野兎病 – Tularemia(詳細)

病原体の特徴

野兎病は野兎病菌 Francisella tularensis による感染症である。本菌はグラム陰性の多形性を示す桿菌で通性細胞内寄生菌である。本菌は大きさ0.2μm × 0.2〜0.7μmと小形の桿菌であるため、球桿菌とも表現されている。グラム染色では染まりにくく、淡い菌体の染色像しか得られない。生化学的性状などの違いによって、以下の3種類の亜種(subspecies)に分類されている。これらの亜種は毒力に強弱の差はあるもののいずれもヒトに対して病原性を示し、通常の血清反応による区別はできない。

野兎病の亜種(subspecies)

  1. subsp, tularensis
    • 以前の type A あるいは biovar nearctica.
    • 北アメリカにのみ分布
    • 強い毒力を有し、ヒトの死亡例の多くはこの亜種の感染による.
  2. subsp, holarctica
    • 以前の type B あるいは biovar palaearctica
    • 北アメリカからユーラシアにわたる野兎病
      発生地域の広い範囲に分布
    • 毒力は弱く、ヒトの死亡例はまれ.
  3. subsp, mediasiatica
    • 中央アジアの一部地域に分布
    • 毒力は比較的弱い.

野兎病の感染様式は、保菌動物から直接、あるいはマダニなどを介して間接的に感染する場合がある。野兎病菌を保有している動物としては病名からもわかるようにウサギがあり、その他にもビーバー、マウス、ラット、リスなど他のさまざまな種類の動物が本菌を保有している可能性がある。また一部のマダニ、ハエ、カも菌を保有している。2002年にはアメリカ合衆国のペット動物収容施設でプレーリードッグの野兎病大量感染死が発生し、わが国にも感染したプレーリードッグが輸入された可能性が指摘された。

  • バイオテロでは菌をエアロゾル化して散布される可能性が大きいが、その一方で、菌に汚染した飲料水や食物を用いて感染拡大を図る可能性も示唆される。但し、野兎病菌は塩素で殺菌されるので、河川や貯水池が汚染されても塩素消毒が施されている水道水が汚染される可能性は低い。
    野兎病の感染経路

    1. 接触感染(汚染動物由来で健常皮膚からも感染)
    2. 節足動物媒介(マダニ、アブ、蚊の刺咬など)
    3. 水系(汚染河川等由来)
    4. 呼吸器感染(汚染塵埃の吸入)

    ※バイオテロの際は、呼吸器感染が主体になると考えられる。
    野兎病菌は、エアロゾルでの感染が10〜50個の少量で成立すること、罹患率と致死率が高いこと、過去において生物兵器としての開発がなされていることなどからCDCは最も警戒すべき病原体のひとつとして本菌をカテゴリ−Aに分類している。

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    主な臨床像

    3日間をピークとする1週間以内の期間を潜伏期として、悪寒、戦慄、頭痛、筋肉痛、関節痛などの非特異的な感冒様症状を主体として発症する。39〜40℃の発熱に前後して病原菌の侵入部位に関連した局所のリンパ節腫脹が出現する。腫脹したリンパ節部位は自発痛や圧痛を伴う。病原体の侵入部位によって多彩な臨床像を呈し、複数の病型が知られている。各病型の経過中、3週目ころに一過性に蕁麻疹様、多形浸出性紅斑などの多彩な皮疹(野兎病疹)が現れることがある。なお、バイオテロの場合、本菌が空気中に散布されると3〜5日後に肺炎、胸膜炎、および肺門部リンパ節腫脹を伴う急性の熱性疾患の流行が認められると想定されている。ただしエアロゾルで散布された野兎病菌は必ずしも呼吸器系だけに感染が成立するとは限らないので、皮膚から侵入した場合はリンパ節型や潰瘍リンパ節型などの病型をとり、粘膜部位から感染した場合は、眼リンパ節型、鼻リンパ節型、扁桃リンパ節型などの病型を示す可能性がある。

