病原体の特徴
ウエストナイルウイルスは、(+)極性の一本鎖RNAの遺伝子を持ちエンベロープを有する直径40~50nmの球形ウイルスである。1937年にウガンダのウエストナイル地方で発熱した女性から分離された。トリが自然宿主である。終末宿主としてヒト・ウマなどがあげられる。ウエストナイルウイルスはアフリカ、ヨーロッパ、中東、中央アジア、西アジア、オーストラリア(クンジンウイルス)など広い地域に分布しており、日本脳炎ウイルスとの混在地域はインド・パキスタンである(図1)。1999年夏にそれまで西半球には存在しなかったウエストナイル熱・脳炎がはじめてニューヨークで流行した。越冬したウイルスはその後米国で活動範囲を拡げ、米国全州ではその後毎年多くの患者が発生している。
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米国で感染が確認された鳥の種類は225種以上、哺乳類は28種以上におよぶ。媒介蚊は、主にアカイエカやコガタアカイエカなどのイエカ属であるが、ヤブカ属の蚊にも媒介能力があり、媒介可能な蚊の種類は、米国では49種類以上と日本脳炎ウイルスに比べて多岐にわたる。鳥類は暴露に続いて2~10日間以上ウイルス血症をきたす。ヒトや馬は終末宿主であり、ウイルス血症は認められるがウイルス量は低い(図2)。
主な臨床像
人における潜伏期間は2から15日で、多くは不顕性感染(約80%)に終わる。髄膜炎、脳炎を発症しない場合は急性熱性疾患であり、症状は通常3日から6日程度で消失する。ヒトの発病1日前から約5日間はウイルス血症が存在する可能性がある。ウイルス血症の期間は、平均6.2日間(1から11日間)である。ウエストナイル熱の臨床症状は発熱、強い倦怠感、頭痛、背部痛、筋肉痛、眼痛、食欲不振、嘔吐などである。また、リンパ節腫脹や頸部、体幹、四肢に発疹が認められることもある(図3)。ギラン・バレー症候群様の筋力低下を来たすこともある。実際、この筋力低下はポリニューロパチーの結果であり、剖検例からも脊髄神経根に著明な炎症所見を認めたと報告されている。しかし、最近の知見ではむしろ弛緩性麻痺(ポリオ様)の症状を呈する症例が多く脊髄前角細胞の破壊が主たる原因であると考えられている。
さらに重篤な症状として、激しい頭痛、高熱、筋力低下、弛緩性麻痺および方向感覚の欠如、運動失調、錐体外路症状、意識低下、眼痛、昏睡、振戦、痙攣などの髄膜炎、脳炎症状が挙げられ、感染者の約1%が重篤な症状を示すとされている。重症例は高齢者に多くみられ、死亡率は髄膜脳炎患者の約10%である。しかし、脳炎を発病する危険性は小児を含めて全年齢層にある。そのほか、心筋炎、膵炎や肝炎を引き起こすこともある。
臨床検査所見
血液生化学検査
血液検査では白血球数は正常範囲であることが多く、リンパ球減少や貧血がみられることもある。脳炎患者では低ナトリウム血症がみられる。 髄膜炎や脳炎症例では髄液検査が必須である。細胞数(リンパ球増多)と蛋白量が上昇し、グルコースは正常範囲である。
画像検査その他
意識障害を伴う脳炎症例のMRIでは約1/3の症例に異常所見が認められ、T2強調画像では大脳基底核や視床・橋・脳室辺縁部・髄膜が増強される。これらの病変部位は日本脳炎の場合と類似する。CTではこれらの異常は指摘できない。
確定診断
検体の採取、輸送、保存など
急性期の患者血清から、ウイルス分離、RT-PCRによる遺伝子の検出が可能である。しかし、検出率は約40%程度といわれている。また、脳炎患者では、血清とともに髄液よりの分離・検出が有用である。
- ウイルス分離用材料およびRT-PCR用材料
ヒトのウイルス分離用材料
急性期患者血清、血漿あるいは髄液および死亡例からの脳組織を用いる。感染初期の血液採取はPCR反応を阻害するヘパリンによる採血は避けてEDTAで採血し、冷蔵(4℃)またはドライアイスで凍結して輸送する(-80℃に保存する)。 - 抗体測定用血清
ヒトの患者血清は、急性期(発病後5日以内)、回復期(発病後14日以上)の二回以上採血を行い、ペア血清として抗体測定に用いる。IgM capture ELISA法、中和抗体試験、HI試験、CF試験、等種々の試験に用いることがあるので、凍結融解を繰り返さないよう凍結保存する前に数本のチューブに分注しておくのが望ましい。抗体検査に血漿を用いることも可能である。 - 検体送付方法
検体の包装等は、国立感染症研究所の「感染性材料(病原体等及び診断用のヒトあるいは動物の検体)の輸送に関するマニュアルに従って、基本型三重包装容器に検体を入れる。
(http://idsc.nih.go.jp/disease/sars/info/MailingBox2.4.pdf)
