髄膜炎菌髄膜炎

病原体の特徴

髄膜炎菌 (Neisseria meningitidis)はグラム陰性双球菌で、本邦で検出されることは比較的稀だが、健常者にも致死的な髄膜炎・菌血症を起こしうるため、感染管理上も重要な細菌である。髄膜炎菌は病原体の莢膜多糖体糖鎖の違いにより、13型に分けられ、そのうちA, B, C, W, X, Y, Zが侵襲性の感染を起こす。髄膜炎菌を保菌しうるのはヒトだけで、環境中では生存できない。鼻腔や咽頭に保菌され、飛沫感染により伝播する。

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疫学

髄膜炎菌感染症は、散発例からエピデミックまで様々な流行形態を取る。第二次世界大戦以前は全世界的に5-12年ごとの流行が起きていたが、近年は先進国で大規模な流行が起こることは少なくなった。一方で幼児期~青年期を中心とした寮生活者などでは散発的な流行が見られており、注意が必要である。本邦でも終戦前後は年間4000例を超える髄膜炎菌感染症の報告があったが、1990年代以降は一桁台まで落ち込んでおり、ワクチン接種をおこなっていないにも関わらず、頻度は欧米諸国より低い。
 全世界的には年間30万人が感染し、3万人の死者が出ている。とくにサハラ以南アフリカの通称”髄膜炎ベルト”では12月~6月の乾季に感染者が10万人あたり1,000人程度と非常に高い罹患率を誇る。またマスギャザリングをきっかけとして流行を起こすことが知られており、代表的な例としてはメッカ大巡礼(Haji)において巡礼者の間で感染が広がった事例が報告されており、参加者はワクチン接種が推奨されている。本邦も2020年にオリンピックを控えており、髄膜炎菌の流行には注意する必要がある。
 宿主側のリスクファクターとしては、脾摘後やHIV、終末補体欠損症などの免疫不全が知られている。C5-9の終末補体欠損症では髄膜炎菌や淋菌など特定の菌に対する感受性しか低下しないため、免疫不全を自覚していない患者が多く、本邦の1000人に1人はC9欠損症を持つとされている。また、発作性夜間血色素尿症の治療に用いられるエクリズマブはC5に対するモノクローナル抗体で、髄膜炎菌感染リスクが増大するため、ワクチン接種が推奨されている。

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主な臨床像

潜伏期間は平均3-4日(1-10日)で、飛沫感染により伝播し、気道を介して血中に入り、曝露者の1-5%が髄膜炎を発症する。突然の発熱、頭痛に始まり、数時間の内に項部硬直、悪心・嘔吐、羞明、意識障害などの髄膜炎症状をきたす。また菌血症の症状として、非特異的な下痢などの症状や、敗血症性ショック、電撃性紫斑病をきたすこともある。副腎出血を伴い、急速な経過で死の転帰をとりうるWaterhouse-Friederichsen症候群は有名である。一方で、慢性髄膜炎菌血症と呼ばれる、比較的ゆるやかな経過で発熱、関節痛、皮疹を伴う疾患群も稀ながら存在し、播種性淋菌感染症や膠原病との鑑別が問題になることもある。
 髄膜炎菌感染症は、症状発現から死亡までの期間が短いことが特徴で、治療が遅れると健常者であっても24時間以内に死亡しうる。髄膜炎菌による感染症全体では先進国でも死亡率は10%程度、菌血症を伴う場合は40%程度と高い死亡率を誇る。また、難聴や神経学的異常、四肢の切断などの重篤な後遺症が20%で見られる。

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臨床検査所見

血液検査:白血球上昇やCRPの上昇など非特異的である。敗血症、DICを起こし、白血球や血小板の低下、凝固系の異常、その他の多臓器不全をきたしうる。いずれにしても非特異的で、血液検査から本菌の関与を疑うことは難しい。
 髄液検査:典型的には好中球優位の白血球数増加(>500/μL)、タンパク上昇(>200mg/dL)、糖の低下(<40mg/dL)などを認める。髄液のグラム染色でグラム陽性双球菌を認めた場合は、本菌の関与を強く疑う。髄膜炎菌は寒冷条件で死滅しやすいため、検体はすみやかに検査室に提出する。時間がかかる場合も、冷蔵保存せずに常温保存することが肝要である。
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確定診断

髄液もしくは血液から髄膜炎菌の検出することにより確定される。血液培養は50-90%で陽性になるとされる。

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治療

髄膜炎に対し通常使用するセフトリアキソンなどの第三世代セフェム系抗菌薬でカバーされる(例:セフトリアキソン、1回2g、12時間毎)。感受性があれば、ペニシリンGやアンピシリンで治療可能である。細菌性髄膜炎が疑われる場合は、髄膜炎菌に限らず、血液培養採取後は髄液検査を施行する前に中枢神経量の抗菌薬を開始することが必要である。
 髄膜炎菌単独でのステロイドの有用性を示した研究はないが、初期治療時には起因菌が判明していないことが多いため、通常の細菌性髄膜炎に準じて、デキサメタゾンを併用しても良い。また、Waterhouse-Friederichsen症候群による副腎不全が疑われる場合は、コルチコステロイドを使用する場合もある。

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予防

髄膜炎菌は曝露者での二次感染が問題となり、曝露後の予防内服は、家族、寮生活者、保育園や学校における接触者、飛沫感染予防策を行わずに吸引、人工呼吸、気管挿管などをおこなった医療従事者などが対象となる。選択肢としては、シプロフロキサシン(成人量:500mg1回)、リファンピシン(成人量:600mg12時間毎、2日間)、セフトリアキソン(250mg、筋肉注射1回)などが用いられる。潜伏期間も短いことから、可能な限り早く開始することが求められる。
 ワクチンは、本邦でもA, C, Y, W-135群に対する四価の結合型ワクチンが2015年に認可され、任意接種となっている。結合型ワクチンは多糖体ワクチンよりも抗体が高値で長続きするとされ、米国でも推奨されているワクチンである。B群に対するワクチンは免疫を賦活しにくく、他の血清型に比べてワクチン開発が遅れていたが、近年開発され、一部の国では使用可能になっている。B群は本邦でも見られている血清群であり、4価の髄膜炎菌ワクチンを打っているからといって確実に予防できるわけではないことに注意したい。髄膜炎ベルトやHajiへの巡礼、脾摘後の患者、補体欠損症患者、エクリズマブ開始前など、ハイリスクな集団に対してはワクチンが推奨される。

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バイオハザード対策

患者に対しては適切な飛沫感染対策を行う。また、接触者のサーベイランスを行い、濃厚接触者に対しては予防内服を行う。

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感染症法における取り扱い

侵襲性髄膜炎菌感染症は五類感染症に分類されているが、その中でも直ちに届け出る感染症に分類されている。届出基準は、髄液や血液など無菌的な部位からの検出である。
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参考文献

  • Mandell GL.et al: Mandell Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th ed
  • 国立感染症研究所: 髄膜炎菌性髄膜炎とは.IDWR.2005;20
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  • 神谷元. 侵襲性髄膜炎菌感染症の疫学.モダンメディア.2018;64:79-82
  • CDC.Traveler’s health-Yellow Book. Meningococcal Disease
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  • Ram S, et al. Clin Microbiol Rev. 2010;23(4):740-80

  • Riedel S, et al. Proc (Bayl Univ Med Cent). 2004;17:400-6.

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    2019年09月 改訂