詳細ーボツリヌス症

病原体の特徴

ボツリヌス症はボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生する毒素により発症する運動神経・筋の麻痺性疾患である。ボツリヌス菌は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌で芽胞を形成し、世界各地の河川の泥、土壌中に存在する。ボツリヌス菌の毒素は神経伝達部位におけるアセチルコリン放出を抑制する。その性状の違いによりA〜G 型の7つの型に分類されている。各毒素型によってその毒性は異なると言われているが、体重70kgのヒトにおけるボツリヌス毒素の推定致死量は、非経口的投与で約0.09〜0.15 μg、吸入では0.7〜0.9 μg、経口的投与で70 μgとされている。ボツリヌス毒素は消化管あるいは呼吸器系の上皮からは吸収可能であるが、健常皮膚からは侵入しない。ボツリヌス毒素の安定性は低く、空気中では12時間以内、日光下では1〜3時間でその毒性を失う。また熱にも弱く、80℃、30分間で失活する。水中では3 mg/L(3 ppm)の塩素濃度下において20分で失活し、通常の水道水残留濃度とされる0.4 mg/L(0.4 ppm)の濃度では、20分間で8割が失活する。

▲TOP

主な臨床像

ボツリヌス症では神経刺激伝達障害が発生し、全身の横紋筋、平滑筋の筋力の低下に伴うさまざまな症状が出現する。潜伏期間は、曝露された毒素量あるいは芽胞の量、感染経路などによって左右され、数時間〜2週間程度と幅広い(ただし大半は12〜36時間の間に発症する)。症状は全身の横紋筋および平滑筋の弛緩性麻痺に伴って以下の症状を示す。腸管の蠕動が障害された場合は、便秘、嘔気、嘔吐、腹痛、嚥下困難、口渇などの症状を訴え、泌尿器系の障害では尿閉が出現する。眼筋が麻痺すると複視、瞳孔散大、対光反射の消失、めまい、眼瞼下垂が認められ、それ以外に四肢筋力の低下、歩行障害、立ちくらみ(起立性低血圧)を訴える。呼吸筋の麻痺が起こると呼吸困難が出現し、さらに呼吸状態が悪化すると死に至る場合がある。ギランバレー症候群の弛緩性麻痺と異なり、ボツリヌス症の弛緩性麻痺は下向性である。

ボツリヌス症の症状

  1. 消化管の障害
    便秘,嘔気,嘔吐,腹痛,嚥下困難など
  2. 泌尿器系の障害
    尿閉
  3. 視覚異常
    眼筋の麻痺による複視,瞳孔散大,対光反射の消失,めまい,眼瞼下垂
  4. 呼吸器の障害
    呼吸筋麻痺,呼吸困難
  5. 運動筋の障害
    四肢筋力の低下,歩行障害など
  6. 血圧調節障害
    立ちくらみ(起立性低血圧)

ボツリヌス症の一般的な感染経路としては、毒素、または多量の芽胞が混入した食品、飲料水等を摂取することで起こるとされているが、ボツリヌス菌がバイオテロに用いられた場合、ボツリヌス菌あるいは毒素を空気中に散布するか、食料や飲料水へ混入させる手段が考えられる。

なお臨床的なボツリヌス症の診断には、1)眼筋の麻痺を伴う左右対称性の弛緩性麻痺、2)発熱を伴わない、3)触覚等の感覚は正常である、ことが重要なポイントとなる。

▲TOP

臨床検査所見

血液生化学検査

ボツリヌス症に特徴的な生化学的所見は認めず、他の筋疾患において認められるようなCKレベルの上昇も認めない。

画像検査その他

ギランバレー症候群、重症筋無力症、脳卒中など他疾患との鑑別のため、筋電図や頭部CTが施行される。筋電図では、brief-duration、small-amplitud、overly-abundant motor-unit action potentials(BSAP)やpost titanic facilitaion などの特徴的パターンを認める。一方、頭部CTでは麻痺の原因となるような所見は認めず、脳梗塞その他との鑑別に有用である。

▲TOP

確定診断

検体の採取、輸送、保存など

ボツリヌス毒素を空中散布した(施設空調内を含む)ことが疑われる場合は、毒素と接した衣類、紙類からは毒素の検出が可能と思われる。発症患者の血清、胃内容物、嘔吐物や便、及び人体に直接触れていれば、髪の毛、皮膚のスワブも検査の対象物である。患者治療に抗コリンエステラーゼ等の薬剤を投与している場合は、マウスに対する毒性があるため、検体は透析して用いることが必要である。毒素を食品、飲料水等に混入したことが疑われる場合は、患者の食べた食事の残り又は疑いのある食品等を検査材料とする。