微生物学的検査法
- 遺伝子検出
リアルタイムRT-PCR 法(TaqMan法)によりウイルスRNAを検出する方法は検出感度が高く、特異性にも優れている。 - ウイルス分離
蚊由来C6/36細胞、Vero細胞、BHK細胞等を用いたウイルス分離は発病早期の血液または脳脊髄液から可能である。 ウイルス分離できなかった場合は血清診断に頼らざるを得ない。
血清抗体価検査
血清診断は、日本脳炎血清型群に属するウイルス間での交叉反応があるため、注意を要する。実際的にはELISA法、中和試験、補体結合試験、赤血球凝集抑制反応試験などが用いられている。IgG 捕捉ELISA、補体結合試験、赤血球凝集抑制反応は他のフラビウイルスに対して交叉反応を示す。IgM 捕捉ELISA 法でも、日本脳炎と極めて近い抗原性を示すため、多少の交叉反応を示す。感染しているフラビウイルスを鑑別するためには、中和試験が最も特異的である。急性期と回復期の血清または髄液での中和抗体価が4倍以上上昇すれば、陽性と判断できる。ペア血清の採取には2週間以上の期間を空けることが望ましい。これらの検査は、国立感染症研究所ウイルス第一部で可能である。
治療
ウエストナイルウイルス感染に対する特異的治療法はない。脳炎を発症した場合は、脳浮腫対策や抗けいれん薬の予防投与を含めた治療など一般的な急性ウイルス性脳炎に対する治療を行う。抗ウエストナイルウイルス抗体価の高いγグロブリン製剤による受動免疫療法も、臓器移植等により感染した患者に対して臨床試験段階であるが用いられ始めている。
薬物療法(抗菌薬療法)
ウエストナイルウイルス感染に対する特異的治療法はないため、対症療法をおこなう。抗ウエストナイルウイルス抗体価の高いγグロブリン製剤による受動免疫療法も、臓器移植等により感染した患者に対して臨床試験段階であるが用いられ始めている。
その他治療上の留意点
脳炎を発症した場合は、脳浮腫対策や抗けいれん薬の予防投与を含めた治療など一般的な急性ウイルス性脳炎に対する治療を行う。
予防(ワクチン)
米国ではウエストナイルウイルス感染に対してウマ用に不活化ワクチンとウエストナイルウイルス抗原を発現させた組み換えcanarypox virusが承認され使用されている。ヒト用のワクチンはまだ臨床試験の段階である。Yellow fever virusやDengue virusとのキメラウイルスやエンベロープ抗原をコードするDNAワクチンの開発が行われている。
バイオハザード対策
患者の隔離
ヒト-ヒト感染(接触・飛沫・空気感染)およびヒト-蚊-ヒト感染はないので、患者の入院に際しては隔離の必要はない。病室内での患者の診療については標準予防策で十分である。ただし、患者はウイルス血症をきたすので、患者の採血時には手袋を着用し、針刺し事故防止等、基本的な注意を行う。患者に使用した食器、リネン類などの取扱は通常の処理で十分である。
検体、菌、汚染器材等の取り扱い
ウエストナイルウイルスの取り扱いは、P3実験施設でBSL3の取り扱い基準に従って実施すると国立感染症研究所において規定されている。
参考文献
- CDC, 2006, http://www.cdc.gov/ncidod/dvbid/westnile/index.htm
- Higgs, S., Schneider, B.S., Vanlandingham, D.L., Klingler, K.A., & Gould, E.A. Nonviremic transmission of West Nile virus. Proceedings of the National Academy of Sciences USA, 2005, 102, 8871-8874.
- Lanciotti RS et al. West Nile virus responsible for an outbreak of encephalitis in the Northern United State, Science, 1999, 286, 2333-7.
- 国立感染症研究所, ウエストナイルウイルス病原体検査マニュアル(第4版), http://www.nih.go.jp/vir1/NVL/WNVhomepage/WNVLbotest.pdf
- Sejvar JJ, Marfin AA. Manifestations of West Nile neuroinvasive disease.Rev Med Virol. 2006 Jul-Aug;16(4):209-24.
- 倉根一郎, ウエストナイル熱(ウエストナイル脳炎を含む), 感染症の診断・治療ガイドライン2004, 日本医師会雑誌, 2004, 132(12), 104-105.