病原体の特徴
ペストはペスト菌(Yersinia pestis)に感染して起こる疾患である。ペスト菌は腸内細菌科のエルシニア属に分類されるグラム陰性の多形形態を示す桿菌である。Gram染色、Wright染色やGiemsa染色およびWayson染色では特徴ある明瞭な極小体が観察され、安全ピン様と称される。発育適温は28〜30℃であるが、1〜45℃の幅広い温度域で発育する。
本菌は主にマウス、ラットなどの齧歯類が保菌し、ノミを介してヒトに感染する。ノミの刺し口よりペスト菌が感染するとリンパ節に移行し腺ペストを発症し、一方、飛沫感染を起こすと肺ペストを発症する。
一般的なペストの感染経路
- ペスト菌保有ノミによる刺咬
ノミの活動期に集中 - ペスト菌感染小動物との接触
体液を介して傷口から感染 - ペスト菌含有エアロゾールの吸入
ペスト菌による肺炎患者の気道分泌物
本菌は硫化水素非産生でクエン酸塩を利用せず、ウレアーゼも陰性で他のエルシニア属の菌に比べると代謝系が乏しい。また他のエルシニア属の菌が25℃培養で運動性を示すのに対し、ペスト菌は運動性を示さない点も特徴的である。
本菌は以前,生物兵器として使用された歴史があり,米国CDCはバイオテロに使用される可能性が高いカテゴリーAに分類している。
バイオテロに本菌が使用された場合の影響については、使用菌量、菌株の種類、環境条件、およびエアロゾール化の方法によって左右されるが、WHOは最も悪いシナリオを描いた場合、500万人以上の都市にペスト菌が50kg散布されると、15万人が感染し、3万6千人が死亡する可能性があると予想している。
アメリカ国内でペストに感染したプレーリードッグが報告されたのに伴い、日本国政府はペスト等の感染を防ぐためプレーリードッグを感染症予防法に基づき2003年3月から輸入禁止としている。なおペストは総合的な観点からみた危険性が極めて高い感染症として1類感染症に指定されており,原則入院かつ消毒等の対物措置が行われる.
主な臨床像
ヒトペストは、腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストの3つの病型に大別される。米国における390症例のペスト患者の集計によると、各病型の頻度は腺ペスト(84%)、敗血症ペスト(13%)、および肺ペスト(2%)となっており、圧倒的に腺ペストが多い。さらに各病型ごとの致死率はそれぞれ14%, 22%, および57%となっている。
ペストの臨床症状
- 腺ペスト
- 局所症状
リンパ節腫脹および疼痛など - 全身症状
急激な発熱(38℃以上の高熱)、頭痛、悪寒、倦怠感、嘔吐、筋肉痛など
- 局所症状
- 敗血症ペスト
- 腺ペストから敗血症への移行1)
- ショックおよびDIC
- 肺ペスト
- 腺ペスト末期や敗血症ペストの経過中に起こる(二次性肺ペスト)2)
- 高度な頭痛、嘔吐、高熱、呼吸困難、血痰
- 重篤な肺炎への急速な進行。
1) 一部の症例は腺ペストの症状を示さずいきなり敗血症の状態となる
2) バイオテロの場合は肺ペストの状態から発症(原発性肺ペスト).
