リッサウイルス感染症 – Lyssavirus infection

はじめに

リッサウイルス感染症はラブドウイルス科リッサウイルス属(Rhabdoviridae family, Lyssavirus genus)のウイルス(狂犬病を除く)により引き起こされる感染症であり、狂犬病に病型が類似する感染症である。ウイルスはこれまでに、英国、豪州、東西ヨーロッパ、アフリカ、中近東等において分離されている。ヒトは主としてリッサウイルスに感染したコウモリに咬まれることによって発症する(モコラウイルスはトガリネズミとの接触が原因と考えられている)。治療等は基本的に狂犬病のそれに準じるが、予防を目的としたリッサウイルス感染症のためのワクチンやイムノグロブリンはない。ヨーロッパでは、ウイルス検査にたずさわる専門家や研究者、コウモリの専門家、動物の輸入販売業など感染源となる野生動物との接触頻度の多い職種はリッサウイルス感染症のリスクグループと考えられ、発症予防のために狂犬病ワクチンの接種が推奨されている。現在、日本では狂犬病と同様にリッサウイルス感染症の発生もコウモリからリッサウイルスが分離された報告もない。現在、海外からのコウモリ類の輸入は2003年11月から全面的に禁止されている。原因不明の脳炎患者でリッサウイルス感染症を疑う場合には、リッサウイルスが報告されている地域への海外渡航歴やコウモリ類等との接触履歴が鑑別診断の重要な手がかりとなる。

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病原体の特徴

病原体である狂犬病ウイルスは直径75-80nm、長さ約180nmの弾丸様形態をした1本鎖RNAウイルスであり、ラブドウイルス科、リッサウイルス属に分類される。ウイルスは神経親和性が高く感染部位近傍の末梢神経を介して求心性に中枢神経に侵入する。比較的不安定なウイルスであり石鹸などの界面活性剤や有機溶媒によって不活化される。乾燥や熱で容易に不活化するが、唾液中では数時間安定である。原因ウイルスの自然界における分布については不明な点が多い。狂犬病を除くリッサウイルスは、主にヨーロッパ、オーストラリア、アフリカに分布しており、これまでに報告されている事例から多くはコウモリが自然宿主と考えられている。感染したコウモリにおける潜伏期間は明らかでない。現在までにリッサウイルスは狂犬病を含めて7種類の遺伝子型(genotype)が報告されており、遺伝子の解析によって大きく2系統に分類されている。

表1リッサウイルスの分類(狂犬病を含む)

系統群 遺伝子型 ウイルス 主な宿主 報告されている国
1型 狂犬病ウィルス (Rabies virus) 多くのほ乳類 日本など一部の国を除いた多くの国
4型 ドゥベンヘイグウィルス (Duvenhage virus) 食虫コウモリ 南アフリカ、ジンバブエ、ギニア、オランダ(ケニヤでの感染)
5型 ヨーロッパコウモリリッサウィルス-1 (European bat lyssavirus type 1) 食虫コウモリ デンマーク、ドイツ、オランダ、ポーランド、ロシア、ウクライナ、フランス、スペイン
6型 ヨーロッパコウモリリッサウィルス-2 (European bat lyssavirus type 2) 食虫コウモリ オランダ、イギリス、ウクライナ、スイス、フィンランド、デンマーク、ドイツ
7型 オーストラリアコウモリリッサウィルス (Australian bat lyssavirus) オオコウモリ、食虫コウモリ オーストラリア
2型 ラゴスコウモリウィルス (Lagos bat virus) オオコモリ ナイジェリア、南アフリカ、ジンバブエ、中央アフリカ、セネガル、エチオピア、ケニア
3型 モコラウィルス (Mokora virus) 食虫動物(?)、げっ歯類(?) ナイジェリア、南アフリカ、カメルーン、ジンバブエ、中央アフリカ、エチオピア

中央アジア(Kyrgizstan、Tajikistan、Krasnodar region)、シベリア(Irkutsk)のコウモリから新しい遺伝子型のリッサウイルスが分離されているがまだ未分類である。東南アジアではリッサウイルスが分離された報告はまだないが、リッサウイルスに対する中和抗体を保有していたコウモリついてフィリピンとタイから報告されている。

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主な臨床像

臨床症状からリッサウイルス感染症と古典的な狂犬病を鑑別することは不可能である(狂犬病の項を参照)。潜伏期間は狂犬病ウイルスに準じた期間と考えられる(20日~90日が基本的な潜伏期間であり、咬傷部位や数によって潜伏期間も異なってくると思われる)。臨床症状としては、頭痛、発熱、倦怠感、創傷部位の知覚過敏や疼痛を伴う場合があり、興奮性の亢進、恐水症状、精神撹乱などの中枢神経症状を伴う場合もある。発症したヒトは発症後5日から5週間で死亡している(1ヶ月前後が多い)。 以下、英国とオーストラリアの症例報告を引用する。