    肺炎型の患者は適切な治療が施されなければ、やがて呼吸不全、ショック状態を起こし、死に至る危険もある。

    野兎病の病型

    リンパ節型

    四肢からの感染に伴う腋窩のリンパ節の腫脹が多い
    菌侵入部位の潰瘍は認めない

    1. 潰瘍リンパ節型
      所属リンパ節の腫脹,化膿,潰瘍に加え,菌侵入部位の壊死や潰瘍を認める
    2. 眼リンパ節型
      激しい結膜炎症状(流涙,眼瞼浮腫)を訴える
      耳前部や頚部のリンパ節の腫脹を伴う
    3. 鼻リンパ節型
      鼻粘膜のジフテリア様の痂皮形成
      顎下,頚部リンパ節のリンパ節の腫脹を伴う
    4. 扁桃リンパ節型
      膿苔,膿疱を伴った扁桃腫脹
      顎下,頚部リンパ節の腫脹を伴う
    5. 肺炎型
      日本では現在まで報告はない
      胸痛を伴う肺炎症状を認める
    6. チフス型
      発熱,意識障害,髄膜刺激症状
      リンパ節腫脹は認めない

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    臨床検査所見

    血液生化学検査

    臨床検査所見としては、白血球増多(正常や低値のこともある)、血沈亢進、CRPの上昇がみられ、一過性にAST(GOT)、ALT(GPT) 値の上昇、尿蛋白陽性を示す。

    画像検査その他

    肺炎型の野兎病では胸部X線にて気管支肺炎の陰影が1つまたは複数の肺葉に認められ、しばしば胸水や肺門部リンパ節の腫大を認める。この陰影はβ−ラクタム系抗菌薬を投与しても改善が認められないために異型肺炎との鑑別が重要と言われている。

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    確定診断

    最も確実な診断方法は菌の分離培養である。その他、患者血清による凝集反応や病理組織検査などにより確定診断を行う。

    検体の採取、輸送、保存など

    1. 検体の採取:
      1. 血液:血液からの分離は非常に難しいが、最低3.0 mlは採取しておく。
      2. 膿疱:周囲を70%エタノールで消毒した後、滅菌スパーテルで尖刺して膿汁を滅菌チューブに採取する。
      3. 眼結膜:滅菌スワブで軽くこすり、粘液を採取する。
      4. 咽頭洗浄液:15 mlの普通ブイヨンでうがいをしてもらい、滅菌ボトルに回収する。
      5. 呼吸器感染の場合:上記以外に、喀痰、胸腔滲出液、気管支分泌液を採取する。
      6. 腸管感染の場合:胃洗浄液を採取する。
    2. 検体の輸送:
      検体採取後は直ちに検査するのが望ましいが、検体を輸送する場合は10℃以下で行う。凍結したサンプルを輸送する場合は、ドライアイスで梱包し細菌学会等が定めたガイドラインに従って郵送する。
    3. 検体の保存:
      いずれのサンプルも、検査までは10℃以下で保存する。更に、検体の半分を採取直後に0.5 mlの普通ブイヨンに懸濁し、直ちに-30℃あるいは-70℃に保存しておく。凍結サンプルを使用する場合は、37℃で急速に溶解する。このため、保存容器はできるだけ小型にする。

    微生物学的検査法

    1. 抗原検出:検体あるいは病理組織に対する検査では、抗野兎病菌モノクローナル抗体を用いた蛍光抗体法が簡便、迅速かつ特異的である。
    2. 菌分離:市販のユーゴン寒天培地に8%の全血(人または各種動物)を加えたユーゴン血液寒天培地、IsoVitaleXを添加したチョコレート寒天、サイアミンを添加したグルコース・システイン寒天やシステイン・ハート寒天に血液(家兎あるいは人)を加えた培地を用いる。35~37℃で静置培養で、コロニー発育には2日から1週間程かかる。感染性が高い細菌であるため、一般検査室での菌分離は勧められない。
    3. 遺伝子学的検査:fopAやtulA遺伝子などを増幅するプライマーを用いたPCR(conventional or real-time)が一般的であるが、Francisella novicidaFrancisella hispaniensisでも増幅されるため注意を要する。
    4. 血清学的検査:一般に急性期と回復期のペア血清の抗体価測定により抗体陽転を判定する。症例によっては発症後7日程で抗体価が上昇することもある。検査法としては凝集反応法、ELISA法、ウェスタンブロット法、イムノクロマト法などがある。
    5. 同定:菌の生化学的性状による同定は行わない。グラム染色やギムザ染色では極染色性を示す短桿菌で、鞭毛はなく、莢膜はまれで芽胞も形成しない。これらの形態学的特徴は参考程度であり、最終的には菌体特異抗血清との反応や遺伝子検査の結果などにより総合的に判断し、同定する。