腺ペスト
腺ペストはヒトペストの8割〜9割を占める主要な病型である。腺ペストの感染経路としてはペスト菌を保有したノミに咬まれることで、その傷口から感染する場合が多い。しかしまれに感染したヒトあるいは動物への接触によって伝播する場合もある。侵入部位から局所リンパ節に菌が移行すると、リンパ節は膿瘍化し腫大する。さらにリンパ行性や血行性に菌が脾臓、肝臓、骨髄など他臓器に移行し、重症化すると全身に伝播して敗血症を起こす。
臨床症状としては、通常3〜7日の潜伏期の後、急激な発熱(38℃以上)が出現し、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、疲労衰弱や精神混濁などの強い全身性の症状が現れる。発症後3〜4日経過して敗血症に至り、さらに2〜3日以内に死亡する例がある。一般的にノミの刺咬部位の所見は乏しいと言われているが、化膿創や潰瘍、出血などを伴う場合がある。
敗血症ペスト
ヒトペストの約1割は、リンパ節腫脹などの局所症状を示さないまま播種性の全身感染に至り敗血症を引き起こす。急激にショック状態に陥り、意識レベルの低下、四肢末端部の壊死、紫斑などが現れ、数日以内に死亡する。
肺ペスト
腺ペストの末期や敗血症ペストの経過中に起こる肺炎を二次性肺ペスト(secondary pneumonic plague)と呼び、これらの病型を経ないで発症する場合を原発性肺ペスト(primary pneumonic plague)と定義することもあるが、両者の区別を明確にできない場合もある。原発性肺ペストは実際にはまれにしか認められない病型であり、ペスト菌を含有するエアロゾルの吸入が感染経路となっている。その感染源はバイオテロを除けば他のペストの患者となるが、腺ペストや敗血症ペスト患者からのヒト→ヒト感染は否定的で、二次性肺ペストの状態になって菌を飛沫状態で拡散させる。
バイオテロの際に菌がエアロゾルの状態で散布されると、この病型をとる。肺ペストでは感染が重篤な状態に陥ると肺に菌が到達し、肺炎の状態で喀痰から菌を排出するようになる。潜伏期間は通常2〜3日とされるがより早期に発症する例もある。頭痛、嘔吐、高熱を訴え、呼吸困難、血痰を伴って肺炎が急激に重篤な状態に至る。発病後の病状の進展は急激で、数日以内に死亡する例が多い。なお肺ペストを臨床的に疑う重要な所見としては、急激な病状の進行とともに血痰があげられる。
前述のように原発性肺ペスト患者は他の病型を経ないで重篤な肺炎を起こすため、リンパ節の腫脹を認めない点が二次性ペストとの鑑別点となる。原発性肺ペストとしてペスト患者が発生することはまれであるため、1例でも原発性肺ペスト患者が国内で発生したらバイオテロの可能性を考えるべきであり、もしさらに患者同士の接点がない状態で複数の原発性肺ペスト患者が発生したら、その際はバイオテロを強く疑うべきである。
疫学
WHOによると、2010年から2015年までに世界で3248例が報告され、そのうち584例が死亡している。2017年末時点での3大発生国は、マダガスカル共和国、コンゴ民主共和国(DRC)、ペルー共和国である。日本では1926年以降、患者の報告はない。
臨床検査所見
血液生化学検査
ペストの典型例では末梢血白血球数は15,000〜25,000/mm3と増加し、好中球優位で核の左方移動を伴う。白血球数が10万を超えるような類白血病反応(leukemoid reaction)を認めることもあり得る。軽度の血小板減少を伴うことが多く、DICに至っていない症例でもFDPの上昇がしばしば認められる。またAST(GOT), ALT(GPT)、およびビリルビンの上昇を認めることがある。
画像検査その他
肺ペスト症例の胸部X線像では斑状の気管支肺胞性の浸潤影を認め、さらに肺葉性、または区域性のconsolidationを認める。これらの陰影はまれに空洞性変化を伴う。
確定診断
国立感染症研究所のウェブサイトにて病原体マニュアルが公開されている。
検体の採取、輸送、保存など
- 採取
検査に必要とされる材料は、血液、咽頭スワブや喀痰(肺ペストが疑われる場合)、リンパ節吸引液(腺ペストが疑われる場合)、脳脊髄液(髄膜ペストが疑われる場合)である。
感染初期、血中への菌の出現は間歇的なので、45分間隔で3回採取が望ましい。血清学的検討のためには、期間をあけてペア血清を採取する。
初期の腫脹リンパ節は柔らかくも、壊死状でもないために、注射器を用いて生理食塩水を注入し、それを吸引する。
患者が死亡した場合には培養、免疫組織化学染色、および蛍光抗体検査を行うためにリンパ節、肝臓、脾臓、肺、および骨髄を採取する。 - 輸送・保存
検体(チューブ等に採取した)は紙にくるんでビニール袋に入れ、さらに二次容器(破損しにくいもの)に密封し、保冷剤を入れて送付する。 - 採取時の注意
検体採取のために患者と接する際は、マスク、ゴム手袋、眼鏡(ゴーグル)、ガウンを着用し、感染防止に注意を払う。検体には雑菌が混入しないように注意する。
微生物学的検査法
国立感染症研究所のウェブサイトにて病原体マニュアルが公開されている。
