詳細ーコクシジオイデス症

病原体の特徴

Coccidioides immitis (あるいはC. posadasii)は、二形性の土壌生息菌で、土壌中や寒天培地上ではmycelial (saprophytic) growthと呼ばれる菌糸形をとり、生体組織内ではspherule (parasitic) growthと呼ばれる球状体として存在する。

ヒトへのおもな感染門戸は気道であり、菌糸状態にあるときに、その分節型分生子が強風や土木工事にともない空中に舞い上がり肺に吸入され感染する。

疫学的に、本菌の生息地域は米国南西部諸州、メキシコ北部、中米(グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア)、南米(アルゼンチン、パラグアイ、ベネズエラ、コロンビア)などに限られているが、近年、各種交通機関の発達による流行地域へのヒトの流入による人口増加、流出による流行地域の拡大や、医療技術の進化に伴う免疫不全状態患者の増加に伴い感染者数は増加傾向にある。本邦においては2007年1月1日現在で54例が報告されているが、ほとんど全ての症例で流行地域への渡航歴が確認されており、とくにカリフォルニア、アリゾナ、および隣接したメキシコが圧倒的に多い(千葉大学真菌医学研究センター「輸入真菌症患者発生最新状況」参照 http://www.pf.chiba-u.ac.jp/)。

本菌の病原性の高さから、1996年の米国のアンチテロリズムに関する関連法案におけるCDC勧告において、本菌は真菌のなかで、唯一、取扱い上、届け出が必要な生物と規定されており、生物兵器として使用されぬよう厳密に管理されている。また、本邦においても、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」で4類感染症に指定されている。

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主な臨床像

本菌による感染症の多くはself-limitedな経過をとるものの、健常人においても肺から血液またはリンパ系を介して全身的に散布され致死的な深在性真菌症を呈することもあり、病原真菌の中では最も病原性が強い真菌と考えられている。また、少数の胞子の吸入や、短時間の暴露においても感染する可能性もあり、実験室感染の可能性も高い。多彩な病態をとりうる上に、さまざまな分類があり混乱を来しやすいが、急性肺コクシジオイデス症、慢性肺コクシジオイデス症、播種性コクシジオイデス症の3型に分類すると理解しやすい。

急性肺コクシジオイデス症

60%は不顕性感染であるが、それ以外の大多数の感染例は感冒様症状を呈し、無治療でself-limitedな経過をとる。しかし、異常所見が6週間以上続くような持続性を呈するものや、急激にびまん性肺炎に進行し予後不良となるものもある。典型的な初期症状とその発現頻度は、咳嗽(73%)、胸痛(44%)、息切れ(32%)、発熱(76%)、倦怠感(39%)である。その他、体重減少、頭痛、結節性紅斑、遊走性関節痛などがあり、とくに発熱、結節性紅斑、関節痛の3徴候は、desert rheumatism(砂漠リウマチ)とも呼ばれる。胸部レントゲンは、半数以上の症例でairspace consolidationなどの異常所見を認める。

慢性肺コクシジオイデス症

症状の認められた急性肺コクシジオイデス症の約4%は、慢性肺コクシジオイデス症を続発する。そのほとんどは無症状であるが、胸痛、咳嗽、血痰を呈する例や気胸を発症する症例もあり、活動性は様々である。胸部レントゲン上、肺尖部などにおいて薄い壁を伴う空洞や結節影を呈するのが特徴であるが(図1)、これとは別に、活動性の高いタイプである慢性線維化空洞性肺炎を呈する場合もある。

播種性コクシジオイデス症

全感染症例の約0.5%において、本菌が初発感染巣の肺から全身に血行性に播種する播種性コクシジオイデス症を呈し、約半数は死の転帰をとる。HIV感染症患者、移植患者などの細胞性免疫の低下した免疫不全患者や妊婦に多く見られ、アフリカ人、フィリピン人などの有色人種に多いのも特徴である。血行性感染のため全身に播種しうるが、特に皮膚病変、骨、関節病変は多く見られる。髄膜炎はもっとも重症で予後不良である。

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臨床検査所見

血液生化学検査

一般検査では、通常の感染症と同様に、CRP、赤沈などの炎症反応の亢進などがみられるが、特徴的なものは少ない。ただし、時に好酸球増加が出現し参考になる。(1→3)-β-D-グルカンは反応しにくく、しばしば陰性である。特異抗体は深在性真菌症としては例外的に感度、特異度とも高く有用である(「確定診断」の項参照)。

