え方
東京地下鉄サリン事件の際には汚染された患者が除染されることなく病院建物内に入り、多くの病院職員に2次被害をもたらした。これを避けるためには警備員や病院職員を病院敷地の出入口(門)や建物の出入口(玄関)に配置し、通常の患者と、災害現場付近から来院する汚染の可能性のある患者をいち早く発見し、病院建物内への侵入を防止し、待機場所や脱衣場所へ誘導する必要がありこの活動をゲートコントロールという。除染が完了していない患者に対応する要員は、原則として、顔面全体を覆うことができる面体型の濾過式呼吸防護具(レベルC面体)とレベルC化学防護衣が必要である。一方、ゲートコントロール要員は患者と直接接触しないならば、その要員が装備するPPEは、気道呼吸に関しては、顔面全体を覆うことができる面体型の濾過式呼吸防護具(レベルC)を必要とするが、防護衣はタイベックス型の防護衣や病院で調達可能な全身を被包できる手術用ガウンやエプロンや(レベルD相当)が許容される(以下、「レベルD+」という)。同様に直接汚染患者に接触しないことが想定される本部要員、誘導、伝令、搬送介助、自力脱衣介助等の要員のPPEも「レベルD+」が許容される。なお、水除染の介助者は、耐浸水性を有する化学防護衣、手袋、長靴の着用を原則とする。除染が完了した患者を対応する要員は、レベルDで対応可能である。二次汚染の危険があると判断されたならば、除染後の患者対応においてもレベルC面体の着用が推奨される。
(解説)
米国労働安全衛生局(OSHA)のガイドラインでは、災害現場において活動する消防警察等の災害現場での対応者(first responder)がウォームゾーンで活動する場合はレベルBのPPEで活動し、原因物質や濃度が同定された後にレベルCのPPEが使用できるとしている2。一方で病院では、原因物質が存在する現場とは異なり、原因物質は患者や衣服に付着する物質に限定されるため、想定される濃度は極めて低いと推定され、現場の対応とは異なる基準が必要である3。OSHAの病院受け入れガイドライン4では、病院での対応者(first receiver)を災害現場での対応者(first responder)と区別し、病院対応でのPPEは除染前エリアでは電動ファン付き呼吸用保護具(PAPR: Powered air-purifying respirator)を有したレベルCが標準であり、除染後エリアではレベルDが標準であるとしている。また、吉岡ら5は、「開放空間においては直接未除染被災者と接触するスタッフ以外、ウォームゾーンでは個人防護装備は不要と思われる。医療機関のゲートコントロール要員には数少ないレベルC防護装備を使用せず、除染スタッフのみが使用するのがコミュニケーション上も有効な対応である」と述べている。一方、安全の観点から気道、顔面粘膜、呼吸の防護は重要である。専門家によるWGの検討においては、汚染患者に直接接触する可能性の少ないゲートコントロール、伝令、本部要員、誘導、移動搬送、自力脱衣介助等の要員は、レベルC相当の面体型の濾過式呼吸防護具や吸収缶での装備に加え、皮膚に関しては院内における標準防護装備(レベルD)が許容されるとし、これを「レベルD+装備」と名付けた。なお、水除染介助者については、化学剤が溶け込んだ洗浄水により露出されている皮膚への曝露や防護服の浸透の危険がある。そのため、全身を覆いかつ耐透過性、耐浸透性(撥水性)の高いレベルC(呼吸、皮膚)の防護衣、手袋、長靴の着用を原則とした。
3 除染の考え方
1)乾的除染
乾的除染とは衣服の除去(脱衣)と露出部や汚染部位の拭き取り(清拭)により原因物質を取り除く除染法である。具体的には、①外套の脱衣、②露出部や汚染部位の局所清拭を実施する。歩行・臥位にかかわらず乾的除染を出来るだけ多くの患者に迅速に実施する。自ら実施可能な患者は自己脱衣・自己清拭を推奨する。介助が必要な患者についてはスタッフや患者の同行者が介助する。担架搬送が必要な患者は、スタッフが衣服を裁断し、衣服を除去し、露出部の清拭を行う。
2)自己除染の推奨
自分自身で脱衣可能な患者は可能な限り早期に自己脱衣を実施し、脱衣した衣服は袋に入れ密閉し、露出部位をウェット・ティッシュ等で自己清拭する(自己除染)。自己脱衣のための設備の整備や物品の備蓄を推奨する。自己脱衣は受傷直後に実施することを推奨し、病院施設外での実施を推奨する。平時から一般市民に自己脱衣の啓発を行うことが推奨される。
3)水除染
水除染とは水を用いて洗浄除去・希釈することにより原因物質を取り除く除染法である。乾的除染に加えて水除染が必要な患者は、皮膚への浸達や皮膚症状がある場合に限定される。脱衣場所や除染設備の設置については、設置時間の短縮、設置人員や業務負担の軽減、24時間365日の対応の確実性をはかるために既存の設備を利用することが推奨される。また水除染の方法も、全身除染設備に限定せず、ペットボトル、バケツ、水道等病院で可能なものを利用する。水除染は病院建物外で行うことが理想であるが、乾的除染が完了した患者に対しては病院建物内の除染施設で水除染を追加することが許容される。
(解説)
米国生物医学応用研究開発局(BARDA: Biomedical Advanced Research and Development Authority)から発出されている除染マニュアル「PRISM(Primary Response Incident Scene Management)」において、Rule of Tenとして図示されているが、脱衣で90%の除染が、露出部の拭き取りで99%の除染が可能とされている6。最近、英国では、患者各自が脱衣を実施し、さらに顔面や手の露出部位や髪を拭き、その後必要に応じて専門チームによる除染を行うプロトコールが提案されている7。わが国でも、自己脱衣を推奨し、露出部の拭き取りを出来るだけ多くの患者に迅速に施し、必要な人・部位にのみ水除染を追加する方策を標準とした。