- 菌の分離・同定
Y. pestisは腸内細菌科に属する1.0 x 2.0μmの卵円形の桿菌で、グラム陰性、両極染色性を有し、芽胞と鞭毛を欠く。
培養はブレインハートインフュージョン培地、ヒツジ血液寒天培地、マッコンッキー培地などで行う。固形培地で37℃、48時間の培養後、直径1〜2mmの灰白色、半透明のコロニーを形成する。培養48〜72時間後にはコロニーは盛り上がり辺縁が不均一な「ハンマーで叩きつぶした銅貨や目玉焼き」のような形状となる。
ファージを用いた溶菌試験(20℃で18〜24時間培養)でペスト菌と同定される。37℃で培養するとY. pseudotuberculosisや他の腸内細菌でも溶菌することがある。
自動細菌同定システムも有効ではあるが、時にY. pseudotuberculosisとの誤同定があったり、システムのプログラムが適当でない場合もある。
スメアはWaysonまたはGiemsa染色およびグラム染色を行うほか、抗Fraction 1(F1)抗体を用いた直接蛍光抗体検査も行う。
グラム染色を行う際の脱色が不十分であるとペスト菌の両極染色性がグラム陽性双球菌と間違われるおそれがある。 - 抗原の検出
ペスト菌の病原性に関連した因子のうち莢膜抗原(F1抗原)は易熱性タンパク多糖体抗原で、多型核白血球からの食作用に対する抵抗性を担っている。抗F1抗体や抗血清を用いて、直接蛍光抗体法によってF1抗原を検出する。
このほかにペスト菌にはペスチシン、線維素分解因子、VW抗原などの病原因子が知られている。 - 遺伝子学的検査
ペスト菌ゲノム状の侵入性遺伝子(inv)、病原性プラスミド上の莢膜抗原遺伝子(caf1)、プラスミノーゲン活性化遺伝子(pla)などを標的にしたPCRが報告されている。 - 血清診断
抗体検査はペア血清を用いてF1抗原に対する抗体価の変化(4倍以上の上昇)を血球凝集反応で証明する。ペア血清のない場合は、16倍以上で陽性とする。血球凝集反応の特異性はF1抗原を用いた血球凝集阻止試験で確認する。
発症後5日程度で陽転する患者もいるが、多くは1~2週間を要する。3週間を要する患者もいる。患者の5%程度は抗体価の上昇を示さない。抗菌薬療法が早期に行われると陽転が遅れる。 - 鑑別診断
腺ペストは連鎖球菌やブドウ球菌によるリンパ節腫脹、伝染性単核球症、ネコひっかき病、フィラリア症、ダニチフス、野兎病、その他の急性リンパ節腫脹を伴う疾患と鑑別の必要がある。特に菌侵入部位の皮膚や粘膜に形成される潰瘍は局所リンパ節炎を伴った野兎病と類似している。鼠径部のブボは鼠径部ヘルニアと間違われることがある。腹腔内リンパ節の腺ペストの場合には虫垂炎、急性胆嚢炎、全腸炎等、緊急の外科処置が必要となる疾患と類似している。胸腔内や頸部深部のリンパ節が関与する場合も診断が難しい。
ペストによる敗血症も、原因不明の敗血症、あるいはグラム陰性菌による敗血症とされることがあり、緊急を要する。
肺ペストは肺炎球菌、連鎖球菌、インフルエンザ菌、炭疽菌、野兎病菌、レジオネラ、レプトスピラ、ハンタウイルス肺症候群、およびインフルエンザウイルスなどによる肺炎との鑑別を要する。
微生物学的検査結果に基づく症例定義
- ペストの可能性のある患者:
- 臨床症状および疫学状況からペストが疑われる。
- 臨床材料からペスト菌と疑わしい菌が分離される、または認められる。
- 疑似ペスト患者(以下のどれかが該当した場合):
- 直接蛍光抗体法またはそのほかの標準的な抗原検出法によって臨床材料中にF1抗原が証明される。
- 臨床材料からの分離菌の生化学的性状がペスト菌と一致、またはPCRで陽性を示す。
- 単回採取の血清のF1抗原に対する抗体価が過去の感染歴やワクチン接種では説明することのできない高い陽性価(16倍以上)を示す。
- 確定ペスト患者(以下のどれかが該当した場合):
- 培養した分離菌がファージ試験でペスト菌と確定されたとき。
- ペア血清のF1抗原に対する抗体価が4倍以上の上昇を示したとき。
治療
薬物療法(抗菌薬療法)
ペスト菌の薬剤感受性は良好であり,主にアミノグリコシド系,ニューキノロン系,およびテトラサイクリン系の抗菌薬が用いられる.第一選択薬としてゲンタマイシンあるいはストレプトマイシンが推奨されている。肺ペストでは病初期からの適切な抗菌薬の投与が必須である。
大規模発生時には静脈内投与は選択されず、経口投与が推奨されるべきである。その他の場合には患者の状態が改善された時に経口投与に変更すべきである。非経口投与であれば、ストレプトマイシン 1g/回 1日2回(筋注)またはゲンタマイシン5mg/kg 1日1回筋注(または静注)、あるいはシプロフロキサシン400mg/回 1日2回(点滴静注)を考慮する。経口の場合は、ドキシサイクリン100mg/回 1日2回、またはシプロフロキサシン500mg/回 1日2回を投与する。
その他治療上の留意点
ペストは1類感染症であるため,患者,擬似患者,無症状病原体保有者を診断した医師は直ちに最寄の保健所を経由して都道府県知事に届け出る義務がある.