ボツリヌス菌を対象とする検査は、疑われる材料からの菌分離が求められる。全ての採取後の材料の保存は、毒素や菌が含まれている可能性があるために取り扱いは慎重に行い、周囲への汚染には注意が必要である。保存および輸送に際しては、乾燥や高温を避けて、冷蔵状態での管理が求められる。輸送に際しては、検体の漏出、拡散に注意し、密封した一次容器に入れた後、プラスチック又はステンレスの二次容器に入れて冷蔵状態で輸送する。毒素は単純蛋白なために温度の変動、pH等の影響を受けて、毒素活性の低下がおこるために長期間保存する場合は冷凍(-30〜-80℃)する。

CDCは、ボツリヌス毒素の混入が疑われる検体の取り扱いには、ボツリヌストキソイドを接種している経験豊富な検査技師のみが検査すべきであると述べている。また、検査室内へのエアロゾルの放出を避けるために検体の処理は安全キャビネット内で行い、検査技師はガウン、使い捨て手袋、フェ−スシ−ルドを着用すべきであるとしている。したがって、実際にはボツリヌス毒素の混入が疑われる検体は直接中央に送られ検査される。わが国においても、ボツリヌス毒素が原因と考えられるバイオテロが発生した場合は、二次被害の発生をできるだけ抑えるために汚染検体は直接国立感染症研究所に送るべきである。

微生物学的検査法

ボツリヌス症の検査は、検体からボツリヌス毒素を証明すること、または検体からボツリヌス菌を分離することである。

ボツリヌス症は、ボツリヌス毒素の検出が最も重要で、検体中からの毒素の証明によってボツリヌス症と確認される。ボツリヌス毒素の検出や確認試験として標準的に用いられる検査法は、マウスを用いた毒性試験、さらに診断用ボツリヌス抗毒素血清による中和試験であり、約10〜50pgのボツリヌス毒素を検出できる。ボツリヌス症が疑われる場合、ボツリヌス毒素の検出と共にボツリヌス菌の分離を行うが、菌の分離は、しばしば成功しないことがある。

  • マウス試験
    マウス試験には、マウス2匹以上を1群とする。検体から抽出した液および100潤颪10分間加熱処理したものをそのまま0.5mlずつマウス腹腔内に注射する。試験の対照として、試験管内で検体液とA型ボツリヌス抗毒素血清(1 IU/ml)を等量に混合し、37潤颪15〜30分間反応させた後、0.5mlずつをマウス腹腔内に注射する。同様に、抗毒素血清にはB〜Fの各型を個々に用い中和試験をおこなう。注射後24時間までは、1、2、4、8、12、18時間目など、可能な限りこまめに観察する。ボツリヌス毒素陽性の場合には、大半のマウスは24時間以内に発症し、毒素が強い場合にはマウスは死亡する。検体を加熱処理して接種したマウスは、毒素が熱で破壊されるために、発症しない。通常、注射後4日間まで観察する。マウスはボツリヌス毒素による特有の症状(腹壁の振動と陥凹、後肢麻痺、呼吸困難:写真集参照)を呈して死亡し、抗毒素のどれか一つの群が生存した場合、生存群に使用した血清型に相当する毒素の存在が確認されることとなる。
    実験動物のマウスの入手に時間を要することが多いために、免疫学的手法を用いた毒素の検査法として、本研究班の活動として、デンカ生研の協力を得て、逆受身ラテックス凝集反応法による毒素の検出法を検討した。市販製造はしていないために、試験的使用を希望する場合は、2年間の有効期限内であれば提供することが可能である。
  • PCR
    PCR法によるボツリヌス毒素遺伝子の検出は、(株)宝酒造で販売している診断キットが利用されている。しかし、サイレント遺伝子(毒素遺伝子が存在するが、毒素産生が確認されない)の存在が知られていること等から、PCR法単独ではボツリヌス毒素の有無を決定できず、最終的にはマウス試験法によって毒素産生性の有無を決定しなければならない。しかし、PCR法は、培養液中の菌の存在や、大量の分離株の毒素産生性をスクリーニングする場合に有効である。以下に、PCR法によるボツリヌス毒素遺伝子の検査法の概略を示す。

    1. テンプレートの作製
      1. 疑わしい集落をブドウ糖・澱粉加クックドミート培地に接種し、30℃で 一夜培養する。
      2. 培養液0.2 mlを1.5 mlのエッペンドルフチューブに採取し、12,000 rpm、4℃で10分間遠心する。
      3. ピペットマン等を用いて上清を捨て(毒素があるので要注意)、0.2 mlのTE-0.1% Tween20 を加える。
      4. 沈査を試験管ミキサーで均一に懸濁し、100℃で10分間加熱する。この処理によって、毒素が失活すると共に、遺伝子も抽出される。
      5. 12,000 rpm、4℃で10分間遠心した上清をPCRに供する。
    2. PCR反応
      市販のプライマ-等を用い、添付マニュアルに従って行う。