4 ゲートコントロール
ゲートコントロールとは、警備員や病院職員を病院敷地の出入口(門)や建物の出入口(玄関)に配置し、通常の患者と、災害現場付近から来院する汚染の可能性のある患者をいち早く発見し、病院建物内への侵入を防止し、待機場所や脱衣場所へ誘導する活動を指す。病院から汚染を守り、院内における二次被害を防止するために重要な活動で、発災の覚知から迅速に行う必要がある。敷地のゲートコントロールを行う警備員やその他の要員は前述のレベルD+としてレベルC相当の面体型の濾過式呼吸防護具や吸収缶での装備に加え、皮膚に関しては院内における標準防護装備(レベルD)の着用が許容される。建物のゲートコントロール要員は、通常の服装(レベルD)で可能である。ゲートコントロール要員の役割として患者に対して自己脱衣・自己清拭を促すことが推奨される。
(解説)
過去の事例を検討すると、患者は何の前触れもなく来院する。化学テロ・災害の情報は直後では明らかでない。災害発生後現場で除染されない患者が多数来院する。東京地下鉄サリン事件では全患者の80%が独力で除染もされないまま病院に到達した8。病院は日頃より消防機関や警察等と連携をとり、災害情報が迅速に提供される態勢を整えると共に、何らかの発災の情報を得た場合は、ゲートコントロールをいち早く行う必要があることを強調した。
5 サーベイ
患者の中毒症状(トキシドローム)より原因物質を推定する。最初の数名の患者や脱衣した衣服に対して、放射線検知を行う。
(解説)
早期からの患者サーベイも重要である。化学災害においては、放射性物質を除外すると共に、症状の組み合わせにより原因物質の推定は可能であるとされておりトキシドロームとよばれている。トキシドロームにより原因物質と程度を類推することができ9、拮抗薬の投与の目安となる。
6 ゾーニング
除染前エリアと除染後エリアをわける。除染前エリアはウォームゾーン(Warm Zone)、除染後エリアはコールドゾーン(Cold Zone)とも呼ばれる。
7 平時とテロ災害対応の連続性
通常の中毒救急事案から化学テロ災害事象へ連続して移行できる計画や準備を提案する。院内においても二次汚染の危険があると判断されれば気道、呼吸、顔面皮膚粘膜を防御する目的に面体型の濾過式呼吸防護具(レベルC)を直ちに着用することが推奨される。
(解説)
平時の救急対応事案から多数患者災害対応に連続的に対応できる体制が不可欠である。2008年5月農薬クロロピクリンを飲んで自殺を図り搬送された患者の吐物から強い塩素系ガスが発生し、吸い込んだ医師、病院スタッフ、患者等10名が入院する事件が発生した10。米国でも有機リン農薬服用患者の嘔吐により、病院スタッフの二次被害が発生し、アトロピンやPAMの投与を要した事例が報告されている11。病院スタッフが外傷診療等で使用する標準PPEに加え気道、顔面粘膜、呼吸の防護できる面体型の濾過式呼吸防護具を迅速に装着できる準備を平時から整備することが重要である。また、院内に汚染された患者が万一侵入した場合でも、職員や通常の患者から隔離できる区画や除染設備を24時間365日ベースで運用できるよう院内や救急部門隣接施設に除染設備が必要である。
参考文献
1.厚生労働科学研究事業「健康危機管理における効果的な医療体制のあり方に関する研究」班編:救急医療機関におけるCBRNEテロ対応標準初動マニュアル.永井書店、東京、2009
2.Occupational Safety and Health Administration. Hazardous Waste Operations Emergency Response. Washington, DC. Occupational Safety and Health Administration; July 1, 2002. 29 CFR 1910.120(q)(3)(iii–iv).
5.吉岡敏治ら.中毒研究. 2019; 32: 19-29.
7.Chilcott RP, et al. Emerg Med J. 2019; 36: 117-123.
9.Chemical Hazards Emergency Medical Management:CHEMM Toxidrome Cards
10.NIH CHEMM Toxidrome cards https://chemm.nlm.nih.gov/toxidrome_cards.htm (Accessed on September 9th, 2018)
11.小山 洋史ら.クロルピクリン集団災害における危機管理 (特集 集団中毒に対する危機管理体制–第30回日本中毒学会シンポジウム).中毒研究. 2009; 22, 25-31.
令和元年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等に向けた包括的なCBRNEテロ対応能力構築のための研究
化学テロ発生時の多数患者対応(病院内)に関わる研究 研究分担者 本間 正人 (鳥取大学医学部器官制御外科学 救急災害医学分野 教授) 研究協力者 大友 康裕: 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野教授 阿南 英明: 藤沢市民病院 副院長 高橋 栄治: 沼田脳神経外科循環器科病院 救急部長 嶋村 文彦: 千葉県救急医療センター 検査部長兼外傷治療科主任医長