 

  • 英国:2002年11月スコットランドに住む55才の男性が5日前から左肩痛、左上腕部の張りと麻痺の症状を訴え入院した。CTスキャン、MRI診断においては特に異常はみられなかったが、入院5日後に混迷、攻撃的行動がみられるようになった。入院6日後には唾液分泌過剰がみられ意識不明となり、入院14日後(初期症状が現れて19日後)に死亡した。原因不明の進行性急性脳炎と診断されたが、患者はコウモリ保護の活動をしておりコウモリとの頻繁な接触やコウモリに咬まれた経歴(およそ19週前に咬まれた、9月末に咬まれたとの報告もある)から、狂犬病類似脳炎が疑われ、唾液、血液の採取、皮膚生検がなされた。唾液のRT-PCR検査により、EBLV2(遺伝子型6)の遺伝子が検出された。EBLV2に対する抗体は死亡の日まで検出されなかった。
  • オーストラリア:1998年11月のオーストラリア・クイーンズランドに住む37才の女性の症例は5日前からの発熱、嘔吐、左手の痛み、嚥下時の喉の痛みがあり、入院の12時間後より、易興奮性症状を呈し、2日後に急激に状態が悪化して意識不明となった。1996年の8月(27ヶ月前)に左指をオオコウモリに咬まれことが判明したことにより、CSF、血清、唾液が採取されてABLV(遺伝子型7)に関する検査がなされた。RT-PCR法によってABLVの遺伝子が検出された。初期症状が現れて19日後に死亡した。

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確定診断

狂犬病ウイルスと同様の方法で行なう。病原体の検出には唾液からあるいは脳の剖検によって得られた脳組織および脳乳剤を用いて、乳のみマウス、マウス神経芽腫細胞への接種試験によるウイルス分離が可能である。抗原の検出には角膜塗抹標本、頸部の皮膚、唾液腺などの生検材料からの蛍光抗体法もしくは免疫組織による検出、あるいは死後脳の剖検によって得られた脳組織および脳乳剤からの蛍光抗体法によるウイルス抗原の検出が可能である。さらに、病原体遺伝子の検出として、唾液、髄液などからのRT-PCR法、脳の剖検によって得られた脳組織および脳乳剤でのRT-PCR法が行なわれる。狂犬病ウイルスと近縁なウイルスによる感染症であるため、狂犬病ウイルスとの鑑別が必要である。リッサウイルスは古典的な狂犬病ウイルスと抗原性や遺伝子の塩基配列に違いがあるため、狂犬病ウイルスと交差反応する抗体を利用する場合や狂犬病ウイルスの遺伝子配列を基に作製したプライマーを用いたRT-PCR法では検出の特異性を低くすることが大切となる。近年、遺伝子型特異的なプライマーを用いて各々の遺伝子型診断可能な技術も開発されている。

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予防(ワクチン)

基本的に狂犬病の「治療と予防法」に準じる。狂犬病同様に発症したヒトに対して有効な治療方法はなく、リッサウイルスの予防を目的としたワクチンやイムノグロブリンは現在のところない。狂犬病ワクチンはABLV感染に対しては発症予防が可能ではあるが、ラゴスコウモリ(遺伝子型2)、ドゥベンヘイグ(遺伝子型4)、EBLV1(遺伝子型5)およびEBLV2ウイルスに対しては部分的な交差反応による予防効果が見られるだけである。さらに、モコラウイルス(遺伝子型3)の感染に対しては現在使用されているワクチンとの交差反応は見られないため、予防効果はないと考えられている。コウモリを取り扱うヒトに対しては予防のための狂犬病ワクチンの投与が推奨されている。

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バイオハザード対策

基本的に狂犬病の「治療と予防法」に準じる。患者および検体の取り扱いに際しては、組織等の飛散に十分注意を払い感染組織(神経系組織、体液、特に唾液)、粘膜との直接的な接触を避ける。作業中は防護手袋、マスク等の保護器具を必ず使用する。検査材料を取り扱う者に狂犬病発生の報告はないが、万一に備えてあらかじめワクチンを接種しておくなどの十分な配慮が必要である。使用した道具、部屋等は作業終了後にオートクレーブ処理等により十分にウイルスの不活化を行う。病原体の取り扱いはP3 レベルの実験室である。

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感染症法における取り扱い

四類感染症(診断後直ちに届け出)。

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参考文献

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2012年07月06日 15時26分 改訂