銃創・爆傷のプレホスピタルケア総論
【アルゴリズムの要点】
銃創・爆傷のプレホスピタルにおける救命処置の優先順位は,米国の Tactical Combat Casualty Care (TCCC)1)- 3)および Tactical Emergency Medical Services(TEMS)4)に基づいた “MARCH” が望ましい (図 I – 1).このアルゴリズムは,M:Massive hemorrhage(大量出血の制御),A:Airway(気道確保),R:Respiration(緊張性気胸の解除と呼吸管理),C:Circulation(静脈路確保とショックの治療),H:Head injury(低酸素や低血圧などによる頭部外傷の悪化を回避)/Hypothermia(低体温の治療と回避)で構成さ れる.通常の救急医療の外傷救護においては,ABCDE の順番で救護・処置がなされるが,銃撃・爆弾テ ロに対する救護においては,気道確保・呼吸・循環の前に,四肢からの大量出血を制御する必要があると いうアルゴリズムである.すなわち,銃創や爆傷では短時間で致命的になり得る四肢の大量出血がしばし ば問題となり,まず目にみえる大量出血の制御を優先させることが救命処置として最重要という概念に基 づく.最初の評価・処置は,危険が伴う現場で行わなければならない場合があり,可能な限り脅威を排除 して,すみやかな退避・脱出に努めるとともに,四肢からの大量出血に対しては,軍用止血帯などによる 出血制御を早期に実施することが推奨される.そして,そののち呼吸管理,循環管理,意識・体温管理へ と通常の順番に外傷救護を行うのがよいが,可能な限り迅速に後送する必要がある.
【銃創・爆傷に関する医学的エビデンスの基盤となる戦術的戦傷救護 TCCC の紹介】
TCCC は米軍特殊作戦群と米国保健医科大学が作成したガイドラインであり,1997 年から特殊部隊に,2010 年からは米軍全軍に導入された戦傷救護のことである.米国国防総省内の戦場負傷者管理分野におけ る負傷者救護・救命処置の標準と位置づけられており,現在では米国外科学会や米国救護員協会からも推 奨されている.TCCC の理念(TEMS の理念も同様)は1.負傷者の救護,2.さらなる負傷者の発生防止, 3.任務の完遂,に集約される 1)- 4).
TCCC は実証的分析により発展してきた.ベトナム戦争の米軍兵士の死因分析を行った結果,防ぎ得る 外傷死の原因は四肢外傷からの出血,気道閉塞,緊張性気胸であった.特に,四肢外傷からの出血は全体 の死因の 9% に達し,無視できない病態であることがわかった 5).このことより,米軍は 2001 年から 2010 年のイラク・アフガニスタン戦争において,四肢からの出血に対して CAT という軍用止血帯による止血 を全軍に指示した結果,四肢からの出血で死亡した症例が全体の 3%まで減少した 6).さらに,2001 年か ら 2010 年の間に特殊部隊である第 75 レンジャー連隊に対しては,CAT による四肢の止血だけでなく, 骨髄輸液,胸腔穿刺,外科的気道確保などの TCCC に基づくすべての救命処置を指示し,全軍には CAT による四肢外傷からの止血のみを指示して比較検討したところ,全軍では戦傷者 18,681 人のうち 3,064 人 が死亡して 16.4%の死亡率であったのに対し,第 75 レンジャー連隊では戦傷者 262 人に対して死者 28 人で, 死亡率は 10.7%と低率であった 7).この結果から,米軍は 2010 年以降,全軍に TCCC を導入することを 決めた.
TCCC の特徴は,通常の外傷救護と異なり,前述した MARCH(Massive hemorrhage,Airway, Respiration,Circulation,Head injury/Hypothermia)の順番に処置することにある.すなわち,まず四 肢の損傷の大出血による出血死を防ぐことから開始する.救急救護のフェーズとして砲火下の救護(Care under fire),戦術的野外救護(Tactical field care),戦術的後送救護(Tactical evacuation care)の 3 つ に分けられる 8)9).
