病原体の特徴
マイナス一本鎖RNAウイルスであるパラミクソウイルス科へニパウイルス属ニパウイルスによる。ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリで、感染オオコウモリの尿などの排出物からウイルスが分離される。1998年から1999年にかけて,マレーシアで始めてニパウイルス感染症が確認された。マレーシアでのニパウイルス感染症の流行では、オオコウモリから養豚場で飼育されているブタにニパウイルスが感染し、ブタの間で呼吸器症状を呈する感染症が流行した。その感染ブタからヒトへ、気道分泌物などの体液を介してウイルスが感染し、ヒトの間で脳炎が流行した。感染ブタがシンガポールに輸出され,それが感染源となりシンガポールのと畜場労働者にもニパウイルス感染症が発生した。2001年以降、バングラデシュ,インドでもニパウイルス感染症の流行が確認されている。これらの地域では,オオコウモリから直接ヒトがニパウイルスに感染し、ヒト-ヒト感染も認められている。(図1)。ヒトにおける症状は、マレーシアでは脳炎が中心であったが、バングラデシュ・インドでは呼吸器症状も多く報告されている。
主な臨床像
潜伏期間は4~18日。患者94名の症例報告によると,主な臨床症状は発熱,頭痛,めまい,嘔吐,間代性痙攣に伴う疼痛などの非特異的なものである。55%の患者には,意識レベル低下や脳幹機能不全症状などが認められ,眼球回頭反射の消失,縮瞳,血圧の上昇や頻脈などがみられた。94名の患者のうち,50名は完全に回復したものの,30名が死亡,14名には神経学的な後遺症が残った。死亡患者における,発症から死亡までは平均日数は10.3日(5~29日)であった。
臨床検査所見
ニパウイルス感染症に特異的検査所見はない。中枢神経系画像診断(CTまたはMRI)上で異常所見が認められる。何らかの髄液所見の異常が75%にみられたことが報告されている。
確定診断
- ウイルス抗原・遺伝子検出による診断
鼻咽喉スワブ、尿、脳脊髄液などからのウイルス分離、RT-PCR法によるウイルス遺伝子の検出を行う。病理学的検査において、ウイルス抗原を検出する(免疫組織化学検査)。 - ウイルスの抗体検出による診断
検査材料は血清である。検査実施前には,56℃で30分処理の熱非働化処理を要する。スクリーニングとしては、ELISA法によるIgG, IgM抗体検出が一般的であるが、非特異反応が多く認められるため、確定診断にはならない。確定診断には、中和試験を行う必要がある。
治療
ニパウイルス感染症に特異的な治療法はなく、対症療法が主体となる。抗ウイルス薬リバビリンが用いられることがあるが、その治療効果については評価が定まっていない。数か月から数年にわたる潜伏感染例のほか、治癒したと思われる患者の再発例が報告されている。そのため,きめ細かい経過観察が重要である。治療上の注意:ヒトからヒトへの感染事例が報告されていることから,治療の際には必ず標準感染予防策を徹底することが重要である。マスク,眼鏡等により粘膜を保護する。
予防(ワクチン)
有効なワクチンはない。
バイオハザード対策
我が国では、BSL-3(以上)の実験室で取り扱われる病原体である。なおBSL-4施設が稼働している諸外国では、BSL-4実験室にて取り扱われている。
感染症法における取り扱い
四類感染症に指定されており、ウイルス学的に診断されたニパウイルス感染症患者を診た医師は、直ちに最寄りの保健所に届け出る。
参考文献
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