保健医療科学 災害時に注目されるべき健康生成要因

『保健医療科学』第68巻 第4号(2019年10月)
特集:健康先進国に求められる文化に即した保健医療―災害保健活動に焦点を当てて― <総説>

PDF 災害時に注目されるべき健康生成要因―災害後の健康被害を予防するための私論̶ー

波平恵美子
お茶の水女子大学

抄録
2011年 3 月の東日本大地震と福島原発の事故による災害を初め,近年の自然災害は大きな人的・物的被害をもたらし,災害復帰に長い年月がかかるようになっている.
災害以前の,インフラと住居をはじめとする個人資産の充実は私たちに便利で豊かな生活をもたらす一方で,被災後の復興には多大な資源と時間がかかるようになった.それが被害を受けた人々の避難生活を長引かせ,さらには元の居住地には戻れない状況をもたらし,被災者と関係者の健康被害を大きくまた長期化する結果をもたらしている.
被災者の健康の回復と保持とを目指すとき,アントノフスキーの提唱する「健康生成」の理論とSOC(Sense of coherence)の概念は大きな示唆となる.本論で筆者は,①個人を対象として提唱されている「健康生成論」とSOCが,村落単位の集団を対象としても十分に適応されること,②村落単位で共有されてきたSOCが失われることは極めて深刻な健康被害もたらすことを,「強いSOC」が維持されていた集落Xを対照事例として示して明らかにし,③長期化する避難生活者への健康支援の提案を行う.

キーワード: 健康生成(サルートジェネシス),集団的SOC(sense of coherence),健康被害への予防的処置,自然災害,アーロン・アントノフスキー

 

Abstract
As the earthquake that occurred in 2011 March shows, recovery from natural disasters requires an enormous amount of resources, such as financial resources and manpower. This results in prolonged suffering of the victims, and causes serious health problem.
This paper develops Aron Antonovskyʼs hypothetical theory of “salutogenesis” and its central concept of a “sense of coherence,” or SOC. Antonovskyʼs theory is usually adapted to personal health problems; however, my discussion centers on social groups, especially rural communities. Examining the case of Community X, which has held a “strong SOC” despite long-term external and internal stresses, I conclude that the reconstruction of victimsʼ SOC is an urgent task in the disaster recovery process.

keywords: salutogenesis, collective SOC, prevention of health problems, natural disaster, Aron Antonovsky