ホットゾーンでの “ 砲火下の救護 ” では,脅威の排除が最も重要で,救護のためにさらなる負傷者を発 生させてはならない.負傷者を現場から脱出させるのが目標であり,負傷者自身もしくは救護者が応急処 置を行うのが原則である.そして,脅威の排除の大原則のもとに,四肢などの外出血を軍用止血帯で止血 する.気道確保としての気管挿管は,喉頭鏡使用で光を標的に銃撃されるかもしれないので,戦術的野外 救護の段階まで待つのが原則である.砲火下の救護では,敵からのさらなる銃撃や次なる爆発の危険があ る最も危険な地域での救護であり,負傷者本人または仲間による処置が基本で,軍用止血帯を用いて緊縛 止血のみ行う.また,頸椎保護は頸椎損傷を強く疑わせる症例を除いて実施しない. ウォームゾーンでの戦術的野外救護では,最も危険な地域からは脱出したものの,依然として危険な領 域における救命処置であり,米軍では衛生兵による応急処置が救命率を上げている.前述したとおり,米 軍では四肢損傷による大出血,気道閉塞,緊張性気胸に対する迅速な救命処置が受傷者を救っている.そ こには,有益な救命処置のみを実施し,迅速に戦術的後送救護へと繋ぐ “buy time” の概念が根底にある. すなわち,現場でタイムリーな救命処置のみを行い,少しでも早く後方の安全な地域へ負傷者を送るとい うのが原則である.TCCC では医師資格をもたない戦闘員あるいは衛生兵であっても救命処置を行う.ま た,毛布などで保温し,低体温を防止する.資機材は限定され,医療用酸素は準備できないことも多い. コールドゾーンへの搬送フェーズとなる戦術的後送救護では,基本的には戦術的野外救護の救命処置を 継続して,戦傷者を搬送する.後送中に経鼻エアウェイによる気道確保では不安がある場合には,きちん と気管挿管を施行して気道確保した方がよい.緊張性気胸に対しては胸腔穿刺を行って症状の改善がみら れても,長時間の搬送が予測される場合にはあらかじめ胸腔ドレナージを行って搬送する. 以上のように,TCCC は有事において銃撃や爆発によって負傷した兵士を救うための戦傷救護であり, 脅威の排除を行って収容所や野戦病院に後送するまでにタイムリーな救命処置を行うことで,生存率向上 を図るものといえる 2)3)8)9).
【ハートフォードコンセンサス】
米国においても米軍の TCCC を通常の救急医療に導入することは,現場において当初は遅れていた.四 肢出血の早期止血のためのターニケットの使用は民間においても必要なことであったが,2013 年 4 月 15 日に発生したボストンマラソン爆破事件において,多数殺傷事件に対するターニケットの準備と使用が十 分ではなかったと指摘された.米国では多数負傷者の出血死を防いで生存性を高めるために,国家として の政策作成のための合同委員会が開催され,「ハートフォードコンセンサス」1)が発表された.第 1 回のハートフォードコンセンサスは米国のコネチカット州にあるハートフォード病院で 2013 年 4 月 2 日に実施され ており,ボストンマラソン爆破事件を予見するかのように開催されたが,第 2 回,第 3 回と回を重ねるこ とで,その目標は早期の出血制御をファーストレスポンダーに義務づける方向で,普及活動が進んでいる. すなわち,米国では社会として,ターニケットや止血資材の使用に関する教育を救急隊員だけでなく,一 般人にも行うことで反テロへの姿勢を示している.また,米軍の 13 年間で 6,800 人の犠牲者から得られた 教訓,知恵,技能が,民間の救急医療に生かされることが米国社会では求められているともいえる.さらに, 米国では 2015 年 5 月から軍と民間の外傷救護に関するさらなる相互協力のプロジェクトとして,National trauma care system の構築が,目的,情報,訓練,人的交流などにおいて進行していることを申し添える 2).