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    治療

    薬物療法(抗菌薬療法)

    野兎病の第一選択はアミノグリコシド系抗菌薬の静脈内投与であり、第二選択として体内移行が優れている薬剤(シプロフロキサシン、 ドキシサイクリン)の静脈内あるいは経口投与がある。ただし、大規模発生時には静脈内投与は選択されず、経口投与が推奨される。

    その他治療上の留意点

    北アメリカに分布する強毒性の野兎病菌亜種に経鼻感染すると、肺炎を伴う全身感染に進展しやすく、適切な抗菌薬治療を受けないと致死的になることがある。野兎病菌はβ−ラクタム系抗菌薬には感受性でないが、アミノグリコシド系抗菌薬、テトラサイクリン系抗菌薬、クロラムフェニコール、マクロライド系抗菌薬に感受性を示す。

    通常の野兎病の治療にはストレプトマイシンあるいはゲンタマイシンが第1選択薬とされ、ニューキノロン系、テトラサイクリン系薬の内服も考慮される。

    バイオテロによって野兎病菌に曝露された可能性がある場合には、抗菌薬の予防内服が必要である。

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    薬剤耐性

アミノグリコシド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系、クロラムフェニコールに対する自然界での薬剤耐性は通常はないが、実験室的にはアミノグリコシド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系への耐性株を作成し得るためバイオテロで使用された場合はこれらの耐性株の可能性も考慮する必要がある。

 

ワクチン

弱毒生菌(LVS株)ワクチンがあるが、米国で治験中、3週間-2ヶ月で免疫を獲得する。有効期間は接種後3週間から数ヶ月有効、重大な副作用はない。

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バイオハザード対策

患者の隔離

野兎病は通常、ヒトからヒトへの感染はないので患者の隔離は必ずしも必要ではない。しかし、保菌動物や病死動物からの感染、あるいは実験室内感染の危険性があり、野兎病が疑われる患者検体の取り扱いについては十分な注意が必要である。

検体、菌、汚染器材等の取り扱い

野兎病菌は感染力が強いことから、野兎病が疑われる検査材料はバイオセーフティ・レベル2の取り扱いが望ましく、安全キャビネットの使用が推奨される。また、野兎病菌の培養にはバイオセーフティ・レベル3が要求されるので、検査可能な施設が限られる。検査ができない施設は国立感染症研究所に速やかに連絡し、検査材料を送付する。

汚染材料は焼却あるいはオートクレーブ滅菌する。器具類はオートクレーブか煮沸消毒し、オートクレーブが困難な器材や院内の環境などは0.5%次亜塩素酸ナトリウムをや70%アルコールなどの清拭で消毒を行う。

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参考文献

  1. 木村 哲・喜田 宏編、人獣共通感染症、医薬ジャーナル社、2003.
  2. 天児和暢・南嶋洋一編、戸田細菌学、南山堂、1997.
  3. 篠田純男・吉田真一編、病原細菌に関するバイオセーフティ指針、日本細菌学会、2002.
  4. S. S. Rowland, S. R. Walsh, L. D. Teel, A.M. Carnahan編、Pathogenic and Clinical Microbiology: A Laboratory Manual, Little, Brown and Company, 1994.
  5. E. H. Lennette, A. Balows, W. J. Hausler JR., H. J. Shadomy, American Society for Microbiology, 11985.
  6. CDC, ASM, APHL: Basic protocols for level A laboratories, for the presumptive identification of Francisella tularensis, 2002.

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         2018年3月 改訂

2018年11月 改訂