ペストの薬剤感受性は良好で、早期から治療を行えば治癒も可能とされている。ただし肺ペストの場合は病気の進行が極めて速いので、特に病初期からの抗菌薬の投与が必須であり、発症後24時間以内に適切な抗菌薬が開始されないと死に至る場合が多い。ストレプトマイシンはペストに最も効果があるとされているが、その副作用に充分留意して投与を行う。なお冷戦時代のソ連では軍事利用目的で多剤耐性のペスト菌を製造していたという報告もあり、バイオテロに使用された菌が耐性を有する可能性も考慮して、実際に菌が分離された場合には薬剤感受性の測定もなされるべきである。
もし肺ペストが発生した地域において、38℃以上の発熱、呼吸器感染の症状を新たに発症した患者、あるいは新生児で頻呼吸を伴う症例に遭遇した場合には、ペストに有効とされる抗菌薬を注射によって投与することが望ましい、と警告する研究者もいるが,1週間程度を目安として抗菌薬による予防内服も推奨されている.
予防(ワクチン)
ホルマリン不活化全菌体ワクチン(Yreka株)(国立感染症研究所製)が使われる。主な接種方法は初回接種(0.5 ml)3日後、2回目接種(1.0 ml)さらに3日後3回目接種(1.5 ml)する。追加免疫は、初回免疫終了後12ヶ月以内に0.5mlを皮下注射。現在のところ、検疫法に基づき検疫所で使用されている。米国ではホルマリン不活化全菌体ワクチン(195/p株)(Greer社)が使用される。6ヶ月以内の3回の初回免疫ののちに12ヶ月以内に追加免疫として0.2mlを皮下注射する。副作用は接種部位の浮腫や硬結などの軽度な局所反応のみの場合から、高熱、全身倦怠感、頭痛などの重篤な全身性反応まで生じる。米国では接種部位の浮腫や硬結などの軽度な局所反応が29%、高熱、全身倦怠感、頭痛などの重篤な全身性反応が20%であった。ホルマリン不活化全菌体ワクチンは腺ペストには有効であるが、肺ペストにはほとんど効果が認められない。免疫の持続期間は6ヶ月以内。弱毒生菌ワクチンもあるがヒトでの有効性は確認されていない。成分ワクチンとしてF1抗原やV抗原を抽出したものが動物実験で有効性が確認された。弱毒サルモネラ生菌にこれら抗原遺伝子を保つプラスミドを導入した経口ワクチンも開発中である。鼻に噴霧する方式のペストワクチンも開発中である。
バイオハザード対策
菌に汚染された患者の衣類・リネン,その他の物品が感染源となってさらに他のヒトに感染する危険性が考えられる.特に菌を吸入すると肺ペストを起こす可能性も高いので,汚染した可能性がある物品などは、高圧蒸気滅菌用耐熱性袋に入れ、なるべく速やかにオートクレーブで滅菌する。
参考文献
- 世界におけるペストの現状 2010~2015年、IASR VoL 37 p84 およびp102, 2016.
- 厚生労働省:生物兵器テロの可能性が高い感染症について.厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1015-4.html)
- 東京都感染症マニュアル2009.東京都新たな感染症対策委員会 監修,東京都保健福祉局,2009
- Thomas V. Inglesby, et al. Plague as a Biological Weapon. JAMA, 283: 2281-2290, 2000
- WHO 2017 Fact Sheets, Plague. www.who.int/mediacentre/factsheets/en/
- Mandell,Douglas, Bennett’s. Principles and Practice of Infectious Diseases 8th edition.Table 231-2; Yersinia Species (including Plague), 2015.