【本邦における銃創・爆傷に対する救急救護の実際】
米国では銃創・爆傷に対する救急救護のガイドラインともいうべき TEMS があり 1),テロリズムなどの 不測の事態が発生した際の救急救護・医療システムが確立しつつある.一方,日本国内では銃撃や爆弾に よるテロリズムの発生が外国と比較して幸運にも少なかったため,外国のテロ事案のほとんどを占める爆 傷や銃創に対して本邦の救急救護・医療関係者にはほとんど経験がない.また,米国と日本では法律も違 えば,文化・環境も異なる.米国の TEMS をそのまま本邦に導入することは,現実的に難しい部分がある. 例えば,銃撃や爆発が発生した場所に日本の消防・救急隊が危険度に関する情報がない状況で救急救護に 向かうことは厳しい.そして,救急救命士は本邦の救急救命士法に基づいた救命治療しかできないことは いうまでもない.銃創・爆傷に対して,どのような救急救護体制を国内で創っていくのか,2020 年のオリンピック・パラリンピックの開催を控える本邦において,万が一のテロリズム発生に備えて銃創・爆傷に 対する救急救護体制を確立することは喫緊の課題と思料する.
本邦における銃創・爆傷の外傷救護案は下記のとおりである.危険を伴うホットゾーンでは,脅威の排 除が最重要で,救護のためにさらなる負傷者を発生させないようにする.負傷者を現場から脱出させるの が目標であり,脅威の排除のもとに四肢などの外出血を CAT などで止血する.負傷者本人またはファーストレスポンダーによる処置が基本で,四肢からの大量出血制御のみを行うべきである.脱出してきた救 護所では,いまだ危険が残存する地域における処置になるので,迅速に後送救護へと繋ぐ “buy time” の概 念に基づき,タイムリーな応急処置のみを行って少しでも早く後方の安全な地域へ負傷者を送るべきであ る 2).本邦においては JPTEC に基づく処置が標準となるが,より迅速に後送するのが望ましい.したがっ て,大量傷者が発生した場合には時間をかけたトリアージの実施よりも,迅速に後送することを優先する べきである.一ヵ所の病院に後送するか分散搬送するかは,発生場所にもよるので,論議のあるところで あるが,TCCC の概念からは一ヵ所にすみやかに送る方が “buy time” の概念に一致する.ボストンマラソ ン爆弾テロではあらかじめ準備した大きな救護所が危険過ぎて使えなかった.また,秋葉原通り魔事件に おいては被害者が現場に滞在する時間が長かったという.これらの事例では,より安全な地域への迅速な 後送が望まれる.したがって,多数傷者の発生した爆弾テロや銃撃テロの現場では被災者を次々と救急車 で迅速に後送し,直近の大きな病院を大量傷者救護所として用いることで,必要な救命処置と初期トリアージを行うとともに搬送の拠点として分散搬送するのがよいと本委員会では提案する(図 I – 2)3).

TEMS において負傷者の現場救護所はウォームゾーンに設置されるが,本邦においては救急車などの参 集する現場救護所は限りなくコールドゾーンに近いウォームゾーンに設定するしかないものと思料する. しかしながら,国内の爆傷・テロ対応に対して,事件現場であるホットゾーンから救急車が参集する場所(通 常は現場救護所)までを担当する救護組織が,警察の特殊部隊のほかにどの組織が担うのかが本邦では決 まっていない.このことこそ,本邦における銃創や爆傷に対する事態対処外傷救護の現時点における最大 の問題点といえる.2020 年の本邦における東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて,今こそ本邦 においても銃撃・爆弾テロに対する救急救護体制の構築がオールジャパンで必要ではないだろうか.本邦 においても銃創・爆傷に対する多職種連携による切れ目のない救急救護のオールジャパン体制構築が望まれる.
五十嵐 豊,齋藤 大蔵
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