画像検査その他

急性肺コクシジオイデス症では胸部X線写真上は浸潤影が多く、ほかにリンパ節腫大、胸水(少量)などがあり、慢性では結節影あるいは空洞が多い。いずれも参考になるが、特異的なものではない。播種型では胸部X線写真はびまん性粒状影、胸水などさまさざまである。

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確定診断

確定診断は、臨床材料からの本菌の分離同定、あるいは病理組織学的検査による。また、厳密な意味での確定診断法ではないが、血清、髄液、あるいは体液中の特異的IgG、IgM抗体の証明は有力な証拠となる。本菌抗原に対する遅延型皮膚反応を利用した皮内テストは有用であったが、現在はテスト液の製造が中止となり行われていない。

検体の採取、輸送、保存など

まず、コクシジオイデス症が疑われた場合は、一般の検査室では培養を行なってはならないということをよく認識しておく必要がある。培養は特殊な設備を有する専門施設でのみ行う。使用する培地は、通常用いられるサブロー寒天培地でよいが、通常のシャーレではなくスクリューキャップのついたスラント(斜面培地)などのような容器を用いて培養する。本症が疑われたら、原則として培養を開始せず検体のまま専門施設に輸送するべきであるが、この際、検体の輸送は、途中の事故などの可能性を考慮し、業者に依頼せず可能な限り医療関係者が直接運搬することが好ましい。検体としては喀痰、BAL、生検標本などが用いられる。なお、本菌は肉眼的に一般の糸状菌と鑑別は困難である。疑うためには顕微鏡下の作業が必要であり、この作業がしばしば感染事故に直結する。このため、「発育してきてから怪しいかどうかを鑑別すればよい」という前提で培養を開始してはならない。培養開始以前に、可能性を想定しておくことが必要であり、このためには流向地への訪問歴・渡航歴がきわめて重要になる。バオイテロ等において、培養開始後になって初めて本症の可能性が判明した場合、容器(シャーレなど)のふたを決して開けないように密封し、ただちに専門施設に連絡する。

微生物学的検査法

本菌の分離同定は、通常使用されている真菌および細菌用培地で可能であるが、一般の施設で培養すると感染事故(バイオハザード)が起こる可能性が高く、非常に危険なため、必ずレベル3以上の専門施設で熟練者により行う。同定には、古典的には球状体への変化を含む形態学的検査が行われたが、近年は遺伝子同定あるいは培養上清中のC. immitis 特異抗原(exoantigen)の検出が行われている。いずれも一般検査室で行うべきものではない。なお、万一、予想しなかった検体からC. immitis を疑われる真菌が発育してきた場合は、万一にもふたが開けられないように対策をとり、ただちに専門家に連絡する。本菌は発育が進むとともに危険性が高くなるので、迅速な対応が必要である。もちろん決して不用意に掻き取り標本の作製やスライドカルチャーなどを行ってはならない。

塗抹標本・病理培養:同定とともに、確定診断の可能な重要な検査法であり、有用性も高い。塗抹標本では主に喀痰などを用いて、特徴的な本菌の球状体を確認する(図2)。菌の変性が強く確定診断に至るケースは少ない(40%以下)が、試みるべきである(Papanicolaou染色、PAS染色、Grocott染色など)。生検による病理診断にはC. immitis の球状体の証明が必要である。時に菌糸が認められることもあるが、菌糸には本菌に特徴的な所見はなく、診断上有用ではない。染色法としてはHE、PAS、Grocottなどが良い。わが国では約70%が生検により診断されている。

コクシジオイデス症における血清あるいは髄液を用いた抗体価の測定は、真菌症の血清診断法としては例外的に信頼性が高い。スクリーニングとして免疫拡散法(ID法)を、重症度・活動性の評価に補体結合法(CF法)を用いる。特にID法は有用で簡便な方法であるが、偽陰性を示すこともあるので、必要に応じて複数回の検査を行う。もう一つの問題は検査精度にあり、米国でも信頼されている施設は限られている(一般的な知名度とは必ずしも相関しない)ので、注意して選ぶ必要がある。我が国では千葉大学真菌医学研究センターにおいて測定している(同HP「真菌症特殊検査のご案内」参照 http://www.pf.chiba-u.ac.jp/)。

このように一般検査では本症に特異的なものはない。このため本症を疑うためには流行地への訪問歴が重要となるが、バイオテロの場合には該当しないため、危険性の高い培養を避けて、血清診断、病理診断を積極的に利用すべきと考えられる。

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治療

薬物療法(抗菌薬療法)

本症にはさまざまなパターンがあるため、一例一例で異なっており、一般化は難しい.症例に応じて専門家に相談すべきだが、治療方針は専門家の間でも必ずしも統一されていない。原則的には、重症、緊急時にアムホテリシン B (0.5〜1.5mg/kg/日あるいは隔日)、リポ化amphotericin B(2.5mg~5mg/kg/日 あるいは隔日)、慢性の病態ではアゾール系抗真菌剤を用いる.