ボツリヌス症は、平成11年4月より施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」により、また、平成15年度の感染症新法の改正におけるボツリヌス関係の分類、届出基準は、一部以下のように変更された。「ボツリヌス症」として、現在までに報告または発生が想定されるボツリヌス症のすべてを四類感染症として、全数把握する疾患として取り扱うこととなった。これらの病型は、菌の増殖する場所が食品の場合は「食中毒型」もしくは「その他原因不明」が想定される。また、菌が生体内で増殖することによりおこるボツリヌス症は、「乳児型」、「創傷型」、「成人腸管定着型」および「その他原因不明」として区分される。今までの法的分類、届け出で義務として、ボツリヌス食中毒は、食品衛生法(第7条)で患者の届出を医師に求められる。食品衛生法施行令(第6条、第7条)および食品衛生法施行規則(第26条)で保健所における調査、報告を義務づけていた。改正された法律では、すべてのボツリヌス症については、全数を把握する目的で、上述した四つの病型に属さないと判断された場合は、ボツリヌス毒素によるテロによる事例を含めて「その他原因不明」として分類、届出を可能とした。

ボツリヌス症の報告のための基準としては、「診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下のいずれかの方法によって病原体診断がなされたもの」としている。

  1. 病原体及び毒素の検出:例として、嘔吐物や腸内容物等からのボツリヌス菌の分離と同定と、分離した菌からのボツリヌス毒素の検出など
  2. 病原体の遺伝子の検出:例として、患者の糞便からの毒素遺伝子のPCR法による検出など

▲TOP

治療

薬物療法(抗菌薬療法)

本疾患は毒素が原因となって引き起こされる疾患であるため、基本的に抗菌薬は無効である。バイオテロの際に毒素ではなく、菌が散布されて体内に感染している場合には、逆に抗菌薬の投与によって症状が悪化する可能性も指摘されている。しかし一方で、患者の腸管内などで毒素が産生される可能性があれば、抗菌薬の投与を考慮すべきとの意見もあり、その際はペニシリン系抗菌薬の投与が推奨されている。また患者の便を介して周囲へ菌を伝播する可能性があれば、二次感染予防目的として除菌を試みる必要がある。

その他治療上の留意点

ボツリヌス毒素に対する抗血清の早期投与が第一選択となる。抗毒素(血清)療法はそのタイミングを逸してしまうと有効性は期待できないため、臨床的にボツリヌス症が疑われた場合は、確定診断を待たずに速やかに抗毒素療法を実施する。抗毒素製剤は国家備蓄品として国内に常時保管されている。通常10,000〜20,000 単位を筋肉内または静脈内に投与するか、希釈して点滴静脈内に投与する。症状の軽減が認められない場合は3〜4 時間ごとに10,000単位以上をさらに投与する。抗血清を投与して有効であった場合でも、人工呼吸器による管理は数週間継続する必要があると言われている。

抗血清投与によるアナフィラキシー、血清病など抗毒素投与の際の副反応に対しては、ノルエピネフリン、抗ヒスタミン製剤および副腎皮質ステロイドなどを予め準備しておき、症状に応じて投与する。

ボツリヌス症の治療のポイントは、呼吸障害によって致命的な状態に陥りやすいので、気管内挿管・気管切開による気道の確保とともに人工呼吸器による呼吸管理を行う必要がある点である。人工呼吸器が無い場合はsemirecumbent positionで枕をクビの後ろにおく、などの対応が必要となる。消化管内に貯留した毒素を除去するために胃洗浄や浣腸が行われる。アセチルコリンの放出を促進・増強するために塩酸グアニジン投与の有効性が報告されている。

▲TOP

バイオハザード対策

患者の隔離

ヒトからヒトへの感染はないので患者を隔離する必要はない。

検体、菌、汚染器材等の取り扱い

ボツリヌス毒素は上記の通り、加熱されたり、空気、塩素等が存在する条件下では不安定で失活しやすいため、汚染器材は煮沸などで充分であるが、大量に菌の存在が考えられる場合にはオートクレーブ処理を行う。

▲TOP

参考文献

  1. 高橋元秀、岩城正昭、荒川宜親:ボツリヌス症『感染症の診断・治療ガイドライン』日医雑誌.128: 97-100, 2002
  2. Arnon, SS. Botulinum Toxin as a Biological Weapon, Medical and Public Health Management. JAMA. 285:1059-1070, 2001
  3. Martin CO, Adams HP Jr. Neurological aspects of biological and chemical terrorism: a review for neurologists. Arch Neurol 60: 21-25, 200Casadevall A. Passive antibody administration (immediate immunity) as a specific defense against biological weapons. Emerg Infect Dis. 8:833-841. 2002
  4. 厚生労働省大臣官房厚生科学課, 生物兵器テロの可能性が高い感染症について (厚生労働省ホームページ; http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1015-4.html), 2001.
  5. CDC. Botulism in the United States, 1899-1996, Handbook for epidemiologist, clinicians, and laboratory workers, 1998.
  6. ASM. Sentinel laboratory guidelines for suspected agents of bioterrorism, Botulinum toxin, 2004.

▲TOP

2009年11月09日 18時23分 改訂