急性肺コクシジオイデス症

危険因子がなく、また、肺外病変の合併がない軽症例においては、抗真菌剤を使用せず、注意深く経過を観察してもよい。免疫不全状態にある患者は、たとえ肺外病変が明らかでなくても、抗真菌剤を投与すべきである。さらに、急性肺コクシジオイデス症の重症化所見として、10%以上の体重減少、3週間以上つづく夜間の発熱、片肺の半分以上に及ぶ浸潤性所見を認める場合、抗体価で6倍以上の上昇をみる時、2ヶ月以上の症状の遷延化があるなどの場合は抗真菌剤による治療を行う。

治療は、フルコナゾール、イトラコナゾールなどのアゾール系抗真菌剤を(3ヶ月から)6ヶ月にわたり投与する。ただし、重症の肺病変である両則性びまん性肺炎の像を呈する場合には、アムホテリシンBによる初期治療を行う必要があり、再燃の可能性が高いためそれに経口抗真菌剤による維持療法が不可欠である。

慢性肺コクシジオイデス症

全く無症状である場合、治療をせずに経過観察としてもよい。しかし、活動性を有する場合や胸痛や、血痰が出現した場合は、アゾール系抗真菌剤の投与を検討する。再燃する場合も多く、投与量の増加、アムホテリシンBへの変更などで改善が認められない場合などは空洞の外科的切除も適応となる。

その他治療上の留意点

コクシジオイデス症では、急性型から自然消退の後、播種型に移行したり、治癒の後、数十年を経て再発するなど、複雑な経過をとることが知られている。無治療で経過した症例も治療を行った症例も、十分注意して経過を観察する必要がある。

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予防(ワクチン)

現時点では予防ワクチンは完成されてない。

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バイオハザード対策

患者の隔離

原因菌のC. immitis はきわめて病原性が高いが、一般に人から人への直接感染はない。これは、この真菌が二形性真菌であり、感染したホスト内では、新たな感染を起こしにくい球状体に変化しているためである。このため一般的に隔離の必要性は低いとされているが、しかし、次項に示すように喀痰などは時間経過とともに感染力を生じることや、実際には球状体でなく菌糸形で感染している場合があることなどを考慮し、排菌の状態等の観点から、状況に応じて個室管理を検討する。

検体、菌、汚染器材等の取り扱い

本菌の感染形態は多くの場合、球状体であり、直接感染力はない。しかし、原因菌を含んだ検体を数日間放置するとやがて菌糸形に戻り、環境中(たとえば病室)に分生子を放出するようになる上、実際の症例では不完全ながら菌糸形で感染している場合もあるので、起因菌を含んでいる可能性のある材料(喀痰、胸水など)は長時間放置しないように確実に回収し、すみやかに滅菌する。また、本菌と気づかず培養してしまった場合、細菌検査室のみならず病院全体を巻き込んだ感染事故となるおそれがあるので、培養には特に注意が必要である。

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参考文献

(輸入真菌症全般を含む診断・治療法など)

  • 厚労省真菌症研究班:輸入真菌症診療ガイドライン(仮称)印刷中
  • 千葉大学真菌医学研究センター 真菌症診療ガイド http://www.pf.chiba-u.ac.jp/

(我が国における実情)

  • 亀井克彦:わが国の輸入真菌症とその問題点. 真菌誌 46(1):17-20,2005.
  • Kamei K, Sano A, Kikuchi K, Makimura K, Niimi M, Suzuki K, Uehara Y, Okabe N, Nishimura K, Miyaji M: The trend of imported mycoses in Japan. J Infect Chemother 9(1): 16-20, 2003.

(米国における実情およびガイドライン)

  • John N. Galgiani, Neil M. Ampel, Janis E. Blair, Antonino Catanzaro, Royce H. Johnson,6 David A. Stevens, Paul L. Williams: Coccidioidomycosis. Clin Infect Dis 41 :1217-1223, 2005.
  • Galgiani JN, Ampel NM, Catanzaro A, Johnson RH, Stevens DA, Williams PL.
    Practice guideline for the treatment of coccidioidomycosis. Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis 30(4):658-61, 2000.

(遺伝子診断法)

  • Johnson, S, Simmons K, Pappagianis D: Amplification of coccidioidal DNA in clinical specimens by PCR. J Clin Microbiol 42(5): 1982-1985, 2004.

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2009年11月09日 19時31分 改訂